ある愛の詩




 キューイ
 キュキュッ
 高く。澄んで。不思議な音階を綴る声。
 それは言葉を持たぬ者の、ピュアすぎる愛の詩。




「・・・ん?」
 朝食代わりのブラックコーヒーを片手にモニターをチェックしていた学が、表示されたデータを二度見した。
 ちょうど同じ頃。
「・・・あれ?」
 シャチ用プールでエルとエールの様子を見ていた翔子が、首を捻った。
 明らかに、エールがいつもとは違う行動をとっている。落ち着かないというか、ソワソワしているというか、期待に満ち溢れているというか。
「! そっか、分かったよ!」
 翔子はしばらく動向を観察していたが、やがて何かに思い当たったのか高く手を打ち鳴らし。任せろ、とばかりエールへ向かって親指を上向きに突き出してみせた。
 キュキュッ!
 水面から大きく上半身を浮かび上がらせて鰭をヒラヒラさせるエールの姿は、翔子には『よろしく』と言っているようにしか見えず。翔子のテンションは一層上がったのだった。




「さー、どこから回ろうかなぁ。みぬきちゃん、リクエストはある?」
「うーん、アリゲーターパークも捨てがたいですし、ベイビールームも外せないし・・」
「ず、随分極端なチョイスだね。」
「ワニの口は、みぬきのマジックパンツに通じるものがありますから!」
 ほのぼのとは幾分路線を外している心音とみぬきの会話にも、付き添いの成歩堂はほのぼのとした笑顔を向けていた。
 元々、今日はバンドーランドへ行く予定だったのだが、機械の故障とかで臨時休園になってしまい。代わりに行きたい所はあるかと尋ねたら、二人は打ち合わせもしていないのに『そうだ、水族館に行こう!』と声を揃えたのである。
 本物の姉妹以上に仲良くなりつつある二人に、これ以上パワーアップされたらちょっと困る・・と成歩堂は思わず遠い目をしたものの、家族サービスする事には異議などなく。一つ返事で行き先を変更した。
「楽しんでおいで。何かあったら、携帯に連絡するんだよ」
 フリーパスを渡しながら、携帯を振る成歩堂。ちなみに、もうガムテープがぐるぐる巻かれたやつではない。とある人から、最新型のを殆どタダ同然で譲ってもらったのだ。
「えー、パパは一緒に来ないの?」
 ちら、と携帯のみにやや棘のある視線を送ったみぬきは、すぐお強請りモードに切り替えてカーディガンの袖を握り、成歩堂を見上げた。
 チノパンにワンポイントプリントのTシャツ、淡い桜色のカーディガンというコーディネイトはみぬきによるもの。成歩堂の童顔を一層引き立て、けれど可愛くなりすぎないようにするのが、なかなか難しい。
 カモメ眉をへにょりと下げ、困ったように笑う成歩堂はとても三十路を越しているとは見えず、外見にも増して中身が愛くるしい為、目の届く所にいて欲しいのだ。
 血縁関係はないとはいえ、愛情深く長年養育してくれた実質的な父親に抱く思いではないけれど、みぬきは全く意に介さない。成歩堂と関わった女性陣の多くがピンポイントで母性本能を刺激されるのは、よくある事。
 成歩堂が守ろうとして、逆に守られていて、その守ろうとしている心ごと守っている―――そんな奇妙で心温まる相関図が、成歩堂と女性陣の間では存在する。『成歩堂を色んなものから保護する会』なんてものも、作られた。
 その代表であるみぬきは特に心配性だが、強ち杞憂でもなかったりする。