魔法をかけて




「うう・・・みぬき、考え直してくれないかな・・」
 ふかふかのソファで丸くなり、諦めきれない様子でブツブツ呟く成歩堂。裁判の時は依頼人の為に、そして真実の為に決して諦めない姿は『奇跡の弁護士』という二つ名に相応しいものだが。
 今は事件とは丸っきり関係なく。お気に入りのクッションを抱えて管を巻くのは、三十路を過ぎた、しかも子持ちの男性としては些か情けない。勿論、愛娘や弟子二人や依頼人の前では年相応の態度をしている。
 けれど今はゴドーと二人きり故、成歩堂はとことん気を緩めまくっている。ゴドーの前では素でいないと珈琲を奢って矯正してきたのはゴドーなのだから、文句は出ない筈。
 確かに、ゴドーは『だらしがないんじゃないかィ?』などと咎めたりはしなかった。それ所か、丸まる成歩堂の隣に腰掛け、ゴドーが乾かしてやったばかりのトンガリ頭を飽きもせず優しく撫でている。
 が、柔らかい手付きとは裏腹に、ゴドーの口から出た言葉は成歩堂を慰めるものではなかった。
「クッ・・可愛いお嬢ちゃんのオネダリを叶えるのが、デキる男って奴だぜ」
「僕だって、他の事なら一も二もなく頷いてますよ。・・・自分は狼だからって、ずるいです」
 ちょうど目の前にあったゴドーの腿を突いたものの、がっちり鍛え上げられた筋肉にガードされ、指の方が痛くなっただけ。ム、と成歩堂の機嫌はますます傾いていく。
 成歩堂が何をごねているかと言えば。

【以下、回想】
 明日、事務所でハロウィンパーティを開催する事になり。主催者のみぬきと心音は全員に仮装を義務付け、こっそり二人で用意したらしい衣装が参加者ぞれぞれに渡された。愛娘と愛弟子の張り切りようを微笑ましく見ていた成歩堂の顔がビリジアンになったのは、袋の中身を取り出した時。
「みぬき!? これ、誰かのと間違えてないかな?! いや、間違えてるよね!?」
 みぬきと心音が、自分達の衣装―――色違いでお揃いの魔術師だった―――を披露していたから、取り違えがない事は薄々分かっていても。現実逃避したくて、悪足掻きで、尋ねてみる。
「ううん、あってるよ。ココネちゃんも、パパの衣装はそれしかないって」
「成歩堂さんなら、絶対似合いますよvv」
「えええ・・・心音ちゃんまで・・」
 結果は、惨敗。いらぬプレッシャーまでかけられる始末。みぬきと心音が用意したのでなければ、王泥喜のお株を奪う大音声で『異議あり!』と叫んで床へ叩き付けていただろう。
 先っぽがちょっと折れ曲がった、黒い三角帽。
 ピラッと裾が可愛らしく広がる、黒いミニスカート。
 ロングストレート(黒髪)の鬘と、黒のロングブーツ。
 その他、黒を基調としたアクセサリー諸々。
 そう。成歩堂の仮装テーマは、『魔女っ子』だった。
 ちなみに、ゴドーは狼人間。耳と尻尾の出来が素晴らしかった。王泥喜は、ミイラ男。『手抜き・・?』と王泥喜の悲しい呟きが聞こえてきた。夕神は何故か軍服で、やはり王泥喜が『贔屓だ・・』と泣き濡れていた。