「すみません。学さんは甘いものが好きじゃないと勝手に思って用意しませんでした」
ようやく状況を正しく把握した成歩堂は、率直に謝った。
学が、成歩堂以上の物臭でも。
お約束なイベントを悉くスルーしていても。
甘いものが嫌いでも。
一言、聞けばよかったのだ。それが恋人として有るべき姿だと、今なら分かる。
「・・・そこで、謝っちまうのか。にいちゃんらしいがな」
殊勝な態度で対峙してきた成歩堂に、学は少し押し黙った後、ポリポリと頭を掻いた。いつの間にか不機嫌さは薄まり、代わりに呆れたような面白がっているような感じ入っているような不可思議な色を浮かべていた。
第三者の成歩堂からすれば、優しいとすら思える表情で。ドキリと鼓動が一つ跳ね上がる。
「が、学さん!?」
学の身体がゆらりと動き。硬直している成歩堂へ覆い被さる形で倒れ込んだ。
「来年は、甘くないヤツを宜しくな」
見合うのが難しい位の至近距離で、ぶっきらぼうに告げられた言葉は。騒動の終止符であり―――『この先』を匂わすもの。
思わせぶりな目線や仕草や、逆に即物的な行為で二人の関係を繋げてきた学にはかなり珍しい事で。成歩堂はただただ、ぽかんと学を見上げていた。そんな反応に学が小さく笑い、いつもの狡猾で意地悪い調子へと戻る。
「その前に、今回の精算をしてもらおうか」
「へ? ええ!?」
チャラにはするが条件付きだ、と。まさに上から目線で言い放った学から、何故か用意してあったチョコレートをたっぷり使って『ツケ』を払わされた成歩堂は。
絶対に、来年以降のバレンタインで同じミスをしないだろう。
おまけ:その頃のエール
「キュゥー、キュ」
「どうしたんだ、エール? 何か元気ないねえ。またリューイチの事でも考えてるのかい?」
「キュキュッ!」
「図星か。まったく、エールは本当にリューイチが好きだなぁ。また来るように言っといてあげるから、湿気るんじゃないよ!」
「キューッ!!」
幾ら、エールが賢いとはいえ。バレンタインなんて人間の行事を知っている筈もなく。
今日は、『シャチとキスしよう』イベントの回数がいつもより多かったとか。お客さんが小さな袋を翔子達に渡していたとか。魚のすり身などで作った餌団子が、いつもと違う形(ハート)をしていたのには気付いていたものの。
最後まで、その訳を理解する事はなかった。
ただ、やたらと成歩堂に会いたくなって。
澄んだ音で、成歩堂を呼ぶ唄を紡ぎ続けていた。