繋げるものならば :3





 だがその前に狼の手が成歩堂の胸へと下り、一枚の紙を押し当てた。
「冷・・っ」
 紙は湿っていて、火照った肌がさぁっと粟立つ。
「ああ、悪ィ。もう外すから」
 狼の言葉通り、紙の上を手が一度滑るとそれは取り除かれたけれど。
「え・・?」
 清涼感の残る胸元を見遣った成歩堂は、驚いた。枠線だけ、という違いはあったが、狼の刺青とそっくりの図がそこには描かれていた。
「触ると消えちまうから、少しの間イイ子にしてろ」
「士龍さん?!」
 反射的に確かめようとした手を、予測していたのか狼は捕まえ、両方とも柔らかい布で絡め取って頭上に固定した。
「な、・・っ!」
 霞がかった思考では到底事態の把握など無理で、やはり本能的に抗う成歩堂だったが、肝心な事を忘れていた。―――胎内に、狼をずっぽりと呑み込んでいるのを。
「〜〜〜ッく!」
 自らの動きで過敏なポイントを屹立の先端で擦り立ててしまい、声なき声を上げて腹部へ白濁を撒き散らす。
「暴れるのはダメだが、イくのは幾らでもいいぜ」
 牙を剥き出しにして笑った狼は、成歩堂の腰の下へクッションを敷いて位置を調節した後、改めて結合を深めて成歩堂を一頻り啼かせ、竹の柄をつけた『針』を翳した。
「・・っ・・何、を・・」
 蝋燭の灯を反射して光ったそれに、成歩堂が動揺する。だが狼は慌てず一端覆い被さって成歩堂の唇を長い舌で舐め、目を見合わせながら嘯いた。
「さっき、説明しただろ? 伴侶になる事を承諾した龍一に、『証』を刻むって」
「えぇ? そんな、こと・・・」
 すぐさま否定しようとした成歩堂は、途中で声と眼差しを揺らした。クラクラと酩酊する脳が、切れ切れの映像を送り出してきて。
 狼の一族ではパートナーを『伴侶』と呼ぶ事。伴侶は、同じ刺青をする事。
 いや、その前に伴侶になってくれと言われ、頷いた覚えがある。その同意が自動的に刺青をも許可した事になるのか?
 いや、それも違う。
 成歩堂に彫るのは、日常生活では現れない刺青にするからと説得された気がする。
「思い出したか?」
 成歩堂の混乱をも読み取っているかのごとく、一連の事象が繋がった所で尋ねられ、成歩堂は反駁できない。いくら官能に浮かされていても、脳髄が熱に灼かれて機能低下していても、こうして記憶が残っているのだ。
 意味する所は、ただ一つ。
 誘導され、付け込まれたが、『肯』は成歩堂の本心、だ。
 狼が成歩堂と永遠に離れたくないと望むのなら、応えたい。
「士龍さん・・」
 もう、頭と身体の芯を麻痺させる匂いの事も。
 爪先まではしたない程感じやすくなっている事も。
 妙にお膳立てされた今回の旅行も、気にするのは止めて狼を、狼の行為を受け入れよう。そんな想いを込めて成歩堂から舌を出し、狼の唇を舐め返せば。
 狼は不遜に、けれど満ち足りた笑みを口端に浮かべて愛の言葉を紡いだ。




 チャク、チュク、と針が肉を跳ね上げる後が絶え間なく響いたが。
 成歩堂の顔を彩るのは、苦痛ではなく陶然とした悦びだけだった。
 針で肉を貫かれるのは、狼の剛直で秘扉を貫かれるのと同化し。
 成歩堂は噎び泣き、媚肉を激しく収縮させて何度も何度も昇り詰めた。狼は器用に針を操りながら時折緩く律動し、空いた手にも針を持って柄の部分で成歩堂の雄芯を愛撫し、こちらもしとどに涙を流させる。
 成歩堂の快楽が狼を悦ばせ、狼の悦びが成歩堂を更なる快楽へ導く。
 蝋燭の灯りと、焚かれた香。
 音楽代わりに流れる、一族の昔の言葉で紡がれる、誓いの旋律。
 それらと、枯れる事のない情欲が術式の紋様を織り成し。
 二人は、魂にシンメトリーの徴を刻んだ。




 一週間後。
 成歩堂は一ヶ月前と同じく、だらりとソファへ寝そべっていた。無意識に胸元を探るが、そこには何もない。
 まじまじと観察して、刺青を彫られたのは夢かと思う程に何の痕跡もないのは確認済みだった。
 しかし、最初は輪郭だけだった絵に彩りが加えられ、陰翳がつき、日に日に狼と同じ刺青ができていく様を、ぼやけた視界とはいえ眺めた―――筈。
『白粉彫りのようなモンだ』
 狼は空港へ向かう車の中で、さっくり説明した。けれど白粉彫りは実現不可能な技だとの知識があった成歩堂が、微妙な表情になったのだろう。
 ニッと口角を引き、どこか満足げに付け加えた。
『エロい事をしなきゃ、浮かばねぇさ。つまり、見られるのは次に会った時だな』
 それ以外は有り得ないと言外で念押しされ、何だか押しが強くなったなと成歩堂は引き攣った笑いを返した。




 とんでもない一週間だったが。
 内容の濃さと比べて成歩堂の心は比較的落ち着いていた。
 刺青が常態では見えない、という安堵もあるけれど。
 刺青を見てみたい、と秘かに思ってしまう位、狼との再会を心待ちにし。
 狼の『伴侶』である事を嬉しく思う気持ちが、成歩堂の内には存在する。
 離れていても繋がっているのだと、以前にも増して感じられる。
 それらは皆、成歩堂のエネルギーとなり―――。
「久しぶりですね、成歩堂」
「・・・やぁ、牙流センセ。お土産は何かな?」
 口の端をゆるゆると引き上げ、成歩堂は本心を綺麗に隠したまま霧人へ親しげに笑いかけた。

                                          


荒唐無稽にも、程がある・・(泣) もえさま、すみません!