*注:この話は、巌ナルベースのゴド→ナルです。ゴドさんの片想いが許せない方は、読まないで
下さいませ。*
たとえ、逮捕されても。
有罪が確実視されていても。
不穏な光を宿した緑の瞳や癇に障る態度は、全く変わりがなかった。
透明なアクリル板で隔てられていても、局長室に在った時と同じ飄然さでゴドーを迎える。
それが何とも業腹に感じられたゴドーは、しかしおくびにも出さず、逆に最早何もできない巌徒の立場を嘲笑った。
しかし、巌徒は憤慨する所か。
肘を付いて組み合わせた両手の上に顎を乗せ、ゴドーこそを憐れむような視線と笑みを寄越してみせた。
「ゴドーちゃん、キミもまだまだ甘いネェ。ブラックしか飲まないっていうのにさぁ」
敗者の負け惜しみと見過ごす事のできない、オーラのようなものが巌徒にはあって、ゴドーの苛立ちは焦燥へと少しずつ変化していく。
「あんなに可愛くて、いじらしくて、愉しいオモチャをボクが手放すと思うのカナ?だめだめ。ゴドーちゃんにも、ミツルギちゃんにもあげないよ?」
ガンッ!!
気が付けば、ゴドーはアクリル板へ拳を力任せに叩き付けていた。看守がぎょっとしてこちらを窺ったが、そんなものは意識に入らない。
立ち上がったゴドーの視線はゴーグルで隠されていたが、全身から溢れ出る殺気は間違えようもなく巌徒へ伝わっただろう。
「まるほどうは、モノじゃねぇ。まだ意地汚く命を繋ぎたかったら、鉄格子の中で大人しくしてるんだな。くれぐれも、まるほどうにヘンなちょっかいをかけるなよ?」
成歩堂には決して見せる事のない酷薄さで脅しともとれる言葉を突き付けると、巌徒は頭を仰け反らせて呵々と哄笑した。
「すっかりナイト気取りナンだ。格好いいね!……でも、守られてたのはキミ達の方じゃなかったっけ?」
「・・・・・」
後半、一転して凄味のきいた口調で尋ねられ、ゴドーは、ゴドー達には返す言葉がない。
彼等は、既に知ってしまったから。何故、成歩堂が巌徒の慰み者に甘んじたかを。誰の為に、数多の淫猥で屈辱的な夜を堪え忍んだのかを。
「ボクとナルホドちゃんの間には、『絆』ができちゃったんだよ。距離は関係ナイ。頭のイイゴドーちゃん達なら、すぐその事に気付くと思うんだけど」
「…そんなモノ、ありゃしねぇ。どうやらアンタは、ボケが始まったようだな?」
指先に刺さった棘のごとく。胸に巣くった嫌な予感を自覚しながらも、ゴドーは敢えて強気に否定した。否定する以外、術がなかった。
巌徒が逮捕されてから、成歩堂を説き伏せて療養も兼ねた検査入院をさせたのだが、検査結果は怖れていた程悪いものではなかった。薬の後遺症もなく、肉体的には早い期間での回復が望めると診断された。
精神面に関してはトラウマが多少なりとも残るだろうが、本人の精神力の強さが幸いしてか、フィードバックに留意すれば日常生活に支障が出る確率は少ないとの事だった。
しかし。
数ヶ月たった後で、巌徒の仕掛けた罠は発動したのである。
ゴドーのバスローブを着て、マグカップを両手で抱えてソファに座る成歩堂は、いつもより小さく見えた。
風呂上がりでツンツンの髪の毛が落ちている為か、いつもなら真っ直ぐにゴドーを見詰める眼差しが床へ向けられているからかは分からないが、覇気のなさが気に掛かってゴドーは静かに隣へ腰を下ろした。
「客室の準備ができたぜ。何か足らないものがあったら、遠慮なく言えよ?コネコちゃん」
「お手数かけてすみません。でも、コネコじゃないです」
申し訳なさそうな謝罪に付け加えられた異議がこんな時だからこそ嬉しく、ゴドーはずっと緊張状態にあった精神がようやく緩やかに弛緩していくのを感じた。
巌徒に関わりのある者が成歩堂を拉致したとの情報が入った時は、全身の血が凍るような思いだった。事前の措置と御剣との協力体制により、大事に至る前に成歩堂を救出する事ができたが。両手を縛られ、半裸状態にされた成歩堂を目の当たりにしたゴドーは、成歩堂自身の制止がなければ御剣や糸鋸達を振り切って暴漢を撲殺しかねない位に激高していた。
有無を言わさず後始末を御剣に押し付け、自宅へ成歩堂を連れ帰って風呂に押し込めてからも、薫り高い珈琲すらゴドーの昂揚を鎮める事はできなかったのだ。
未遂であっても成歩堂の衝撃は大きい筈と判断して、殆ど命令の形でゴドーの家に泊まる事を承諾させたけれど、実際、目の届く所に成歩堂を置いて安心したいのは寧ろゴドーの方。
「何なら、夜泣きしないように添い寝するかい?」
「子供でもないんですから…」
本音を軽い口調で誤魔化しながらからかえば、今度は突っ込みだけでなく苦笑が添えられてくる。
つられるように表情を和らげたゴドーだったが。
「まるほどう?!」
マグカップを握る成歩堂の指が白く色を無くしているのを見取り、顎と肩を掴んで至近距離まで引き寄せた。
「具合が悪いのなら、何で言わないんだ!」
触れた皮膚は熱く、身体は小刻みに震えている。薬を使っていない事は再三暴漢に確認したので医者には診せなかったのだが、トラウマを過小評価しすぎたのかもしれない。
きつい口調は己への叱責だったのだが、成歩堂が身を竦ませるのが視界に入り、今度は内心で己を罵る。
「大声だしちまって、すまねぇ。すぐ医者を呼ぶから、それまで我慢できるかい?」
声と顔付きを可能な限り穏やかなものにして労り、早速行動に移そうとしたゴドーの手が、熱く火照った成歩堂のそれに掴まれる。