成歩堂を捜し出してくれるシステムは、生体認証の1種で。機能停止してしまえる携帯やマイクロチップとは基礎構造が違っており、成歩堂の鼓動を特殊な装置で増幅してGPSに座標を送信する。
現時点では100%送信不能となる対抗措置は完成していない、最新鋭の探査技術だ。ある意味、国家レベル―――しかも日本ではなく軍事大国―――の軍事機密を、巌徒は成歩堂の為だけに実用化して、成歩堂だけに利用している。
携帯よりも少し大きい受信機で、今成歩堂がどこにいるか誤差30p以内で、リアルタイムに分かる。『準備』は、救出の際に成歩堂の身の安全を確保する為のものであり。
それが整えば、後は、迎えに行くだけ。
結論からいえば。
実害は粗雑に拘束された事による擦過傷が少しと、トレードマークの青いスーツが汚れた事。
・・・後30分も遅れていたら、成歩堂だと判別するのは困難だっただろうが。
成歩堂を攫った瞬間、暴漢の運命はほぼ確定していて。
手首の皮膚が擦れた点で、司法ではなく別の組織行きが決まり。
拷問係のドSな愚か者がこれからどうなるかを事細かに成歩堂に喋った為、その精神的苦痛を贖わせるべく、スペシャルなお持て成しが自動的に選択され。
後日にはなるが、巌徒が怠けて手抜きした分を可及的速やかに且つおぞましい位苛烈に処理したので、暗黒社会には巌徒はアンタッチャブルとの不文律が出来上がったらしい。
被害も最小限で済んだし、再演のないよう布石は打てたしと、第三者の観点からは救出作戦は成功裡に終わったのだが。ズブズブに成歩堂を愛しちゃっている巌徒にとっては無傷で取り戻すのは大前提であり、『結果』ではない。
「巌徒さん・・大丈夫ですから」
成歩堂は幾分困ったような眼差しで巌徒のそれを覗き込んだ。再会してから巌徒は検査、手当、帰宅まで片時も成歩堂を放さなかった。見掛けも話し方も劇的に変化している訳ではないものの、巌徒のオーラは秒毎に揺れ動いていて、逆に成歩堂の方が心配になってしまう。
確かに誘拐された時は驚いたし、見るからにイっちゃっている男にこれからの予定を事細かに教えられた時は、ビリジアンから次の段階に進んだ位だった。
しかし、何の根拠がなくても。
間に合うかどうかは、別にしても。
巌徒が来てくれると心の深い所で信じていたから、正気を保つ事ができた。その信頼は裏切られなかったのだから、成歩堂は感謝しかしていなかったのだが、複雑な思考回路を持つ巌徒は単純に片を付けられていないらしい。
巌徒のダークサイドに巻き込んでしまった事への悔恨。
成歩堂が、今、巌徒の元にいる喜び。
それから、成歩堂を一時的とはいえ奪った者に対して頭を擡げた黒い血。
巌徒の中で『何か』が蠢くと成歩堂の項がチリチリするから、すぐ分かるのだ。
「巌徒さん。迎えに来てくれて、本当にありがとうございます」
だから、成歩堂は巌徒の素手を、そっと握った。
巌徒が、成歩堂を誰にも渡さないと憚りなく宣言するように。表立っていう事はなくても、成歩堂だって巌徒を黒い血なんかに支配させたりしない。巌徒の内包する闇ごと寄り添う気持ちはあったが、それが表面化するのは、話が別。
「・・・だから、ナルホドちゃんがお礼を言う事じゃないヨ」
ニッコリ巌徒が笑ったけれど、やはりどこか蔭が付きまとっている。
「大好きですよ、巌徒さん。好きだから、ここに居るんです。ちゃんと、約束は守ります。―――ずっと」
胡散臭い暗黒オーラを追い払うべく、真摯な表情で頬へ口付ける。真っ赤に、なりながら。
「ナルホドちゃん・・」
視線や素振りで想いを伝える事が多い成歩堂の、稀少な愛情表現に一瞬巌徒は押し黙り。
それから、笑った。第2の皮膚のようになっている、陽気なだけの笑顔ではなく。
成歩堂のみに向けるソレで。
「そうだネ。ナルホドちゃんが側にいてくれる事以上に、大切な事なんてありはしないモノ」
そう告げて顎髭を擦り付けてくる巌徒からは昏いオーラが綺麗に払拭されていたので、成歩堂は擽ったげに身を捩りつつも笑い返し。
いつもの二人に戻った。
ちなみに、その翌日。
『今回の事件による精神的打撃の為、療養が必要』と100%信じられない理由で、巌徒は仕事を休み。
従って、成歩堂の姿を見掛けた者もいなかった。