箱の中身は




 屋敷の中でたった一人計画を知らなかった成歩堂は、帰宅して長引いた審理の疲れもふっとぶ程、驚いた。
 まさに、別世界。異次元に迷い込んだのかとすら、思った。
 メイド達と出会う度、『happy halloween!』と声を掛けられ、お菓子を手渡される。
 パンプキンメインのフルコースディナーは、味はいつも通り一流だったが、見た目が些かグロテスクなハロウィンバージョン。言うまでもないが、食卓の灯りはランタンやゴーストに仕込まれた蝋燭。給仕も、サーブする度に脇へ置かれた籠へ飴やらチョコやらを積み上げていった。
 すっかり雰囲気に呑まれ、『Trick or Treat?』の掛け声もなければ、一方的にお菓子を貰うだけという不自然さに突っ込む事もできなかった。
 きっと、屋敷の皆に『やらされている』感がなく、それぞれが楽しみながらやっているのだと伝わってきた所為もあるのだろう。
 一人きりでもお祭り気分を味わえた成歩堂は皆にお礼を言いつつ、寝室へ向かった。その道すがらでも成歩堂の籠は菓子が加えられ、零れる寸前である。
 もらってばかりでは悪いと、今更感はあるがお菓子を入手するべく外出しようとした成歩堂を、椎木はやんわり止めた。曰く、菓子は成歩堂にあげても尚かなり余る量を用意しており、残った分は使用人達に渡されるのだと。
「・・・巌徒さまが、指示されたのですよ」
 具体的に言われた訳ではなかったが。相応の対価を与えるよう、会話の中に織り交ぜられており、椎木はその意を酌んで手配した。
「仕事ながら、楽しませていただいております」
 意に添わぬ事を口にするのも職務であったが、それは椎木の本心。かつて、いないモノとして振る舞えと命じた巌徒が、慰労に言及する。この変化を、椎木は好ましく受け止めていた。
 椎木自身は屋敷の印象が無機質だろうと、美術品のようだろうと、喧噪に満ち溢れていようと感慨はない。しかし成歩堂と知り合ってから、巌徒が寛ぐ様子を見掛けるようになった。
 椎木の仕事は、主人が居心地よく過ごせる家に整え、守る事。今や成歩堂は、最も重要なファクターだ。
「他に御用がありましたら、何なりとお申し付けください」
 ナイトキャップの用意に加え、ここでもハロウィンキャンドルへ火を灯した椎木は、恭しく一礼した。
「あ、ありがとうございます」
 慌てて挨拶し返す成歩堂。屋敷に住んでからそれなりの期間が経っているのに、毎回繰り返されるやり取り。
 いつものように口元を綻ばせた椎木は―――だが、今夜はいつもとは違う行動に出た。
「それからこちらは、巌徒さまからです」
「はい?」
 一層恭しい動作で、どこから出したのかどこに持っていたのか分からない箱をサイドテーブルに置く。そして訝しげな視線に気付いていながらも、上品かつ鉄壁の笑みでスルーし、部屋の外へ出た。
「ハロウィンには、仮装が付き物ですから」
「え・・? 椎木さん?」
 扉の向こうから投げ掛けられた言葉に、再度成歩堂が首を捻った時には、音もなく椎木の姿は消えていた。
 残された成歩堂は唖然としつつ、一緒に置き去りにされた箱を眺めた。縦30p、横20p位の大きさで、白くて仄かに良い香がするから桐かもしれない。
 外側だけでもかなり値が張りそうで中身が気になるが、やはりどうやって隠し持っていたのかが不思議で仕方ない。
 主人が一種独特だと、部下も独特の雰囲気を持つようになるのだろうか。それとも、執事は須くあんなにミステリアスなのだろうか。読めない、と呟きつつ、成歩堂はとりあえず中身を確認する事にする。
「はぁ!? いやいやいや、待った!」
 そしてそれらを見た瞬間、成歩堂は大音声で叫び、桐箱ごと放り投げそうになった。
 中に納められていたのは。
 白のナース服とキャップ。
 白のストッキングと、ガーターベルトと、ガーターホルダー。
 一番下に入っていた、薄いピンクの女性物下着。
 ご丁寧に、装着方法の書かれた(しかも絵入り)メモが添えられている。この字は、おそらく椎木のもの。
 説明書があるという事は、それを着る事が前提で。椎木が成歩堂に手渡したという事は、成歩堂が着る為に用意されたと推測される。
「異議あり―――っていうか、却下!」
 再度、叫ばずにはいられない。譲りに譲って、ハロウィンにコスプレするのはよしとしよう。
 遊び心は大切だ。←混乱中
 されども、これは遊びを逸脱し過ぎている。
 『ハロウィン』要素がすっぽり抜け落ち、ただのイメクラプレイだ。
「うわぁ・・」
 羞恥に灼かれ、成歩堂がテーブルに突っ伏す。菩薩のような、全てを悟りきったような椎木の微笑が思い浮かぶ。
 男同士という時点で、アブノーマルの謗りは免れられないし。
 そのようなアレも致しているし。
 しかも、マニアックなプレイを仕掛けられる事も度々あるが。
 秘め事を他人に知られて平然としていられる程、成歩堂はオープンではない。夜の営みのお膳立てを、平然と他人に用意させる巌徒と違って。
 椎木がいつもの生真面目な表情で衣装を揃え、絵を描き、説明書を仕上げている場面が脳裏に過ぎり、一人じたじたと身悶える成歩堂。
 しかし。
「ただいま、ナルホドちゃん」
「が、巌徒さん・・お帰り、なさい・・」
 ハロウィンのメインイベントは、これから。