南瓜酒精




 どちらかといえば焼酎派でも、専らサワーばかり呑む成歩堂の知識は芋・米・麦などのポピュラーなもの止まり。学に教えられて蕎麦や黒糖や胡麻、ウイスキー樽仕込みの焼酎を実体験したから、勿論南瓜焼酎なんて存在すると知らなかった。
「どれ・・・お、少し甘いな。でも、いけるぜ」
 焼酎なら、好き嫌いはないと言っていたものの。早速、空のマグカップに少量を注いで味見した学が高評価してくれたので、ほっとする。
「ありがとな、にいちゃん。お礼に、色々調査してやろうか?」
「いやいやいや、遠慮しますっ」
 しかし学がニヤリと笑って口にした言葉に、成歩堂の表情筋は忽ち強張った。矢鱈とエールから懐かれた成歩堂に研究者魂が刺激されたのか、学は事ある毎に調べたがる。
 もし本当にお返しをくれるつもりなら、成歩堂としては是非、調査の中止をお願いしたい。だが要望をストレートに言った所で、妙な屁理屈と豊富な蘊蓄と傍若無人さを盾に流されるのは分かりきっている。
 だから、今回は流される前に流してみる事にした。
「それより、お約束なんで一応言っておきますね。―――Trick or Treat?」
「ああ?」
 さしもの学も虚を突かれたようで、ちょっと目を見張った。
 呑んでいる焼酎によっては、甘いものも食べる学だが。生物準備室へ置いてある甘味といったら、携帯補助食品位くらい。おそらく、悪戯と引き替えにできるお菓子はないだろう。
 別段、それでよかった。成歩堂の目的は『調査』から話題を逸らしたかっただけなので。
 だが学は、成歩堂より狡猾・上手だった。徐に、焼酎の瓶を机へ置き。のっそり歩いて成歩堂の前に立つと、作り付けの棚へと片腕を伸ばした。後ろは壁なので、軽く閉じ込められた形となる。
「なぁ、にいちゃんよ」
 顔を近付け、学が内緒話でもするかのごとく囁く。
「菓子はないから、悪戯、してくんな」
「!?」
 節高い、少し荒れた指先が蟀谷から頬を通って口角へと輪郭を辿っていき。最後に、上唇と下唇を擽った。
「〜〜〜っっ」
 『悪戯してるのは、どっちですか!?』と成歩堂はツッコミたかったけれど。全身が総毛立ち。顔は熟した林檎の色に染まり。口はパクパクと開閉を繰り返すばかりで、まともな言葉にはならなかった。
「何だ、自分で言っておきながら不発か。にいちゃんらしいぜ」
 ニヤニヤと如何にも愉しげに揶揄され、赤みは引かないものの成歩堂の唇がムッと引き結ばれた。ツッコミの鬼と呼ばれる成歩堂は、どちらかと言えば挑発に乗せられやすいタイプだ。―――そして大抵、自爆する。
「分かりました。じゃあ、遠慮なく」
 今回もまた、勢い込んで伸ばした両手は学へ届く前にガッシリ捕らえられてしまう。狙いはバレバレだったらしい。
 苦もなく成歩堂の行動を制した学が、捕獲したまま胡乱げに尋ねる。