ハロウィンには、異世界への扉が開く。
ハロウィンの前後に流れる、そんな噂。成歩堂は、都市伝説の一つだと思っていた。柳の下に幽霊、と同じくそれらしい雰囲気が漂うからだと。
今年のハロウィンまでは。
「いやいやいや、夢でも見てるのかな!?」
中断していた時もあったけれど、弁護士になってもう十年近く。何故かオカルトチックな事件が多かった所為で、不可思議な現象には慣れている。その成歩堂をしても、目の前の光景は俄に信じられず。つい、頬を抓ってしまった。
「龍一。こうして其方を抱き締められるとは、何たる僥倖か」
176センチの成歩堂より、軽く頭一つ分は高い男の髪の毛は、非常に独特の色彩を持っていた。ベースは、枯茶。そこへ斑というか、斑紋というか、涅色と黒鳶と璃寛茶のメッシュが所々入っている。
輪郭は細面で、双眸は切れ長。鼻筋はすっと通っていて、贅肉など一欠片もついていなさそうな引き絞られた痩躯と相俟ってシャープな印象が強い。
『彼』が忽然と現れた時、成歩堂は夕神の親戚かと思ったのは抜き身の刀を想起させる雰囲気が似ているからでもあり、着ていた衣装も模様が髪の毛とそっくりなのを除けば夕神が愛用している陣羽織に見えたのだ。
だが。親戚説は数秒も経たない内に、霧散する。
何故なら、彼は成歩堂と視線があった瞬間、全身で喜色を示して飛び掛かるようにして勢いよく成歩堂をハグし。綺麗な稜線の鼻筋を、成歩堂の頬へ何度も擦り付け。最後に、耳朶をカプリと甘噛みしてきた。
初対面の知らない男からセクハラ紛いの接触をされて、驚いたが。衝撃以上に、デジャヴの方が強かった。その一連の動作は、夕神が飼う鷹・ギンが成歩堂へしょっちゅう仕掛けてくるものと瓜二つで。
「ええ? まさか・・」
荒唐無稽にも程があるものの、一端、頭に浮かんだ思いを払拭する事はできず。慌てて距離を取って顔を確かめてみれば―――両方の瞳が、明らかに人間のそれとは異なっていた。
直向きに熱く成歩堂を見詰める双眸は、やはりギンを彷彿とさせる白目と呼ばれる部分が全くない構造。しかも、どこか見覚えがあるんだけど・・と引っ掛かっていた頭髪と陣羽織の柄は、ギンの羽根と酷似しており。
もしかして。
いや、有り得ない。
でも、証拠が成歩堂の想像を裏付けている。
だがしかし。
ぐるぐる、否定と肯定が代わる代わる思考の中を駆け巡り。斯くして、成歩堂は冒頭の台詞を叫んだのであった。
「言葉遣いにもツッコみたいけど・・それより、ギン、だったりする?」
ピィーッ、とかクワッ、とか。聞いた事のある鳴き声と不思議な広がりのあるテノールとはイコールで結べなかったが、幾ら非現実的であろうと最早ギンとしか思えなくて確認してみると。