「にいちゃん、一体どういう了見だ?」
「はい?」
普段も決して愛想がいいとは言えない学が、不機嫌さを露わにし。まるで成歩堂に非があるとばかりの口調で、問い質す。
学は、大抵顰めっ面をしていて奥底にある心情を出さないけれど、慣れれば―――おそらくは、一度懐に入ったら―――結構分かりやすい。どうやら、かなりご立腹のようだ。ピン、と成歩堂の背筋が伸びる。
気難しい性格でも、理不尽な怒り方は余りしない。何かミスったかと慌てて記憶を探ってみるが全く思い当たらず、困惑に眉尻を下げた。
「暢気にハテナマーク飛ばしやがって・・」
仕事中はそれなりにポーカーフェイスができても、それ以外は素直に感情が顔に出てしまうから、成歩堂が現状を把握していない事は学にバレバレだった。これ見よがしな溜息と共に、剣呑な空気が一層濃くなる。
「・・・すみません。僕、何かやっちゃいましたか?」
荒船水族館で合流して。外で食事をし。学の住まいであるワンルームマンションに着いてそれぞれ風呂に入った後、焼酎を飲みながらまったりした時間を過ごし。そろそろ寝るか、という流れになるまでは普段通りで。
お先に、と成歩堂がベッドへ潜り込んだ途端、学が暗雲を背負って冒頭の台詞を呪詛のごとく吐き出したのである。
鈍いだの機微に疎いだの言われる成歩堂ではあるが、今回ばかりは学の振る舞いから何かを察知しろというのは無茶振りだろう。成歩堂としてはそうツッコミたいけれど、とてもツッコめる雰囲気ではなかった。
「やらなかったのが、問題なんだよ」
ドサリとベッドへ腰を下ろし、少々ドスのきいた声で学は言い放った。
「今日は何の日か、にいちゃんだって知ってる筈だろ」
「!?」
学の言葉は、完全に予想外で。成歩堂は思わず呼吸も瞬きも忘れて学を凝視してしまった。
今日は、2月14日。
明白なやり取りこそなかったものの、紆余曲折を経て学とは一応付き合っている状態で。となれば、今日の日付はバレンタインへ結び付けるのが自然か。
けれど、成歩堂はチョコを用意していなかった。何故なら、学は甘いものを殆ど食べないのだ。食べられない訳ではないが、煎餅とチョコが並んでいたら100%煎餅を選択する。以前にも、翔子からお裾分けだと渡されたチョコをそのまま成歩堂へ横流しにした事があった。
だから、好きでもないものをあげるのもなぁ・・と考え、代わりに学が気に入っている銘柄の焼酎を手土産にしただけでイベントを終了させたのだ。
―――決して、男同士でチョコの受け渡しはどうなのかと躊躇ったり。女性に混じってチョコを買うのが恥ずかしかったのではない。と、心の中で冷や汗を浮かべながら誰にともなく言い訳する成歩堂。
それはさておき。学はイベント事などには興味がないから、これまでは誕生日プレゼントを贈ったのみ。それに対して学から不満はでなかったのだが・・・学の言動から判断すると、今回は読み違えたらしい。