君が好き




 いつもの目覚め、いつもの朝。
 眠い目を擦りつつ軽く朝食を済ませ、靴を履く頃、頭と身体が本格始動するのも、いつもの事。
「―――へ? お、おはようございます?」
「クッ・・まるほどうは朝からまるほどうだな」
 日常が変化したのは、アパート前の空き地に停められたゴツい4駆を見付けた時。運転席から、朝でも昼でも夜でもフェロモンたっぷりなゴドーが顔を覗かせている。
 驚いた成歩堂は、ボケボケな挨拶をしてしまった。
「いやいや、ゴドーさんこそ朝からどうしたんですか?」
 ハッと我に返り、慌ててツッコむ。時々車で送ってくれる事もあったが、こんな時間に、しかも約束なしで来た例はない。
「少しでもコネコちゃんと一緒にいたい気持ちを、分かってくれねぇのかィ?」
「ハイハイ、僕もゴドーさんと居たいですよー」
「随分、あしらい上手になったモンだ・・」
 パラリーガルとして成歩堂をよく助け導いてくれるゴドーだが、同じ位、言動両方のセクハラを仕掛けてくる。始めの内はワタワタしていたし、今でも触られる度にどうしても反応してしまうが、言葉のみならそれなりに対処できるようになった。
「まぁ、コネコちゃんの躾は後回しにして・・まるほどうの指定席に乗りな」
 面白くない、と。面白い、の相反する感情を器用に双眸へ映したまま、ゴドーは成歩堂を促す。助手席が指定席なんて恋人扱いだな、とこちらは鈍くてある意味鋭く思いながら、断る理由もないので大人しく乗り込んだ。
 ゴドーの説明によると、急遽星影法律事務所の仕事で出張する事になり、その途次報告を兼ねて成歩堂をピックアップしたらしい。戻るのは明日で、明日は成歩堂の事務所へ出勤するスケジュールだったから一応は所長の成歩堂に許可を貰うのが筋だが。
 電話やメールでも事足りたし、位置関係からいって成歩堂を事務所まで送るのは遠回りの筈。わざわざ顔を合わせ、手間と時間を掛けてくれるその気遣いが嬉しくて。
「お帰り、お待ちしてます」
 成歩堂は、ニコニコと笑ってゴドーを見送った。




「邪魔するぞ」
 仕事を開始してから30分程経った頃、お客さんより先に訪れたのは御剣だった。
「お早う、御剣。何かあったのか?」
 来る用事はなかったよな、と脳内のスケジュール帳を確認してから尋ねる。御剣との約束を忘れていようものなら長い説教をくらうし、機嫌もなかなか直らないので厄介なのだ。
 御剣はツン、と顎を上げ。鞄から取り出した書類を突き付けた。
「貴様が必要としていた資料だ。有効に活用したまえ」
「もう手に入ったのか? ありがとう、助かるよ!」
 高飛車な態度も、上からの物言いも、慣れている成歩堂は酷くない限りスルーする。しかも御剣の伝手を頼ってようやくゲットできたのだから、感謝するべきだろう。
 ―――御剣は、否定するに違いないが。
 現在時刻から判断すると、検事局に出勤して、資料が手元に届いたのとほぼ同時に事務所へ向かった筈。御剣の性格からすれば、『今すぐ取りに来い』と呼び付けそうなものだけれど。資料の重要度を知っているのか、忙しいにもかかわらず時間を割いてくれた。
「ちゃんとしたお礼は、給料が出てからな。代わりと言っちゃなんだけど、この紅茶、依頼人から貰ったんだ。御剣の所で似たような缶を見掛けたから、よかったら持ってって」
「ほう、貴様の依頼人しては趣味がいい」
「いやいや、依頼人と趣味は関係ないから」
 どうやら御剣のお眼鏡に適ったようで、安堵する。事務所では、約1名の嗜好により珈琲オンリー。特に、何故か紅茶はストックすら許されない為、無駄にならずにすんだと微妙に嬉しそうな御剣の横顔を見遣り、成歩堂も口元を綻ばせた。
「よし、早速試飲してみよう。成歩堂、給湯室を借りるぞ」
 が、次の台詞に頬が引き攣る。前々から紅茶が飲める環境にない事をきつく指摘されていたものの、前出の御仁がのらりくらりとはぐらかし、言いくるめられ、結局未だにポットの1つもない。
「・・・何だ、その間抜けな顔は。まさか、まだ、用意していないなどとは言うまいな」
「いや、その・・・」
 見る見る内に、眉間の皺が深くなっていく。空気が、ピリピリと尖り始めた。
 これはマズい、と冷や汗が滲む。頷こうものなら、説教と拗ねモードが待っている。崖っぷちに追い詰められた成歩堂は、必死に考え。
「紅茶には詳しくないからさ、御剣に見繕ってもらおうと思ってたんだ!」
 強ち嘘でもないが、本当とも言い難い言葉を放った。
「―――そうか。確かに、貴様に器具の善し悪しが分かる筈もない。非常に面倒だが、少しは賢くなるよう手助けしてやろう」
 と、険悪な雰囲気が霧散する。苦し紛れの言い訳だったが、逆転に成功したらしい。
 そのまま検事局に帰る事もしないで、上機嫌に紅茶の蘊蓄を語り始めた御剣に。成歩堂は『こういうのを、ツンデレっていうのかな・・』と、内心で苦笑した。