葵ナル

宇宙の彼方から:1




*ありえない設定になっております。笑って許せる方だけご覧下さい*



 確かに、葵大地は一度死んだのだ。厳密に言えば、心電図がフラットになった。
 けれど、ERの医師が時刻を読んで宣告しようとしたまさにその瞬間。モニターに異変が起こり。急いで蘇生措置をとった結果、鼓動は弱いながらも復活した。
 けれど意識は長い間戻らず、それが第一の原因。
 第二の原因は、同日ERには暴力団の抗争で、銃創や刀傷を負った患者が多数運ばれてきた事。
 そして第三の原因は些細なミスで葵と他人のカルテが入れ替わり。偶然にも年格好が似ていた為、入れ替わりに誰も気が付かなかったのである。
 マル暴の監視下に入った葵は意識のないまま警察病院へ移送され、取り違えられた赤の他人は葵として扱われた。身寄りがなく、親しく付き合っていた人々は容疑者にされていたり辛すぎて最後の対面がどうしてもできなかったりで、誰も確認しなかったのも一因と言えよう。
 兎に角、やっとミスが露呈した時、その情報は秘密裡に上層部へと齎され。葵が覚醒する確率が零に近い事もあって、超法規的措置が取られる事になった。
 犯人を目撃したかもしれないし。
 もし、その正体が『亡霊』だったとしたら―――上層部の極一部は、真犯人が亡霊ではないかと秘かに疑っていたのだ―――葵の安全を確保する為にも存在を隠すべきだとの意見によって。
 関係者へもう一つの真実が知らされたのは、亡霊が捕まった裁判の後。
 葵が奇跡的に目覚めたのは、更に一ヶ月が立った頃。
 重要な臓器を損傷していた為、面会謝絶はなかなか解かれず。一般病棟へ移ってからは厳しいリハビリが組まれた事もあって、センターのメンバーで話し合い、面会は星成と大河原だけにし。残りは、お見舞い品や手紙を二人に託すだけで我慢したらしい。
 間接的に葵と知り合った成歩堂なんでも事務所も、その例に倣い。王泥喜に花だの食べ物だの本だのを持たせては、病院へ送り出した。
 退院して落ち着いた葵が。先輩を無罪にしてくれ、真犯人も見つけてくれ、それから親友の王泥喜がお世話になっている事務所へ挨拶しに行きたいと思うのは自然の流れで。よく晴れたとある日、葵は王泥喜に連れられてやってきた。
「成歩堂さん。心音ちゃん。みぬきちゃん。コイツが葵です。・・やっと、紹介できます」
 嬉しさと誇らしさと数多の感情を綯い交ぜにして、王泥喜が葵を押し出した。
「初めまして、葵大地です。今回は、本当にお世話になりました」
 ビシッ、と。角度も姿勢もお手本のような最敬礼をし、葵は数秒間そのままでいた。
「お礼なんて、必要ないよ。君に会えて、みんな嬉しく思ってる。元気になってよかったね」
 成歩堂が一歩前に進み出て、そっと葵の顔を上げさせる。事務所を代表して葵を歓迎し、快復を言祝ぎ。ずっと王泥喜の支えになっていた青年と会えた喜びを伝える。
 柔らかい促しに、葵がゆっくり上半身を擡げた。若々しく、溌剌としていて、けれど真っ直ぐに通った芯のような強さが伺える面差し。
 星の煌めきを宿した双眸が、成歩堂を映し―――。
「っ!」
 鋭く息を飲む音が、事務所中に響き渡った。