繋げるものならば :1





 初めて会った時、狼は『何だこの生き物は』と衝撃を受けた。
 それまで付き合うのは、女性ばかり。男に、肉体的なときめきを覚えた事は1度としてなかったのに。
 しかし成歩堂龍一という弁護士が視界に入った刹那、あからさま過ぎる程、下腹部が熱くなった。思考を占めたのは、『喰いたい』ただそれだけ。
 もし、その場に御剣がいなかったなら、狼は力尽くで成歩堂を攫って貪り尽くしていただろう。
 第一印象としてはマイナスベクトル過ぎるから、御剣の存在に一瞬だけ感謝した。
 何故一瞬だけかというと、聡い御剣は成歩堂と引き合わせてから劇的に様相が変化した狼を訝しみ、危険視し、後々事ある事に邪魔するようになったのだ。
 篤い友情は理解できるが、御剣の過保護ぶりは正直鬱陶しく、年単位の海外研修を命じられたと聞いた時はつい小躍りした。
 他にも障害は多々発生したものの、狼は強制的に成歩堂との仲を認めさせた。
 成歩堂本人にも。
 成歩堂は、怒濤のアプローチ攻勢に戸惑い。
 交際をOKしていない段階にも関わらず、ぱっくり喰われ隅々までしゃぶり尽くされて動揺し。
 『泣き喚こうと、アンタを手放すつもりはない』と、何でそんなに偉そうなんだとツッコミたくなる傲岸さで宣言されて呆れ返り。
 しかしちゃんと狼の本気を感じ取り、狼が痺れを切らす寸前までぐるぐる煩悶した後、頷いてくれた。
 真っ直ぐ狼と見合い、迷いのない澄んだ瞳で。
 初めは大きな瞳やコロコロ表情を変える小動物めいた所が、意外と可愛いものを好む狼と適合したのかと思ったが。
 それはあくまで一因であり―――もっと重大な要素があったのだ。
 どんな困難に見舞われても己の信念を曲げず、『真実』に辿り着くまで決して諦めない熾烈で不羈の魂に惹かれたと、たった今恋人になった成歩堂の黒瞳に見入りながら、狼は悟った。
 そして悟った瞬間、チリ、と胸に刺激が走る。
 邂逅した時から微かな違和はあったが、何倍も強い、錯覚などではない変異が心臓に生じていた。
 好きすぎて胸が痛ぇのか?、と乙男思考に流れかけた狼の脳裏に、突如浮かんだのは。
 『連魂』
 在る筈がないと。
 昔話で、現実には起こらないと。
 敬意の念から否定はせずとも肯定もしなかった『兆し』が、現れたのではないかという推測。
 一般人にとっては荒唐無稽な推測に従うのならば―――成歩堂が、狼の番。
 狼だけの、魂の伴侶。
 仮説の域を出ないのに、想像しただけで身体の底から歓喜が奔流となって沸き上がり。
「龍一ィ・・俺は、めちゃ嬉しいぜ!」
「は? ええ? 士龍さんっ!?」
 場所も弁えず(事務所だった)成歩堂を押し倒し。時間に縛られず(徹夜だった)衰える徴候のない悦びのまま成歩堂を可愛がったので。
 翌日、開口一番成歩堂から『異議』を突き付けられた。




 『連魂』
 それは、狼の一族に脈々と伝わる儀式。
 名字が現す通り、彼らは伴侶をとても大切にし、死別以外で離れる事が殆どなかった。それどころか生まれ変わってもまた巡り合い、沿い遂げたいと願う者ばかりで。
 強く、深くなった彼らの想いは、やがて秘術を生み出す。
 番同士の胸に同じ刺青を彫り、魂に『徴』を刻むのだ。そうすれば、転生した時も『徴』が伴侶へと導いてくれ、二人は二世を契る事ができる。
 そして遭遇の都度、儀式を行う事によって永遠に二人は離れないでいられる、と。
 一族の歴史を学ぶ過程で『連魂』の伝承を知ったものの、狼は正直寓話に近いと受け取っていた。伴侶を、家族を大事にしろとの教訓のようなものだと。
 今でも婚姻時に刺青を彫るものはいるけれど、伝説を信じてというよりは、指輪を贈る感覚なのだろう。
 けれど、成歩堂と相対した時。
 どうしようもなく惹かれ。
 何度でも欲しくなり。
 離れているのが苦痛で。
 一緒にいると呼吸が楽で。
 ここまでなら単なる恋の症状と被るから、狼とて信じたりはしない。しかし、成歩堂が視界に映っている間、チクリ、チクリ、と脈拍に合わせて胸が刺激を受ける事に気付いた。痛む、という程ではなく、髪の毛で突かれているように微かな感触。
 目を瞑っても成歩堂の声や匂いを察知していれば生まれ、そのくせ成歩堂に触れるとピタリ、止む。
 どれもこれも、『連魂』の現象に当て嵌まるではないか。
 狼は己の身に起きている事柄と、口伝との関連性を考えた。
 30分位。
 30分後、狼が出した結論は―――『どっちでもいいから、とにかくやるか』だった。
 精密検査も受診して肉体的な異変はないと太鼓判を押されたけれど、伝承が本物か否かは二の次で。if、を重要視した。
 効き目があるかもしれないのならば、やっておいた方がいいに決まっている。
 狼はそれこそ、死ぬまで成歩堂を手放すつもりはないし、来世があると仮定したら手を尽くして見付け出し、縛る。
 一族内のみで伝わる技は、実の所『連魂』のように魔術や超常現象にカテゴライズされそうなものが多数を占めており、狼自身も幾つかの技を修得し、時々秘密裏に施行している。
 『連魂』は実例も検証の方法もないし、今まで永続性を求める出会いがなかった為、眉唾に感じられていただけで。裏付けになる相似点を実体験したのだ今、狼は俄然乗り気になった。
 今度西鳳公国に帰ったら、早速術様式を詳しく調べるか、と決意した程に。




 その僅か数ヶ月後、だった。
 成歩堂が大きな陰謀に巻き込まれたのは。
 狼は強引な手段も使いつつ来日して力付けると共に、真実を追い求めると言った成歩堂に協力を誓ったが。その一方で『連魂』を行う時期が早まるのではないかと、秘かに喜んだ。
 事件がなければ、限られた逢瀬を積み重ねて伴侶になる事を了承させるのは勿論。弁護士という職業に就いているのだから、儀式に必要な刺青を彫る事を受け入れさせるには、長い時間を要しただろう。

                                          


狼ナルのエろを目指した筈が・・・(泣)