hideaway:3
「クッ・・恥ずかしがり屋のコネコちゃんだからな。遠回しのお誘いってトコか」
「全く以て、けしからん。そんなふしだらな姿を、私以外に晒すなんて」
「萌えるねー。えい、写メっちゃえ」
しかもブツブツ独り言なのか成歩堂へ話し掛けているのか判然としない台詞が、輪をかけて不可解。それから、写メは削除して欲しい。
「え、ですから―――」
「俺へのサービス、喜んで受け取るぜ!」
「貴方へ、ではないです。間違えないで下さい」
「保存、っと。さ、気にしないで始めようか、ベイビー」
「あはは・・」
据わりが悪い状態を打破しくて尋ねようとした言葉は、超マイペースな三人に遮られ。有耶無耶にされ。いつもの事と、成歩堂は乾いた笑いを漏らして諦めた。
最初こそ違和感があったものの、時間が経てば普段と同じ楽しく有意義な語らいになり。成歩堂は直斗の進言通り気にする事なく過ごしていた。
「おーい、成歩堂ォ!」
前触れもなく吹き抜けのフロアに鳴り響いた、聞き覚えはあっても、真っ先に嫌な予感を引き起こす声。急いで振り返れば、そこにはニッカリ笑ったもう一人の幼馴染み。
「・・・うわ」
「チッ」
和やかな空間に乱入してきた矢張を確認するなり、関わりの深い成歩堂と御剣の表情が引き攣った。態度と声音だけピックアップすれば陽気で人畜無害そうだが、実の所疫病神並に厄介だ。
思わず唸りたくなった成歩堂を責めるのは、当人だけだろう。矢張の出没ポイント外で会い、しかも矢張から出向いてきた時は、高確率で問題を持参しており。それだけならまだしも、更なる揉め事へ発展していく確率も決して低くない。
「何か用でもあるのか?」
目を眇めて相対する。普段ならば、もう少し柔らかい態度で接するのだが。1週間程前、同情の余地がない内容で振り回された挙げ句、大暴れの尻拭いをさせられたものだから、軽く絶交状態なのだ。
「成歩堂ってば、まだ怒ってんのかよ!? ごめんちゃい! ほら、トノサマンジュウ持ってきたから許してちょv」
「はぁ・・・」
この男程、謝罪の言葉が似合わない者はいない。成歩堂は押し付けられた饅頭を物欲しそうな目をしていた御剣に横流ししつつ、溜息を漏らした。
軽佻浮薄、を具現化したような矢張とも長い付き合いだ。
喧嘩した時は勿論本気で怒っていたが、数日経てば頭も冷え、ああいう性格だしなと呆れと諦めが湧いてくる。しかしここで甘い顔をすると矢張が調子に乗るので、わざと厳しい態度をとっていたのだが・・・それすらバカバカしくなってくる。
いつもなら、引き起こした騒動をケロリと忘れて脳天気な顔で現れるのに、今回は謝罪と菓子折付きなだけマシかもしれない。
「それで、どうしたんだよ。失恋話なら聞かないからな」
顰めっ面だけは保っているものの、ちゃんと相手をしてやる成歩堂は、よく御剣に『貴様は矢張に甘すぎる!』と理不尽なお叱りを受ける。今も御剣を始めとして生温い視線を注がれているのだが、知らぬは本人ばかり。
「違うってーの。成歩堂が着拒してるから、狼の兄貴にメールで聞いたらここにいるって教えてくれてさァ。えらいオレ様は謝りに来たって訳よ!」
「いやいや、偉くないから」
ズビシ、と素早く突っ込んだ成歩堂だが、実は着信拒否していた事自体を忘れていた。それを矢張は、怒りが解けていないと勘違いして焦ったのだろう。
「この天才マシスさまには、『ちょービック』という賛辞が似合うのだ」
「ちょー間抜けの間違いだろ」
低レベルだが、ほのぼのとした掛け合いをしている成歩堂と矢張を余所に。検事二人プラス元検事一人は、不穏な単語を耳にした衝撃からようやく立ち直ろうとしていた。
『狼』とは、国際捜査官の狼士龍の事だろう。しかし、何故、接点がない筈の矢張からその名前が出る・・?
しかもあの口調から推察するに、矢張と狼はメールの遣り取りをする位、親しくて。成歩堂と狼にいたっては、居場所を把握する仲、という事になる。非常に、由々しき問題だ。
「おいおい、コネコ―――」
事実確認をしようとゴドーが声を掛けたが。
「ああーっっ!」
運悪く、雰囲気クラッシャーの雄叫びに掻き消されてしまった。ガッシリ成歩堂の肩を掴んだ矢張はまじまじシャツを眺めたかと思うと―――むぅっと頬を膨らませた。
「ひどいぞー、成歩堂っ! オマエがそんな薄情なヤツだったなんて!」
プンプンプン! 甚だ似合わない可愛らしい擬音を発し、盛大に拗ねる。
「突然、意味不明な事を言うなよ! 何が薄情なんだっての」
ミスマッチに鳥肌のたった成歩堂が、素気なく矢張の手を振り払う。
「だって、だってさ! 彼女に自分のシャツを着せるなんてラブラブ、オレだってまだやってないのにーっ」
「・・・は?」
「まぁ成歩堂は着せられた方だけど、羨ましいのは変わりないんだぜ! ちきしょーめ!」
「・・・は・・ぇぇえっ!?」
そこで、初めて。
改めて自分の身体を見遣り。
成歩堂は、狼のシャツを着ている事に気付いたのである。
「うわ、何で? 嘘だろ・・っ」
いつもより肌触りがいい、とか。いつもより襟元が涼しい、とか。いつもより袖口が引っ掛かる、とか。違和感はあったものの、いつもの白シャツを着たとばかり思っていたから気の所為で片付けていた。