狼ナル

241111:1




「アマイな」
 ぺろりと、長い舌で唇を舐め上げ。
 野性的な双眸を、艶めかしく眇め。
 にんまり、鋭い犬歯を見せて笑う。
 甘いのは、何本もチョコのかかったお菓子を食べたからなのか。
 それとも―――。




 11月14日、成歩堂は1日の業務を崖っぷちながら乗り切り、へろへろの足取りで帰途に着いていた。霜月も半ばとなれば日はだいぶ短くなり、風も冷たい。
「おでん、買おうかな・・」
 手をハーフコートのポケットへ入れ、見上げた先にあったコンビニへと進路を向けた―――時。
 キキーッッ!
 バタン!
 ダカダカダカ
 成歩堂の真横で黒いライトバンが急停止し、勢いよくドアが開くと黒いスーツを纏った男達がぞろぞろと飛び出してくる。
「へ?」
 男達は、物々しい雰囲気に驚いて立ち止まった成歩堂を取り囲み。
「成歩堂龍一弁護士、ご無沙汰しております。本日もお勤め、お疲れさまです!」
 一糸乱れぬ挨拶と最敬礼を披露した。
「・・・皆さんも、お疲れさまです。今日もお元気そうで何より・・」
 成歩堂が目をパチクリさせていたのは、ほんの数秒。すぐ襲撃者の正体を知って、呆れというか諦めの表情に変わる。定番の黒スーツにサングラスと没個性な出で立ちでも、超個性的な中身の集団とは顔馴染みだったのだ。
「お気遣い、感謝いたします! 師父に、そのお優しさをきっちり報告しますので!!」
「いやいやいや、言う程の事じゃありませんよね!?」
 冗談なのか本気なのか判断しかねる発言に、成歩堂は慌ててツッコんだ。最近、態度は固いままながら微妙に彼らの上司―――狼士龍を彷彿とさせる遊び心を垣間見せるようになってきて。
 砕けた付き合いは望む所でも、砕けすぎだとツッコミが追い付かなくて微妙に困る。
「まぁ、再会のコミュニケーションはこれ位にしまして」
「省いて大丈夫ですから!」
「速やかに、移動しましょう」
「どこに?! 何故?!」
 HPが残り少ないのにもかかわらず、ついつい反応してしまう成歩堂を部下達は素晴らしいチームワークで車へ乗せ。登場した時と同様、あっという間に姿を消した。




 確実な技術で、車を走らせる事数十分。遭遇現場からの距離を考えると、有り得ない早さで目的地らしい成田空港へ到着した。
 免許のない成歩堂でも分かる位の、法廷速度をかなり越しているスピードで。ビュンビュン他の車を追い越していく為、捕まるのではないかとヒヤヒヤしたけれど、降車の際に何気なく見遣ったプレートは外交官ナンバーだった。
 優秀な狼捜査官直属の部下達は、どこまでいっても抜け目がない。
「こちらです、成歩堂龍一弁護士」
「いちいちフルネームじゃなくていいですから・・・うわ、羽田の何倍あるんだろう」
パスポートも持っていない成歩堂はもの珍しさにキョロしながらも先導に従って歩き、待ち合いスペースと思われる場所へ案内された。
 入り口は磨り硝子の自動扉。開けるには脇のキーパッドへカードを翳し、入れば受付のお姉さんが極上の営業スマイルで迎えてくれる。インテリアはどれも高級そうで、流石国際空港だなぁと感心したものの。
 ここは誰でも利用できる訳ではなく、極限られた一部―――重要な顧客や特権階級―――のみに提供されるVIP専用ウエイティングルームなのだと成歩堂が知る機会は当分なさそうである。
 気後れしそうな雰囲気を吹き飛ばしたのは、
「よお、龍一。会えて嬉しいぜ!」
 部下が指し示した個室の扉を開けた途端、力強い腕で折れんばかりにハグしてきた狼だった。