度量の広さは理解しているが、やはり望んでしまう。成歩堂がゴドーから贈られた喜びと同じだけ、返したいと。
「クッ・・健気なコネコちゃんだぜ」
ゴドーが忍び笑い、長い指をチョイチョイと動かして成歩堂を招く。成歩堂は素直に従い、ゴドーの隣に座り直した。
顎が指で掬われ、視線を固定される。カッチリ、逸らす事など許されない強さで。それこそ今まで何千回と見合った事はあるけれど、どこか雰囲気が違っていて成歩堂は面映ゆい気分になってしまった。
「そうだな。リクエストできるのなら・・・告げてくれ」
「!!」
しかし唐突な言葉が、違和感も羞恥も全て吹き飛ばす。瞬きも忘れて、ゴドーを凝視した。重要な部分が欠けていたものの、ゴドーの示唆するものが一つだけ思い浮かんだ。
ゴドーとそのようなアレになってから、約二年。
ゴドーは大切な人で、恋人でもあり、親しい間柄の人々には公言済み。所謂デートも、大人の付き合いも、旅行も、お泊まりも、お約束は殆どクリアし。現在は半同棲中で、事ある毎に引っ越せと突っつかれている。
なのに、酔っぱらった時や、寝起き。それから、嵐のような情事に翻弄されている時には少ないながら口にした(記憶がある)想いは、実を言うと素面では未だ発した例がない。
強要されないのをいい事に、それらしい場面になっても誤魔化し続けてきたけれど。はぐらかす成歩堂を問い詰めもせず、聞きたがっている素振りすら見られなかったけれど。ゴドーが改まって『それ』を求める程、黙していた自覚は、ある。
―――口にしてしまった瞬間、崩壊が始まるような気がして。それは根深い、何年経っても克服できない成歩堂のトラウマだった。あれ以来、ようやく恋愛感情を持つ事ができたからこそ、喪失の恐れが強くなってしまうのだろう。
聡いゴドーの事だから、そんな成歩堂の弱さもお見通しの筈。知っていて、わざわざ突き付けてきたとしか思えない。成歩堂が一歩成長する為の、良い機会だと。
「千の態度で示されていても、たった一つの言葉を欲っする時があるのさ―――恋に狂っちまうと」
淡い色の瞳に浮かぶのは、愛しさと慈しみ。
問い掛けるように、誘うように朗々と響く声音。
跪いてはいないのに、一瞬で厳粛で荘厳な空気へと変わり。どこからか、濃厚な薔薇の香りが漂ってきた。成歩堂が言葉を求められているのではなくて、ゴドーが今にも胸を裂いて熱い血潮と共に誓約を捧げそうな様相を呈していた。
―――その半分は、ゴドーが作り出した舞台。成歩堂の為の嘘。ゴドーの我が儘という形にして、告白を請うたのだ。
希うゴドーに、情けなさは一欠片もない。滴り落ちる雄の色香で目眩がしそうだ。ゴドーみたいに成歩堂を思いやり、甘やかすだけでなく導き、負担にすら感じさせない者とは、きっとこの先出会えない。
「ゴドーさん・・」
イイ男すぎて、いつかゴドーに追い付く日は来るのか、明後日の不安すら沸いてきた。
だが余計な事は、とりあえず脇へ置き。成歩堂は深く息を吸い、改めてゴドーの双眸を見返す。ゴドーがプレゼントしてくれたこのチャンス。しっかり生かし、臆病な己から一段階も二段階も前進しなければ。
「僕は、貴方が―――――」
ささやかだけれど。心を込めた贈り物。