巌徒邸の屋根裏部屋は、異空間。
天井まで積み上げられている、ガラクタかお宝か1目では判別不可能な荷物は膨大で、しかも何故か資料や目録が全然残っていないのだという。屋敷内の全てを把握するべく、統括執事の椎木が時間を見付けては調査しているものの、数年かかっても整理できたのは僅か10分の1程度のみ。
「夜は来たくないですね・・・」
灯り取りの窓から差し込む光は、様々な凹凸によって複雑な影を落とし。換気や掃除はこまめにされていても、年月を経た物が放つ独特の空気で満ち。有り得ない位置から視線を感じたり、そこここの隙間から何か出てきそうな気がヒシヒシとする。
「ウン、止めた方がいいよ」
「うわぁ」
屋根裏の存在を知った成歩堂が可能ならばと見学を希望し、巌徒が否を唱える訳もなく、椎木も含めて3人で訪れたのだが。数多くのオカルト現象と遭遇した事があっても、怖いものは怖い。いかにもな雰囲気に、成歩堂は早くも冷や汗を掻き始めた。
何しろ、巌徒は真顔だ。からかっているのでも、冗談を言っているのでもなく、穏やかに止める。ゾゾッと背筋を冷たいモノが走り、日が落ちたら絶対に近寄らないよう心に刻む。
「危険な代物は殆ど封印したのですが、全て把握している訳ではないので」
「は、ははは・・・」
お馴染みの白手袋を装着した手で慎重にアンティークのランプを持ち上げながら、さらりと告げる椎木。『封印』なんて物騒で厄介な駄目押しに、『うっかり接触』を避けるべく成歩堂はできるだけ身を縮めた。
そう。迂闊でドジっ子な成歩堂にしては、かなり慎重に行動していて。実際、粗相をしなかったのだ。
けれど・・・。
カタッ
「ん?」
何気なく見上げた一つの山―――奇天烈なパズルのごとく、箱が複雑に積み上げられていた―――の上で物音がして。目を凝らした、すぐ後に。
コンッ!
「痛っ!?」
ボフッ!!
小さな箱が成歩堂目掛けて落下し、頭へ当たったかと思うと白煙を盛大に立ち上らせた。
「ナルホドちゃん!?」
「成歩堂さま、大丈夫ですかっ」
異変に気付いた巌徒と椎木が駆け寄ってくる頃には白い霧は消え、ぶつかった箱も小さく軽かった為、成歩堂が叫んだのは痛みからというより驚きからだった。
「あ、平気です。でも猫の置物?が、壊れちゃったみたいで・・」
急いで拾い上げた、木彫りと覚しき猫の本体と尻尾。成歩堂は眉をへたらせて尻尾の付け根で2つに分かれてしまったそれを見詰めていると、巌徒がそっと手から受け取って椎木へ渡す。
「そんなモノはどうでもいいんだ。本当に、怪我はナイ?」
尖った髪を隈無く探って確かめるその手付きは酷く優しく甘く、例え壊れた骨董品がどれだけ価値のあるものとしても構わないとの気持ちが伝わってきて。罪悪感で引き攣っていた成歩堂の頬が、照れと嬉しさで赤らむ。
「成歩堂さま、ご安心ください。これは元々外れる仕組みのようです」
巌徒の言葉を後押しするように、椎木が少し弄っただけで多分原型と思われる形に直し、成歩堂の目の前へ差し出した。
「埃がかかっただけなんで、大丈夫です。ホント、壊れなくてよかった〜」
地震が起こった訳でも箱のピラミッドを触った訳でもないのにソレが落ちてきた理由は、敢えてスルー。安堵しつつ髪の毛を払った次の瞬間、『それ』は発動した。
「ハクシュッ!」
ポフン!!
「・・・ナルホドちゃん」
「成歩堂さま―――」
何やら軽くて間抜けな音が頭上で生じ、巌徒と椎木が目を見張った。唐突に成歩堂が嚔をした所為ではなさそうだ。何故なら、微妙に視線が成歩堂の顔より上へ向けられている。
「え? 何ですか? 2人揃ってそんな目で見て・・・」
無表情無感動とは違うけれど、巌徒達が驚きを表すのは珍しいといってよい。この二人を動揺させた原因を知る由もない成歩堂は何気なく手を頭へとやり―――。
「いやいやいや、何だこれ!?」
上擦った声で、叫んだ。