ゴドナル

高原に行こう!:2




 高原は、思った以上の涼しさだった。
 暑がりで寒がりの成歩堂が忽ち震え上がって、車に積んできたジャケットを引っ張りだした位に。
 Tシャツ一枚だった成歩堂と違って、シャツにベストといつもの格好をしたゴドーは深く息を吸い、ふ、と口元を綻ばせた。
「煮え滾った魅惑のアロマが、堪能できそうだぜ」
「うわ、苦そう・・」
 脳裏にグツグツと沸き立ち煮詰まる珈琲が浮かび、成歩堂が眉を寄せる。
「クッ・・コネコちゃんには、飛び切りのアツイ一杯を奢っちゃうぜ!」
「いやいやいや、本気で火傷しますから!」
 珈琲狂のゴドーが故意に味を損なうような真似はしないと分かっていても、どうにも地獄の釜状態になった珈琲の映像がこびり付いて、頬が引き攣る。
「ここのホテルが出す珈琲は、火傷しても味わうべきだな」
 そんなビリジアンになりかけている成歩堂の腕を掴むと、ゴドーはスタスタと建物の中へと入っていった。




 朝に出発したので、到着したのは12時少し前。つまり、チェックインには3時間早い。それもゴドーの計画らしく、記帳を済ませたゴドーへ、フロント前で待機していたコンシェルジュは大きなバスケットを渡す。
「手間、かけたな」
 重量のありそうなそれを片手で軽々と持ったゴドーは、礼を言うともう片方の腕でさりげなく成歩堂をエスコートして再度車へ戻った。




 車を走らせる事、5分。歩く事、数分。
 辿り着いた大層心地よい草原でのピクニック、がゴドーの目的だった。シートを敷き、前もって頼んでおいた豪華なランチセットを並べ、ラストを飾るのは煮え滾ってこそいないものの、熱々のポット珈琲。
「このホテルのピクニックランチも、ちょいと有名なのさ」
 俺のお気に入りは褐色の闇だけどなと付け加えるゴドーは、バックが大きく枝を広げた樹木だろうが雲一つない青空だろうが緑の鮮やかな野原だろうが、いつも通り決まっている。
「へー、楽しみです。いただきます!」
 何をやっても様になるなんてホント凄いよな、と羨んだり感心したりした後、成歩堂はすっぱり気持ちを切り替えてありがたくランチを頂戴した。
 ゴドーのお墨付きは(一部を除いて)素直に堪能するのが一番、とこれまでの付き合いで分かっているから。
 



「あー・・気持ちいいですねぇ・・」
「異議なし」
 美味しいものを鱈腹食べて。ゴドーが文句をつけないレベルの珈琲を、デザート付きで味わって。木漏れ日が降り注いで。心地よい風が吹き抜けて。小鳥の囀りと葉擦れがBGMで。
 これで眠くならなかったら、成歩堂ではない。
 シートに横たわり、空を見上げて呟いた声は半分寝ぼけていた。喉奥で笑ったゴドーも、隣へ寝転がる。
「涼しいですか?」
 視線をゴドーの方へ向け、聞いてみる。思考も半分寝ていたので、ストレートに。
 バレバレでも成歩堂は最後まで認めなかったが、高原を選んだのは避暑の為。ゴドーの身体を慮り、少しでも負担を軽くしようと考えての事。
「クッ・・内側まで清々しくなったぜ」
 ツンツンな髪の毛を柔らかく撫で、遠回しに感謝を告げるゴドー。眠気でだいぶ朦朧としているとはいえ、真面目に成歩堂の気遣いを取り上げたら、成歩堂は照れ隠しにツッコもうと目を覚ましてしまうに違いない。
 それを回避するべく快適さだけを言の葉にのせれば、成歩堂の顔はふにゃりと弛緩して、ますます眠たげになっていった。
 いい、塩梅だ。
「・・ゴドーさん・・」
「誰も来やしないさ」
 胸元に密着するまで引き寄せられ、成歩堂が重い瞼を懸命に上げて咎めたものの、あっさり却下。ここに来るまでも、来てからも自分達以外の人間を見掛けなかったのは偶然ではなく、ゴドーの計算の内なのだろう。
 となれば、成歩堂の本能は抗いより諦念を選択して微睡みに堕ちていった。
 ゴドーに懐深く抱かれたまま。




 『素肌』に清涼な風を感じ、全然清涼でない予感と共に成歩堂が覚醒するまで、後一時間―――。