顔を見るや否や抱き締められたけれど、ぎゅうぎゅうな力の込め方とか、革とアフターシェーブローションの匂いとか、固く締まった肢体とかは、狼以外の何者でもない。
「し、士龍さん・・僕も嬉しいですけど、苦しいです・・っ」
久方振りの再会は、勿論、喜び。しかし内臓や背骨が悲鳴を上げている為、成歩堂は必死で解放を望む。
「ああ、悪ぃ。セーブしきれなかったぜ」
謝罪と共に拘束は緩んだが、狼は身体を密着させたままソファへ移動し、改めて抱き込んだ。正確には、膝の上へ座らせた。
「いやいやいや、降ろして下さいって!」
部下達は通路で待機しているから、この部屋には狼と成歩堂の2人きり。それでも、膝抱っこなんて非常に恥ずかしい。バタバタ暴れる成歩堂を、狼は腕1本で軽々押さえた。
「今回は少ししか居られねぇんだ。龍一を充電させてくれよ」
「あ・・・そう、なんですか」
ピタ、と抗いが止む。狼の話によると、乗り継ぎの待ち時間を利用しての逢瀬で、僅か30分との事。そう聞いてしまったら、忽ち羞恥が寂寥に取って代わった。大人しくなった成歩堂の蟀谷にキスを落とし、狼が空いていたもう一方の腕を背後へ回す。
「って事で、早速ゲームを始めようぜ?」
「―――は?」
しんみりしっとりとした空気が、瞬時に霧散した。
成歩堂の目の前に突き付けられた、赤がメインの箱。それは日本人なら大抵は食べた事のある、ポッキーだった。
ポッキー。
ゲーム。
この組み合わせで脳裏に浮かぶのは、1つしかない。けれど、日本以外では通用しない組み合わせの筈。
「今日は14日だから、ギリ間に合ったな」
「・・・っ」
2人の約束事。イベントの有効期限は、前後1週間。ポッキー&プリッツの日は、11月11日。狼の言う通り、範囲内だ。とっても、残念ながら。かなり、ヤバい事に。
「沢山、用意してあるからよ。沢山、キスしようぜ」
狼の隣に置いてある袋は、大きなもので。30分で消費できる量とは思えなかった。
それ以前に。狼が、ポッキーゲームを甚だしく曲解している。
うっかりとか偶然とか下心で、唇が接触する事はあっても。キスをする目的でチョコを食べるイベントではない。
そう、ツッコミ兼説明をするべく開いた成歩堂の口へ。
「んむっ!」
ポッキーが差し込まれ、反射的に唇を閉じてしまう。
ガリ、ザク、ボリ、チュッv
「んんーっっ」
そして、反対側から僅か3口で食べ切った狼は、当然のごとく成歩堂の唇へ喰らいついた。成歩堂が負けを覚悟で折って避ける暇もない、達人級のテクだった。もしかして初心者じゃないのか?、という妙に冷静なツッコミが脳裏を過ぎったけれど。
成歩堂を、身体全身で背もたれに押し付けて逃さまいとし。後頭部と顎をガッチリ包んでいる手は身動ぎも許さないものの、指先は柔らかく肌を撫で。何より、熱く深く絡められる舌の動きは餓えを如実に伝えてくる。
「・・ふ、ぁ・・・ん・・」
「龍一・・もっと喰うか?」
肉片の根本までじっくり舐られ、思考に霞がかかった成歩堂にはいつの間にかポッキー1本分だけ口唇が離れていた事も。その隙間に、新たなお菓子が出現している事にもなかなか気付けない。
サクッ、サクッ、サクッ、チュv
すると狼はまたしても3口で、しかも今度は成歩堂に銜えさせる事なく1人でお菓子を平らげ。その後で、成歩堂へディープキスを仕掛けた。
「む、むーっ」
再びどっと口腔へ流れ込む、甘い香りと味。成歩堂が正気だったら、『ゲーム、関係ありませんよね!?』とツッコんでいた事だろう。だがやはり、我に返る隙は与えられず。
「アマイな」
タイムリミットぎりぎりまで甘い甘いキスを続けた狼が、満足そうに呟いた。