成歩堂の自由研究2:4
「・・・」
「???」
こんなに小さいのに、ノイズキャンセラー機能でもあるのか。ゴドーが口を開いても言葉は成歩堂に届かない。ぐしゃりと大げさにとんがりをかき回したゴドーはその様子に満足げな表情を浮かべると、徐にパソコンを操作し始める。連続して再生されるようプログラムすると、すぐさま成歩堂の耳には女の嬌声が響きだした。何事かと口を開こうとした成歩堂だったが、ゴドーは先ほどの手帳にこんな事を記して、立ち上がる。
『タバコを買ってくる。』
割と大き目の音量だったため、成歩堂はイヤホンを外すことが出来ない。この淫らな音がイヤホンを取ることで部屋に漏れてしまうのではと思ったからだ。機械音痴もここに極まれり。イヤホンでの音量とスピーカーでの音量が異なる、なんて事まで知らないのだから。
成歩堂が呆然としている間に、ゴドーは背中越しにひらり手を振って部屋から出て行ってしまった。施錠までしているので、本当にタバコを買いに行ったのだろう。先ほどは『ここでお試しオナニーさせて欲しい』なんて言ってのけた成歩堂だったが。
ゴドーがいるならいるで構わなかった。1時間と時間を区切って不在となるのも然り。しかし今は状況がまるで違う。
いつ帰ってくるか分からない部屋の主。
イヤホンからは引っ切り無しにイヤラシサ満点の女の声。
突きつけられてしまった無自覚な『甘えん坊』さ。
ごくり。
ゴドーの指針が正しいことは、この成歩堂の唾液を飲み込む音が教えてくれた。机に座ると扉を背にしてしまう配置も、心臓を高ぶらせるスパイス。最初の1、2分は落ち着かない様子で扉を見たりモニターを見ていた成歩堂だったが、・・・次第に腰の辺りがむずむずしだしてしまう。結局、恐る恐るの態で下着をずらしていく。直ぐに戻せるよう、膝下位に留めた位置で。
***
一方ゴドーは。
一番近場の自動販売機にて二人分のタバコを購入し、成歩堂の分はポケットに仕舞う。その動作のついでに腕時計を確認してみた。部屋を出てから、5分程度か。ぼちぼちモノに手を伸ばした頃。今までのセックス経験から言って、後10分もすればブツも仕舞って実証結果を反芻するだろう。
タバコの包装を解いて、箱の角をとんとん叩く。みっしり詰まっているせいか、数本が一緒ににじり出る。その内の一本を指に挟んで、ライターで火をつけた。殊更ゆっくりタバコを味わい、またのんびりと部屋に戻れば丁度計算した時間になる。
さあ、どんな結果が待っているのか。ゴドーの脳裏は、既に対価としてのお礼・・・別腹分で満たされていて。『新しい性癖の開発』とやらに己も参加してしまおうかと一人ほくそ笑むのであった。
夜も更けきった闇の道に、軽い金属音が響く。ゴドーは長い足をだぶつかせながら、成歩堂とお揃いのキーホルダーを指に引っ掛けて回していたのだ。普段よりも歩くスピードを落として、ようやく部屋の扉にたどり着く。
先ほどとは違い、鍵を回す音を極力小さくして開錠したゴドーは、そっと部屋の様子を伺ってみる。ぼんやりとしているのだろう。とんがり頭は軽く下を向いて、両手を力なく降ろしていた。パソコンモニターでは未だ、ゴドーのエロデータが再生中。足音を抑えて部屋の中に入ってみれば、ゴミ箱には真新しいティッシュのくずが一つ増えていた。
ぽん
ぎくり
いっそ面白いほど反応した成歩堂は、困りきった顔でゴドーを見上げる。ぷはっと射精した後の理性が復活した状態・・・いわゆる『賢者タイム』とは少し違った雰囲気だ。耳を指差し、成歩堂は大声で。
「ゴドーさん!遅い!!エロビの止め方分からないから、いつまでも再生されちゃって困ってるんです!」
深夜の大宣言に、ゴドーは思わず頭を叩く。ついでにイヤホンを取り外してやると、あ、と驚いた成歩堂がきょろきょろと部屋中を見回してみる。ゴドーの手元からは今現在も女の濡れ場シーンが響き渡っているが、その音量は微かなもの。
「・・・、そ、そうか。ただ取っちゃえば良かったんですね。」
「で、どうだった?」
「お陰さまで、納得いきました。でもちょっとだけ問題も・・・あるかなって。」
「んん?」
「僕の部屋だと、見つかるかもってスリルが味わえない訳ですよね。となると、僕がオナニーする場所が、ゴドーさんの部屋って事に、なるような・・・。」
マウス操作で再生を終わらせていたゴドーが、その言葉に笑みを深める。そのままシャットダウンまでしてしまうと、マウスを持っていた手を成歩堂の首に絡めた。ゴドーの身体が前傾していき、お気に入りの項をぺろりと一舐め。その瞬間、今までのオナニー要求とはまた違う疼きを、成歩堂は認めた。どうしたってオナニーでは解消できないこのムラムラは、絡まったままの逞しい腕だけが満たしてくれる。
「いいんじゃねえか?どうせこの部屋の鍵だって持ってんだしな。」
「でも、僕がいつ来るか分からないんですから、今度はゴドーさんが一人でオナニーできなくなりますけど。」
「・・・俺は、別に。ムラっと来たって、コネコちゃんが三つ指ついて準備万端でお出迎えしてくれるんだ。オナニーなんてオヤツなんかじゃなく、俺は『メインディッシュ』で腹いっぱいになりたいぜ。」
「異議あり。そんなに毎日来るわけないでしょうが。」
「異議あり。癖になったら、たぶん、そうなっちまうはずさ。」
「・・・。」
「クッ・・・。検察側、以上だ。」
DVD本数の少なさから、お気に入りを繰り返し再生させる事が明らかな成歩堂に、反証できる材料はなかった。オヤツの次はメインディッシュ。小腹が満たされたはずの成歩堂は、実は逆に空腹具合を増幅させてしまっていて。軽く首を傾げて成歩堂の反応を確かめていたゴドーに振り向いた勢いで、薄ら笑いの唇に噛み付いていった。