実験シリーズ

2:皮膚の下のマグマ




「指三本で、アンタの手首に触れるだけだ。誓うぜ」
「はぁ…」
 今回の実験は、趣が違うらしい。
 相変わらず目的は不明だが、手だからいいか、と成歩堂は判断した。その根拠は『キスされる訳ではないようだし』だったが、接触を許してしまっている事自体には全く気付いていない。
 どこまでも迂闊な成歩堂である。
 勿論分かっていてやっているゴドーが、差し出された成歩堂の腕に、指を添える。
 成歩堂の親指の付け根辺り、動脈が表面近くを走っている部分に人差し指と中指をつけ、親指で軽く挟んで支えるようにする。
 要は、『脈拍の計測』である。
「ちぃと、早いな。緊張してるのかい?」
 左手の時計を眺めながら、ゴドーが指摘した。
「早いですか?自覚はないんですけど…」
 本当は少しばかり緊張していたけれど、わざと平静を装う。
 幾らゴドーの四肢が長いといっても、手首を押さえている体勢ではどうしたって距離が近い。必然的に、先日の『実験』がますます鮮明に脳裏を埋め尽くし、成歩堂の脈拍を早める原因になったのだ。
 しかしゴドーがその件を持ち出さないのに、意識するのは筋違いなような気がして、成歩堂は惚けてみた。
 最も。
 笑いこそ漏れなかったものの、ゴドーの口角が微かに動いた事からすると、成歩堂の虚勢は見抜かれていた可能性が高い。
「で、これは何の実験なんですか?」
 コホ、と意味もなく咳払いをして、遅れ馳せながら実験内容を聞く。
「実験というより、確認だな」
「何を確かめようと?」
「脈があるかどうか、だ」
 一瞬沈黙し、それから自由な左手をビッと突き出す。
「いやいやいや、脈はありますよ! 当たり前じゃないですか」
「ふぅん。あるのかい?」
 その時の成歩堂は、脈を探って緊張している事を指摘しているのにおかしな質問をするな、と相変わらずゴドーの不可解さに首を傾げたのだけれど。
 もう少し、注意深く『言葉』を捕らえるべきだったのかもしれない。
 普段は『言葉』を生業にしている成歩堂だが、ゴドー相手だとどうしても油断してしまう傾向があるようだ。
 ――学習機能と危機意識の欠如が、疑われる。
「手首を押さえているんだから、分かりませんか?」
「たとえ結果の予測ができていても、あらゆる検証をしなければ正しい解答は得られないのさ」
「そうなんでしょうけど…」
 脈の有る無しを計るのに、そこまで念入りにする必要を成歩堂は感じない。
「で、どうなんだい?」
「どうって……勿論、脈はありますよ。なかったら困ります」
「クッ…そりゃあ、重畳だ」
 成歩堂の答えに、ゴドーは言葉通りこの上なく満足そうな表情を浮かべた。
 例えるなら、ライオンが大好物の肉を与えられた時にも似た、満面の笑み。
「アンタに脈があって、嬉しいぜ」
「喜ぶような事ですかね…」
 実験結果のどこにゴドーを上機嫌にさせる要素があるのか、成歩堂にはさっぱり思いつかない。
 それとも、皮肉か?と穿った見方すらする。
 やっぱり、未だゴドーは自分に何か思う所――遺恨――があるのか、と。
 真実を見出す力は、十二分に備えている成歩堂だったが。
 自分自身に関しては、いささか鈍感の嫌いがある。



 そんな成歩堂に化学変化を起こすべく、ゴドーの実験は根気よく続けられるのであった。