ゴドナル

高原に行こう!:1




「・・今度は何のパンフレットですか?」
 髪を拭きながら寝室へ入ってきた成歩堂は、広いベッドを埋めつくさんばかりに散らばっているものを見、そう尋ねた。
 ゴドーはこだわり派で徹底型だ。多趣味で、それぞれが玄人はだし。疑問に思った事は絶対に放っておかないし、興味を持った事はトコトン掘り下げる。大量の資料を持ち込み、心なしか上機嫌で調べている姿はもう何度も見かけているから、ゴドーの探求心に感心するばかり。
「クッ・・コネコちゃんのヒーリング場所さ」
「ヒーリングですか? って、コネコじゃありません!」
 定期的に施してくれるマッサージが一番効くんだけどな、と脳内セルフ惚気をした成歩堂が、はっと気付いてツッコむ。
 手近にあったパンフレットで叩こうとして、だがその見出しに動きが止まった。
「リゾートホテル・・?」
 そう、ベッドに広げられていたのは全て旅行関係のパンフレットだったのだ。
 世間一般の夏休みは、お盆前後。成歩堂法律事務所も、例年通りお盆を挟んだ五日間の夏期休業を予定していた。
 しかし直前に舞い込んだ依頼の為、表向きは休みの案内を出していても、土日まで返上して走り回ったのである。ゴドーには何日か休んでもらったし、代休を申請してくれと一応雇用主としての方針を伝えるも。
『まる抜きの休みなんて、つまらねぇな』
 あっさり却下したゴドーは、9月の祝日を利用して一緒に連休を取る事を提案してきた。1ヶ月以上前からスケジュール調整すれば、突発的な出来事がない限り4連休は実現可能。
 そんな話をしたのが、昨日。
 連休を取る方向で話は進んでいても確定ではないのに、もうゴドーは旅行の計画をし始めている。用意周到というより、気が早いのではなかろうか。
 喉元までツッコミが出かかったけれど。
 それ程楽しみにしてくれてるかと思えば―――むず痒い嬉しさの方が強くて。パンフレットを潰さぬよう、ベッドの端に座って成歩堂も覗き込む。
「どこかいいのは有りましたか?」
「精査中だぜ」
 眺めていたパンフをシーツへ放ったゴドーは、手近にあったものを見ている成歩堂に手を伸ばし、大きな手で繊細に髪を拭き始めた。
 あ、と成歩堂が一瞬焦り、それから覚悟を決めたのかソワソワしつつも肩の力を抜いた。
 髪の毛を乾かすのを忘れ、それをゴドーに見つかった場合はもれなくゴドーが乾かしてよいというペナルティが設けられている。ゴドーはスタイリングにしたって器用にこなしてしまうが、いい年をした大人が子供のように面倒をみられるのはとても気恥ずかしいものだった。
 成歩堂がやるとどうにも大人しくなってくれないツンツンが、心なしかフワフワになっているのを感じつつ、頬の赤み共々無視してパンフレットを漁る。
「高原なんて、どうです?」
「どれ」
 ゴドーが肩越しに覗けるよう、少し持ち上げる。行った事のない場所でも、紹介文を読む限りは中々良さそうな場所で。
「最高気温が25℃なんですって。9月は・・うわ、夜だと1桁みたいですよ」
 東京から距離はあるけれど、高速を降りてから20分で到着できるアクセスの便利さ。これなら運転を担うゴドーの負担も少ない筈。そんな考えで選んだ成歩堂に、ゴドーのツッコミが入った。
「で、コネコちゃんは高原で何をしたいんだィ?」
「へ? 何をって、それは・・えーと、トレッキングとか・・散策、とか・・?」
「クッ・・インドア弁護士が、随分アウトドアになったもんだな」
 喉の奥で、ゴドーが笑う。しどろもどろに答えていた成歩堂は真意がバレた事に気付き、カァッと紅潮した。
 成歩堂の選択基準は、ゴドーの身体にとって湿度と気温は低い方がよい、だったり。
 ゴドーは車での移動を好むから、ドライブルートが楽な場所だったり。
 喧騒より、静謐な空間でリラックスできるみたいだ、だったり。
 どれも、ゴドー優先。
 所詮インドアな成歩堂に希望などない為、ならばゴドーが・・・という思考になってしまうのだ。あからさまにならないよう注意していたのに、成歩堂より数倍鋭いゴドーは誤魔化されてくれなかった。
「健気なコネコちゃんには、ご褒美をヤる。それが俺のルールだぜ!」
「ぎゃっ! うわ、パ、パンフレットが・・!」




 数時間後。
 よれよれに折れ曲がったり、何故か湿っていたり、何かが付着しているパンフレットはベッドの周りに落とされ。絶対に僕は片付けないぞ・・!、とムキになるコネコが一匹。
 宥めているのか物足りないのか、項から肩に掛けてゆっくり撫でているゴドーが、ふと漏らした。
「あんまり涼しすぎてもなぁ・・」
「え・・? ダメなんですか?」
 寒すぎるのも身体に悪いのかと心配になった成歩堂は、ゴドーの方を振り返った。
 だが。
「クッ・・リゾートでまるほどうが開放的な気分になったら、お日さんの下でニャーニャー啼かせようと思ったのさ」
「き、却下! 断固として、却下!!」
 ニヤつきながら野外プレイを提案され、抗議と威嚇の鳴き声を上げるとブランケットに潜り込んでゴドーを閉め出した。
 ―――ほんの、しばらくの間だけ。




 ゴドーと成歩堂の旅行は。
 『コネコのヒーリング』ではなく。
 『コネコでヒーリング』が正解。