成歩堂の自由研究2:2



どうしてそんなに期待に満ちた目が出来るのか。ゴドーには本当にわからない。態度だけなら、まるで子犬がしっぽをぶんぶん振ってボールを追い掛け回すような無邪気さ。しかしこれから始まるだろう事は、無垢さとは程遠いはず。ここで動揺してはいけないと即座に判断したゴドーは、普段どおりの態度を崩さずベッドのそばで佇んだままカップを一口分煽って見せた。

「・・・てなわけで、何が足りないのかを色々試してみたいんです。僕のを持ってきましたから、ゴドーさんのと交換してみて・・・まずは『新鮮さ』と『新たな趣味の開発』から取り組んでみようかと。」

一緒にAV鑑賞して、その勢いでセックスでもしたいのかい・・・、なんてゴドーの皮肉もなんのその。ここに至るまでの経緯を逐一説明した成歩堂は、未だ立ったままのゴドーに手をひらひらと差し出している。『新鮮さ』は分かる。が、『新たな趣味の開発』とは一体なんだ。言葉には出さないが、ゴドーが纏った空気でそれを突きつけると、くりっとした丸い眼がますます丸くなっていった。

「だって、ゴドーさんは巨乳主義でしょう?」
「・・・勝手に決め付けるんじゃねえ。」
「じゃあ、大きさ不問の感度重視派。」
「・・・。」

成歩堂はゴドーの過去として千尋しか知らないので、巨乳好きと判断したが。それを否定されたことでゴドーの現在・・・己を提示した。セクシャルポイントの胸一つとっても、二人の好みが違う。その他『女の好み』を羅列すれば、恐らく合致する部分は殆どないはずだ。軽く息を飲み込んだゴドーに、ほら、と成歩堂はまた手を差し出す。

ここでこうやって禅問答を繰り返しても仕方が無い。大げさなため息をつきながら、ゴドーがクローゼットを開く。奥の奥にある小ぶりの鞄からごそごそ探っては、無造作にぽいぽいとベッドの上に広げていった。成歩堂と同じ位の本数であることに、成歩堂は疑問符を浮かべる。

「厳選されてるんですか?」
「俺には5年のインターバルがあったんだぜ?そこからアンタに突っかかって、アンタに突っ込んで・・・ってな。ちょいと考えりゃ分かるだろ。」
「・・・なるほど。」

「でも、これだけじゃないですよね?後は・・・そうか、パソコンとか。」

・・・どうやら、昏睡前の証拠品だけでは成歩堂は納得できないようだ。パソコンに精通しているのなら、わざわざ店で借りたり買わなくても、データだけでやり取りできる。機械に疎い成歩堂でも、ここ最近煩い位流れるコマーシャルでそれ位は知っていた。

「ね?」

そうにっこりと笑う成歩堂に『本気』を見たゴドーは、観念してパソコンを起動し始める。
成歩堂だって腐っても弁護士家業なのだから、守秘義務くらいは分かっている。星影事務所の持ち帰り作業を行うこともあるパソコンなのだ。マウスをすいすい操作していくゴドーの後ろで、成歩堂はただ大人しく座って待っていた。と、どかりととんがり頭を蹴られて痛みに軽く前のめる。まだ火のついていないタバコを咥えたゴドーは椅子から立ち上がって、顎だけで画面を指した。

「・・・?」
「アンタご要望のデータだ。・・・もう好きにしやがれ。」

そうは言われても、困ってしまう。成歩堂の目には『英語.avi』としか見えないのだから。恐らく成歩堂のテレビやDVDデッキでは拝むことは出来ない。事務所にならパソコンもあるが、どうやってそこまで運べばいいのか。

「うーん、困ったなあ。じゃあ、ちょっと・・・お試ししてみても?」
「お試しってなんだこのやろう。」
「ここでしてもいいですか?」
「聞きたくねえが、言ってみな。何をだ。」
「何って・・・オナニーに決まってるでしょう。」

「あれか?アンタが一人でやってるのを、俺は眺めてろってのかい?ドンだけ特殊プレイなんだ。」
「そんなに時間は掛からないと思いますよ。自分でするんですから。」
「・・・分かった。俺の負けだ。ちょいと1時間ばかし時間つぶしてきてやるから、好きなだけ使え。」
「ゴドーさん、それは困ります。」
「?」
「だって、僕これどうやればいいのか分かりません。カチカチってして音がでっかかったら大変でしょう。・・・主にゴドーさんの、ご近所さんからの目が。」

ダブルクリックを未だに『カチカチ』と表現するのだ。成歩堂の言うとおりだろう。ゴドーも今まで成歩堂のパソコン指導に『分かりやすさ』を優先してしまったツケがここにきて火がついた形だ。トイチも青ざめる莫大な利子つきで。

オナニーというくらいだから、踊り子さんにはおさわり禁止。盛り上がってそのままセックスに流れ込む・・・なんて事をしでかそうもんなら。これから先、どんな研究につき合わされても文句は言えなくなってしまうだろう。今だって、こうして己の性癖を明るみにされて、ゴドーはここが自分の部屋だというのに逃げたくて帰りたくて仕方が無いのだから。