繋げるものならば :2
否、は認めなくても、心からの同意が不可欠で。
日本においては刺青をタブー視する風潮があるから、成歩堂が承諾したとしても最長で退職するまで待たされたかも知れない。が、成歩堂を取り巻く環境は激変した。
大切にしてきたものを失い、誰が敵なのか何が目的なのか全く分からないまま、手探り状態で真実を探す。
たとえ成歩堂が強い心と信念を持っていても、道程は困難で、想像を絶する険しさに違いない。
そんな成歩堂にたった一人味方として残るのが、狼だ。みぬきも成歩堂の支えではあるが、あくまで関わりは事件によって生まれたもの。
狼の他にも事件前から変わらず成歩堂を信じてくれた人はいたが、彼等に万が一が起こるのが嫌でわざと疎遠になった。だが狼は、成歩堂との繋がりを秘密にしておけるだけの力がある。
狼には、偽らなくていい。狼の前では、有りの儘の成歩堂でいられる。
更に『変わった』成歩堂でも、驚かれたり何とも言い難い表情をされる事はない。
唯一全てを包容してくれる恋人に感謝し、想いが深まるのは自然な事。
捏造事件がなければ何年もかかったであろう段階まで、一足飛びに。
成歩堂を苦しめた犯人は、百遍死刑にしても気が済まないけれど。この件に関してだけは情状酌量して、一発殴るのを差し引いてやろうと狼は考えている。
そして、いよいよ待ち望んでいたチャンスが訪れた。
犯人の目星がつき、慎重に証拠を集めていた最中、霧人が一週間研修で日本を離れる事になったのだ。この情報を入手した途端、狼は飛行機のチケットを手配し、有給休暇の申請書を上司に叩き付けた。
調度大きな事件を抱えていなかったのも、星の巡りに違いない。そうロマンチックな思考に陥る程、事は順調に進んだ。
みぬきは秘かに仲良くなっていた真宵と春美の所へ遊びに行くよう直接交渉し。全ての手配が整った上で成歩堂を誘えば、是以外の選択肢がない状態に少し憮然としたものの、成歩堂は頷いた。
決着していないのに旅行する事に抵抗はあっても、一週間という長い期間狼といられるのは初めてで、内心は嬉しかったのだろう。
観光は、空港から狼の一族がベースにしている街までの道程を、車窓から眺めただけ。
元々インドアな成歩堂を、
「観光なんて、この先幾らだって機会はある」
「まずは、俺の餓えが先決だ」
の二言で無理矢理納得させ、一族の人間を2・3人紹介しただけで儀式を行う天幕へと連れ込んだ。成歩堂は親戚かと解釈していたようだが、皆、一族を束ねる中枢で。狼は成歩堂を『伴侶』として引き合わせ、長老の挨拶によって、承認と加護が成歩堂へ与えられた。
たった数分の遣り取りで、成歩堂は狼の一族に迎え入れられたのである。どこにいても一族の恩恵が受けられるのだが、天幕の事を含めて、そんな説明を狼がする訳はない。
二人きりになった途端、狼の口は成歩堂のそれを塞いで貪り始めたから。
「龍一・・承諾してくれてよかったぜ」
「・・は・・ぁ・・っ・・」
音にすると、ガブリ。そうとしか表現できない咬み付き方だった。項の柔らかい部分に歯を突き立てられた成歩堂は、しかし悲鳴の代わりに掠れた甘い吐息を漏らした。
何時間も、餓えきった獣の欲望に付き合わせ。
何度際限なく、高みに追いやり。
今、成歩堂の5感は受容した刺激を皆違うものに変換し、痛みなど感じない筈。
感じるのは、息も止まる程の悦楽だけ。
「士龍さ・・っ・・」
既に朦朧としている成歩堂が、思考を取り戻そうとしてか弱々しく首を振る。微かな戸惑いも見受けられるから、やはり何らかの違和を察知しているのだろう。
確かに数ヶ月ぶりの情事で、しかも絶頂の最中、余韻に浸る間もなく次のエクスタシーを呼び寄せようとする貪欲な狼の相手をさせられているのだから、いつもより過敏になるのは当然。
しかし今夜の感じ方は、それだけでは説明がつかないレベル。他にも、部屋中に漂う華のような果実のような匂いや、全身隈無く塗り込められた香油など、『違う』ものは幾つもある。
狼が服を寛げただけで脱がないのも、その一つ。肌と肌の触れ合いが成歩堂より好きで、こんなに長い時間、着たままだった事はなかった。
「もう頃合だな・・」
「・・っ、ぁ・・」
くっきりと残った歯形を労るように舐め、狼は優しく成歩堂の向きを変えた。
くたりと投げ出された四肢も。
日本を代表する花と同色の、ピンクに染まった皮膚も。
薄く開いた花弁から少しだけ覗く、朱い舌も。
達したばかりでその後は成歩堂も狼も弄っていないのに、ゆるゆると勃ち上がる雄芯も。
成歩堂の準備が整った事を示していた。
「俺ともあろう者が、緊張してきたぜ」
狼だけが見る事のできる絶景にしばし釘付けになり、それからここで服を脱ぎ捨てた。
露わにしたしなやかで強靱な体躯を開かれた成歩堂の両脚の間へ進め、見合ったサイズの怒張を白い蜜を滲ませる蕾へ押し付ける。
「ぁ・・く、ぅ・・んっ・・」
腹部に力を入れて扉の狭隘さを突破すれば、ぐずぐずに蕩けた肉襞は狼を歓迎し、誘い込むような蠢きさえみせる。
「っ・・」
その絶妙さに狼は低く唸り、一気に肉棒を押し込んで媚肉を根本まで味わった。
「ん、ぁ…っ!」
痛みはないといっても圧迫感と衝撃は凄まじく、感度の上がった肉壁を勢いよく擦られ、ようやく与えられた休息に半ば意識を失うようにして微睡んでいた成歩堂は、短く叫んでぱっと目を開いた。
「っ!?」
刹那、成歩堂の視界に映ったのは―――一匹の狼と、それを囲む焔。
「士龍、さん・・? それ、は・・」
俄には信じられなくて手を伸ばしたが、触れてもその画は消えない。
筋肉質な胸の中央、心臓の真上に狼が描かれ。その狼から左、おそらく左心室を覆う形で躍動感溢れる緋い焔が伸びている。
「格好いいだろ?」
狼は成歩堂の手を握り、輪郭を一つ一つ辿らせた。魅入ってしまう意匠だとは思う。素直に同意したものの、本当はいつ、何故、その刺青を入れたのか聞きたかった。