ふらり、よろり
「ああ・・どうすればいいんだ・・」
怜悧で、知性的で、クールな容貌を漂白された紙よりも蒼白にし。覚束ない足取りで歩き。絶望に彩られた声を絞り出す。
陽が落ち、黄昏色の帯が斜めに差し込む廊下でふらつく様は、まるで幽鬼のようだった。
「ひっ・・れ、零くん!?」
反対側から歩いてきた親友の森澄しのぶが静矢を見付け、驚きで口元を覆う。
血こそ滴っていないけれど、あの事件の際に見掛けた光景とそっくりで。だいぶ癒え始めていた恐怖が蘇ってしまう。それでも以前より精神的な強さを手に入れ、大きく成長したしのぶは深呼吸し、ゆっくり静矢へ近付いていった。
友情は永遠、だから。
「零くん、顔色が良くないけどどうしたの? 保健室に行く?」
穏やかに優しく声を掛ければ、虚ろだった双眸の焦点が段々合ってくる。
「ああ・・しのぶか。心配をかけたようだな。すまない」
彷徨っていた精神を肉体に戻すかのように頭を数度振って立ち止まり、眼鏡のブリッジを押し上げながら静矢は謝罪した。しかし表情の陰は残ったままで、しのぶは片手で静矢の腕を捕まえると、もう片方の手で携帯を操作した。
「謝らなくていいから。ちょっと場所を移動しよう?」
「大丈夫だというのに。この時間は、生徒会活動だろう」
「みんな頼りになるから、一日位私がいなくても平気なの。ほらほら、早く」
おっとりした動作と裏腹に素早く携帯を操作し、どうやらメールを複数送信したしのぶが先に立って歩き出す。しのぶと静矢とでは身長差も体格差もかなりあるのだが、明らかに主導権を握っているのはしのぶの方。静矢なりに反論してみても、所詮、真の実力者に叶う筈もない。
他に生徒がいなかったのは、静矢にとってはラッキーだった。でなければ、ずるずると引き摺られていく姿はまたしても生徒達の噂の的になっただろう。
「で、どんな悩みなの?」
「全力でーっ、話すーっ!」
しのぶが静矢を連れていったのは、知潮の所。堅い友情で結ばれた三人が集まれば、どんな困難も乗り越えられると信じているから。
だが。
今回の問題は、少々種類が違っていた。
「気付くべきじゃなかった・・」
最初は黙り込んでいた静矢も、しのぶと知潮二人掛かりで問い詰められては沈黙を保つ事は難しくて。重々しく、苦悩も露わに口を開いた。
「何度も否定したんだ。そんな訳ないって」
ぎりぎりと歯で弓道の弓を引きかねない身悶えように、親友二人は顔を見合わせ、シリアス度を上げた方がいいかもしれないと思い始めた。
静矢は女の子よりも繊細な部分があるので、いつも静矢の浮き沈みは多少差っ引いて受け止めているのだが、『また零点を取ってしまった』とか『バイト先で怒られた』とかの落ち込み方ではなかった。
「何があっても、私達は友達だよ」
「だ・か・ら・ね!」
とうとう親御さんが愛想をつかして勘当でも言い渡されたのだろうか、とシビアな想像をしつつ安心させるようにニッコリ笑い掛けた所、ようやく覚悟を決めたのか。 静矢が悲愴な雰囲気を背負って告げた。
「じ、実は・・成歩堂さんに恋してしまったんだ!」