『実物』を見たのは初めてだったけれど。
椎木がとても優秀な執事だという事は、すぐに分かった。
立ち振る舞いからして、目障りにならないよう存在を背景と同化させていながら、必要な時は普通のボリュームで呼べる位置に必ず居る。
主人が快適に過ごせるようにするのが至上命題で、屋敷に起こる出来事は一つ残らず把握していた。
そんな椎木が、感慨深く成歩堂に教えてくれた。
「巌徒さまの持ち物になってから、この屋敷が飾られたのは初めての事です」
と。
庭も。外観も。勿論、中も。
豪奢な造りの洋館は、黄色と黒を中心としたディスプレイで装われていた。
あちらこちらにジャック・オー・ランタンが置かれ。
オータムガーランドが、天井や壁からぶら下がり。
大小様々なゴーストライトは、微妙に見えにくい場所で点滅中。
使用人達は、コスプレこそしていないものの、それぞれお菓子の詰まった小さな袋やら籠やらバックやらを携帯し。
そう、重厚さはあれど『遊び』とは無縁だった屋敷は、コミカルとも言えるハロウィン様式にチェンジした。
大規模な衣替えを指示できるのは巌徒だけであり、実際巌徒の命を受けたから椎木が各方面に指示を出し、飾り付けたのだが。
「貴重な経験をさせていただきました」
社交辞令ではない笑顔と共に、椎木は礼を言う。
成歩堂に。
「いやいや、僕は何にも(汗) こちらこそ、ありがとうございます。すごく、楽しいです」
成歩堂は慌てて手を振り、椎木の頭を上げさせた。手伝った訳でもないし、第一、巌徒がハロウィン仕様にしろと命じた事自体、知らなかった。
ただ。
こんな大がかりな改装が行われた理由に思い当たる節があった為、本当は感謝する前に謝った方がいいかもしれない、と冷や汗をかいた。
この屋敷は、巌徒のプライベートゾーン。
『来客』というものが、まずない。
必然的に『日常』から逸脱する事なく、淡々と、粛々と刻が流れていた。
成歩堂が住むようになって以降、使用人達が表だって姿を見せ始め活気が少しずつ蘇ってきたけれど、多くの部屋は閉ざされ、多くの家具に白い布が掛けられたまま。
巌徒と穏やかに過ごす時が気に入っていたから、常々勿体ないとは思っても有効活用しましょうよ、などと意見する事は全くなかった。
それは、とある日。
巌徒と図書室にいた成歩堂は、偶然一枚の写真を見付けた。
ちょうどお茶の支度に訪れた椎木がそつなくすらすら説明してくれた所によると、巌徒の前の持ち主がパーティ好きで頻繁に洋館を飾り立てていたらしい。
『特にクリスマスの時は、遠方から見に来る方も大勢いらっしゃったそうです』
『確かに、一見の価値はありますね。こんなに雰囲気が変わるんですか・・』
木々の一本一本にオーナメントがぶら下がり。昼間のような明るさにまでライトアップされ。洋館自体にもモールと共に電飾が巻き付いている。
成歩堂の好みからすると少々派手で、屋敷の持つ清廉さが霞んでしまっているけれど、目を引くコーディネイトには違いない。
『屋敷全体が飾られたら、すごく綺麗でしょうねー』
成歩堂が口にしたのは、たったそれのみ。
見たいとも、して欲しいとも言わなかったし、考えてもいなかった。
写真だけでも壮観なのだから、実物はどんな迫力なのだろうと何気なく思っただけ。
だが―――相手が巌徒の場合、それでは終わらないのである。