成歩堂の自由研究2:1
「・・・ふう。」
かさかさと乱雑にティッシュを丸め、少し離れたゴミ箱に放り投げる。適当さ加減が最高潮な今、まともに投入されるわけもなく明後日な方向にそれは落ちていった。既にDVDはメインメニューを示しており、チャプターのサムネイルが無駄に大量に並んでいた。
お気に入りではあるが、そろそろ新鮮さも欲しくなる。だからといって、そちらを探索するほどの時間はない。そんな余裕があるのなら、今こうして昔懐かしいフォントのDVDを鑑賞するなんてしないのだから。
過去の恋愛のひと悶着から、一時期はとんとご無沙汰となったため、随分一人上手になった。ゴドーとベッドを共にするようになっても、それはそれ、男の悲しい性。こうして珍しく一人で暇をもてあまし、不意にむらっときてしまった時は躊躇いなくティッシュを用意し始める。一人暮らしの最大の長所だ。
さて、ぷはっと吐き出すのはいい。扱けば本能的に射精まで持っていける。だがその後がなんだか物足りない。こうして理性を取り戻してきた成歩堂は、ふとそんな事を考え出してしまった。
オナニーなのだが、自分で後孔を弄るというのはお門違い。あくまでも自分の屹立だけで心地よくイきたい。日頃受身だからといって、性別まで変わってしまったわけではないのだから。
今手持ちのエロDVDはビデオ置き場の後ろにある分だけ。少々色あせているものまである。ゴドーとのセックスを経験したことで、多少ラインナップに変化は生じた。が、そもそも『一本木』な所のある成歩堂だ。お気に入りを作ってしまうとそればかりに集中してしまい、結局積極的に本数を増やすなんてことにはならない。
数えられる程度のDVDを並べて、とりあえず共通点を見つけてみる。昔は胸の形や適度なリアリティある大きさ重視。一番最近のものは、真っ白なパッケージで味気ない明朝体が転がっているだけな、少々マニアックなアナル系。・・・『勉強熱心なのはいい事だぜ』なんて、にやけた低い声がどこからか聞こえてきそうだ。
むむ、と唸って腕を組む。今回のテーマは『いったい何が不満なのか』。いつまでもこうして一人で考えていたが、堂々巡りに陥ってきた。が、こうした事を相談できる人がたった一人いるじゃないか。成歩堂はそれを思い出してぽんと手を打つと、成歩堂はコタツテーブルに置きっぱなしな携帯電話を取った。一番短い操作でメモリーを呼び出すと、その人物は3コールほどで電話に出る。
「・・・どうした?」
少々夜も更けた休日前。そんな突然の電話にもかかわらず、相変わらずの調子だ。成歩堂は今から行くとだけ告げて、そのまま通話を終えてしまう。実は間抜けに下半身丸出しだった事に気がついて、知らずがりがりととんがり頭を掻いた。放り投げていた部屋着は無視して、外出できるだけの衣服を整えていく。・・・鞄には、先ほど広げていたDVDを全て詰め込んで。
終電ぎりぎりで良かったと安堵しつつ、成歩堂はゴドーの部屋の前に着いた。軽くこほんと咳払いして、徐にチャイムを押す。こんな時間の訪問なのだ。アポイントメント以外にありえない。すぐさま扉は大きく開いて、すぐさま成歩堂を引っ張り込んだ。腕に絡めた序に施錠すると、成歩堂にやってくるのは真っ赤な光の海。どうやらゴドーも少々人肌恋しかったようだ。熱の篭りまくった甘い口付けだと成歩堂が知覚できた頃には、二人の腕は互いに相手の身体に巻きついて少しの余裕も許さない雰囲気だった。
「どうしたってんだい、コネコちゃん。」
今更ながらそんな風に問うゴドーに、成歩堂はふてぶてしく笑う。それに嫌な予感が過ぎる、ゴドーの直感は実に正しい。正しいのだが、抗うことなど出来るわけがない。大きな黒目を先ほどのキスで潤ませながら、じっくりと見上げてくるのだから。
「まあ、こんなとこではなんですから。」
ゴドーの部屋だというのに、成歩堂は勝手知ったる足取りで部屋の奥へと進んでしまう。それはゴドーは構わない。が、わざわざ鞄を持ってきているという、この違和感にゴドーの心がざわついてしまう。ここには成歩堂の部屋着はおろか、普段のワイシャツ、下着や靴下に至るまで全て揃っている筈だ。そしてそれを成歩堂が知らないわけがない。なぜなら・・・自分の部屋から持ち込んだものなのだ。正確には、ゴドーの部屋着を借りたとき、持って帰るのが面倒だからと洗濯籠に入れたまま現在に至っているだけだが。
成歩堂はいつもの定位置に鞄を置いて、その横に腰を下ろした。とりあえず、こんな風にでも成歩堂が訪ねてきたのだ。ゴドーは扉から部屋に戻る前に、コーヒーの準備に取り掛かった。今まで使っていたカップはシンクに追いやって、二人分のマグカップを並べて。
そんなゴドーの様子に、成歩堂はにこにこ顔だ。ゴドーがご機嫌ならば、こんな話も持っていき易い。先ほどのキスではこのままセックスに傾れこみそうな勢いだったが、なぜゴドーが気を持ち直したのかには生憎とんと見当がつかないが。それでもちゃんとペアマグを選択する辺り、歓迎の意図は見受けられる。
「今日はゴドーさんに折り入ってお願いがありまして。」
しゅんしゅんという沸騰音に混じって、成歩堂がそう語り始めた。ゴドーはタイミングを計って火から降ろし、二つのカップにぽつぽつと湯を落としていく。普段ならほんの数秒で満たされていくはずのアロマが、ほんの少し物足りない。と、頭上の機械音に気がつきスイッチを切る。換気扇を止めたことで空気の流れが留まって、いつも通りの香ばしさが部屋の中にも流れ始めた。
「えっと、これが僕のなんで。ゴドーさんも出してください。」
「・・・。」
ゴドーが部屋に足を踏み入れるのを躊躇うなんて。成歩堂とこうなってから、いやこの部屋に住み始めてから初めてのことだった。小さいガラステーブルには、ご丁寧にゴドーに向けて読みやすいようタイトルが並べられた成歩堂のDVDが、そこにあった。本数は少ないため二人のカップのスペースは十分にあるが、置きたくないのは正直なところ。仕方なくゴドーは自分の分をベッドヘッドに、成歩堂の分をテレビの前に置いた。