成歩堂の自由研究2:3



こういう時はどうするか。そう、散々千尋にも成歩堂にも教え込んできた『逆転』である。成歩堂の足りない部分を『検証』する事が不可能ならば、ゴドーがデータを精査し『分析』してみればいい。

「・・・じゃあ、こうしようぜ。」
「?」

ようやっと方針が決まったゴドーは、鞄から手帳とペンを取り出す。と、漸くどっかりと成歩堂の横に腰を下ろした。テーブルに広げられているDVDパッケージを裏表見て、キーワードをすらすらと青字で羅列していった。几帳面そうな文字が綴る卑猥な単語の数々に、成歩堂もふむと唸ってしまう。

「今ここにあるDVDの情報を書き出して、アンタの言う『足りない部分』をはっきりさせるんだ。後はそうだな。大体抜きどころってあるだろ?それがどのシーンなのか、そいつを明確にしていけばいい。」
「・・・それで、何が満足いってないかが分かるんですか?」
「ま、洗い出し作業ってやつだな。・・・不要なものを消していけば、最後に残るのは一体なんだい?」
「たった一つの真実・・・って、それ、何かこんな風に使っていいのかなあ。」
「在るものを使わねえでどうすんだい、コネコちゃん。『知識』なんてのはな、如何に他のモンに応用できるかで、その真価が変わるんだぜ。」
「はあ。勉強になります。」

ゴドーはそんな成歩堂の頭を大げさにかき回す。今までのゴドーへの仕打ちに対する罰も含まれているのか、テーブルに押し付けてまでその仕草は続く。段々痛みに涙目になる成歩堂が、両手でやっとそれを取り払った。額は一部が赤らんでいたが、ゴドーには目視できない。が、成歩堂の手でごしごし擦る動きでその座標を知ったゴドーは、そこに一発デコピンを食らわせる。

「・・・痛いです。」
「痛いだろうな。痛くしたんだから。」
「そんな風にするんなら、『お礼』はいらないという事ですね?」
「お礼ねえ・・・。アンタの納得がいく結論ってのは、結局オナニーの充実ってやつだろ?一人だけぷはっと気持ちよく吐き出したのを見て、さあ抱こうかって気になるかよ。」

「あれ?そうなんですか?ゴドーさんなら分かってくれるって思ってたんですけど。」
「?」
「・・・ゴドーさんは、セックスとオナニーって別腹じゃないんですか?」
「・・・。」

そもそも、の話だ。成歩堂が本当にムラムラしてしまったのなら、ゴドーに頼めばいい。最悪ゴドーを襲う形になろうが、それで本懐は遂げられるはず。しかし成歩堂がこの手段を取らない点と、並んだDVDが全て普通の男女のセックスをテーマにしている点から、明らかだった。成歩堂の主張する『別腹』というものが。セックスとは違う・・・そんな事をあっけらかんと言い放つ成歩堂に、ゴドーは思わずクッと笑いを殺してしまう。

「じゃあ、お礼は『別腹』で払ってもらうとして、だ。まずは1本目からシーンを提示してみな。」
「はいはい。」

その台詞にパッケージを開いた成歩堂は、ゴドーのデッキにDVDを挿入していく。ブルーバックに長めの文言が表示された後、画面に表示されるのは・・・可愛らしい女の子がにこりと笑うスチール写真だった。
「クッ、・・・クックッ・・・。」
「・・・なんですか。いちいち笑わないでくださいよ。」

お気に入りのシーンはチャプター番号を暗記でもしていたのか、実にあっさりとゴドーに提示された。そのため、それぞれのシチュエーションまでは明らかではないが、DVDの状況はほぼ同じ。キスシーンから段々と着衣が乱されていく場面ばかりだった。『着衣は浪漫』とゴドーに突きつけ、着衣での行為をオネダリする事もあるのに、オナニーは正に別腹という何よりの証拠だった。

「なるほどな。大体分かったぜ。」

ゴドーはさも可笑しそうに手帳を眺めてから、ふらりとペン先を成歩堂に突きつける。むうと口を顰めつつも、成歩堂はそのペン先が再度手帳に向かうのを見つめていた。ポイントとなる文言にゴドーはアンダーラインを引いてから、その動きに合わせて黒目が動く様を見てまた笑う。

「アンタ、一人暮らし長いんだよな。」
「まあ、学生時代からですから。」
「・・・要するに、それに慣れちまってんだ。人目を忍んでするはずのオナニーを、恐らく大っぴらにしちまってんじゃねえか?例えば、全裸でしてる、とかな。」
「流石に全裸は無いですって。・・・下は、脱いでますけど。」

ゴドーの分析によると。

これから前戯やセックスシーンが始まるというのに、そのかなり前段階で終結を迎えようとする。その辺りは、いつ誰が来るか分からないという、家族との同居時代からの癖だろう。勢いをつけるだけつけて、後は己の脳内でシーンを展開させていくパターンならば、実際のその後の映像は殆ど無意味といっていいのだ。

更に、DVDには共通した文言が一つだけあった。『甘えん坊』。これは、一人っ子である成歩堂の脳裏に潜む『頼られたい願望』がこういった形で芽を出したと考えられる。最近のものにまでそれは引き続いていることから、頼りっぱなしな現状を打破したい、それは事務所の人間関係はもとより、ゴドーとの関係性にも波及していると・・・ゴドーは理路整然と成歩堂に突きつけてみせた。

「う、うわ・・・。何か、丸裸にされた気分ですよ。」
「ここまで開けっぴろげな話題なんだ。当然だろうぜ。」

成歩堂は、ゴドーが何故かご機嫌になっていくのを言葉尻からも拾っていた。態度もそうだ。最初はアレだけ嫌悪感を丸出しだったというのに、今ではぴったり横にいて、いつの間にやら胡坐を掻いている成歩堂の膝頭に手を置いているのだ。その手が軽く擦る動きまでし始めると、成歩堂は眉間に皺を寄せながらその手を抓って『分析』から先を促す。

「まあ、見つかるかもってスリルを追加してやりゃあいい。下もずらすだけにして、ヘッドホンをしてみるとかな。」
「・・・そんなもん、なんですかね。」
「じゃあ、試してみるかい?」

その言葉に、成歩堂は目を丸くする。ゴドーはといえば、腕を伸ばしてデスクの引き出しをごそごそ漁って。手にした長めのイヤホンを成歩堂の両耳に突っ込んでやった。