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3:「歩き初め」に行こう!




 盛大に祝ってくれる位に大切な事を忘れたままなのが悔しくて、しょんぼり項垂れる。
「オイオイ、俺はコネコちゃんを哀しませたい訳じゃねぇぜ。なら、種明かしといくかィ?」
 節くれ立った男らしい指が優しく成歩堂のそれをグラスから外させ、そのままゴドーの方へと引き寄せる。戸惑いがちにあがった顔を両手で包み、鼻筋、頬、それから唇へとバードキスを降らせた。
「今日は、初開通一周年なんだぜ!」
「・・・・・・は? 開通?」
 真剣に聞き入っていた成歩堂の口が、ぱっかり間抜けに開いた。
 全く、全然、これっぽっちも心当たりがなくて。
 第一、『初開通』から連想されるのはトンネルや道路や橋などではなかろうか。一年前、記念になるような工事があったかどうか記憶を探るが、開通式で『歩き初め』をしたい、と張り切るタイプではないから当然思い付かない。
「すみません、それって日本の事ですか?海外の事なら、尚更僕は分かりませんよ?」
 困り切って印象的な眉尻を下げると、ゴドーは一段と大きく喉の奥で笑った
「恥ずかしがり屋のコネコちゃんにあわせて、ボカしてみたんだが。思いやりは、相手に届かない・・・苦いアロマだぜ」
「コネコじゃないですけど、言っている意味が分かりません」
「ストレートに言っちゃっていいのかィ?」
 口角の上がり具合。声音に含まれた揶揄の響き。腰に添えられた手の、妖しげな動き。
 それらから、成歩堂は正しく読み取った。『嫌な予感』を。
「いやいやいや、たまには謎は謎のままでも良いような気がしてきました! じゃ、乾杯でもしておきましょうか!?」
 グラスを取るのに託けてゴドーから逃れようとしたのだが。どういう絡繰りなのか、気が付いた時にはゴドーの胸に抱き竦められていた。
「真実を追究するアンタらしくねぇなぁ? 遠慮しなくとも、教えちゃうぜ!?」
 ヒタリ、と直に耳へ付けられた肉厚の唇が、存在を主張するような動きで低く、甘く囁く。
「一年前の今日は―――アンタと俺の、初夜なんだがな」
「・・・・・・・・・」
 ゴドーの言葉が聴覚から脳へ届いた刹那、成歩堂は真っ白にフリーズした。突っ込みも、異議申立もできないまま。
「今でも、昨日の事のように覚えてるぜ?雨に濡れたコネコみたいに、震えてたアンタを」
「・・・・・・・・・」
「俺が触れる度、飛び上がりそうにビクついてたのに、その内初めてとは思えない位に艶っぽい反応を示し始めてなぁ」
「・・・・・・・・・」
「まるほどうの内は狭くてキツくて、傷付けないようにセーブするのが一苦労だったぜ。まぁ、今でもコネコちゃんは―――」
「・・・ぅぅわわわぁっっ!!」
 ピシャン!
 思考も五感も凍り付いていた成歩堂が絶叫しながらようやく逃避先から戻ってきた時、まず行ったのは、再度現実逃避したくなるようなエロトークを延々ぶちかましている口を塞ぐ事だった。
 数p上にずらして言葉だけではなく呼吸も止めてやろうかとの殺気を察知したのかどうか、とりあえずゴドーのピンクまみれの思い出話は中断された。
「疑問も解決しましたし、お祝いの食事も平らげましたし。実は早めに片付けておきたい仕事があるんで、僕、ちょっと仕上げてきますね!」
 笑顔が引き攣っているのはこの際無視して早口に言い切り、ゴドーを押し退けて立ち上がった。
 が。
「ぇぇっ?!」
 力強い手に足首を捕らえられ、一瞬の浮遊感の後は何故かラグに横たわっており、上にはゴドーが覆い被さっていた。
 先刻の体勢より、更にピンチだ。
「せっかちなコネコちゃん、嫌いじゃないがな。まだ一つ、疑問が残ってるぜ?」
 逃がす気はさらさらないようで、成歩堂の両手を一纏めにして頭上へ押し付けたゴドーは、Tシャツの裾からもう片方の手を忍び込ませて脇腹を撫で始めた。
「記念日は今日なのに、何故明日のオフを確保させたのかってヤツがな」
「・・・っ、ぁ・・」
 浮き出た肋骨を辿りながらじわじわと上を目指す指に、ともすれば意識を奪われそうになりながらも、成歩堂は必死でハッタリをかます。
「勿論、仕事を頑張ってる僕へのご褒美に、ゆっくり、のんびり、心行くまで休みを取らせてくれる為ですよね!?」
 揚げ足を取られないよう『寝たい』とは言わず仕事を持ち出した成歩堂も、随分ゴドーへの傾向と対策を習得しつつあったが。唯一にして最大の問題は、相手が悪すぎるという点であった。
「イイ線いってるが、コネコちゃんはまだまだ甘いな。ゆっくり、じっくり、心行くまでアンタの身体が一年でどんな風に変わったのかを検証する為に、休みを取らせたのさ!」
「掠りもしてません! 正反対じゃないですかっ!?」
 恐ろしいゴドーの宣告に、ハッタリ作戦は通用しないと悟った成歩堂は、まだ自由になる足をバタつかせて逃れようと試みた。
「っあ!」
 しかし、服の下だというのに前触れもなく的確に胸の突起を摘まれ、高く叫んでまた硬直してしまう。ほんの一動作で過敏までに翻弄される成歩堂へ、ゴドーは極め付けに人の悪い笑いを顔面5pの所で披露した。
「ああ、一年前はココだけではイけなかったよなぁ?」
「〜〜〜〜〜〜っっ!」
 まさぐり、弄ぶ動きを止めずに指摘するゴドーに、せめて突っ込みかパンチをくれてやりたかったが。今の状況で口を開けば出るのは赤面ものに甘ったるい嬌声だけなのは明らかだったし。
 既に快楽に支配されつつある腕では、殴る所かゴドーに縋り付いてしまうのがオチだろう。
 何でこんなエロ親父を好きになってしまったのかと、後悔にも似た想いが脳裏を掠めたが。
 それでも好きなんだから仕方がない、という呟きがどこからか聞こえてきて。
 成歩堂は猛烈に恥ずかしい記念日を、甘んじてゴドーと祝う覚悟を決めたのであった。