南瓜酒精




 Trick or Treat?
 甘いお菓子もいいけれど。魂を奪われるような悪戯は、どう?




 荒船水族館は、悲劇的ともいえる事件に巻き込まれたものの。翔子や育也達が中心となり、船長が不在のままでも全船員が力を合わせて盛り立て、アイデアと愛と溢れる熱意で段々と賑わいを取り戻していった。
 そんな中、ハロウィンウィークと題して、船員を始め館内のディスプレイや動物達までそれらしく扮装したイベントは大当たりし、連日大勢のお客が詰めかけた。
 特に1番の目玉である2頭のシャチが出演する海賊ショー(しかもハロウィンver)は、公演前に整理券を配布する程の盛況振り。整理券を求めて長蛇の列ができ、成歩堂も親子連れに混じって並んでいる。
 というのも、今日はみぬきと心音と王泥喜と成歩堂の4人で荒船水族館へ遊びに来ており。あれもこれも見たいけどやっぱりエル達のショーは外せない!と叫んでいたので、整理券を入手すべく一肌脱ぐ事にした。
 最低30分待ちで。しかも整理券は1回につき3枚までと制限されていて、『3人で見ておいで』と議論が始まる前に成歩堂が辞退した為、成歩堂一人が犠牲になる事への異議はかなり凄まじかったけれど。
 『この間、皆で手伝ってくれたお礼。それに、偶には格好付けさせてよ』とニッコリ笑って、反論を封じた。今日は家族&弟子サービスに徹しようと決めていた成歩堂を論破できなかった3人が、後ろ髪を引かれつつも館内へ入っていき。
 成歩堂は待ち時間を、のんびり物思いに耽ったりチェックが途中だった書類を読んだりしてなかなか有意義に過ごした。弁護士に復帰してからは家でも職場でも人に囲まれているので、こんな余白は貴重ですらある。
 『格好付けておいて、自分も楽しんでちゃ形無しだな・・』などと内心反省しながら、整理券を無事ゲットし。ショーを見に行くみぬき達と別れた成歩堂が、ふらりと向かったのは―――生物実験室だった。




「こんにちはー。学さん、いますか?」
 入り口こそ、ハロウィンディスプレイで飾り立てられていたものの。生物実験室へ一歩入れば、そこは普段と全く変わらず雑然としていた。
 ハイテンションな翔子達がハロウィン色に染めようとするのを部屋の主が盛大に顔を顰めながら死守した姿が容易に頭に浮かんできて、笑みが零れる。どうやら、イメージ通りお祭りには興味がないらしい。
「ん? ああ、にいちゃんか。相変わらず暇そうだな」
 機器の間から、学は以前よりボリュームが落ち着いた髪の毛をボリボリ掻きながら気怠そうに姿を現した。
「あっはっはっ。ここに来られる程度には、仕事してますよ」
 皮肉というか、揶揄というか、わざわざ波風を立てる物言いも、もうすっかり慣れた。学が、敢えてこんな態度をしているのだと気付いたのは、結構早い内だったと思う。
 一種の、実験だ。
 言葉が試薬で、相手がどんな反応を示すかを静観し、見極めている。だらしのない格好も、研究者らしい気難しさも頑固さも、全てが触媒。如何にもな専門家の内側には、どれ程冷静な観察者が潜んでいるのだろうか。
 職業柄、沢山の個性的な人々と出会ってきたが、学はまた珍しいタイプで。会う度、新しい面を発見するのが楽しかった。学もまた、どういう理由からかは分からないけれど成歩堂への警戒を早々に解いてくれ、水族館以外でも時々会う仲になった。
 何度か呑みにも行き、そこで学が無類の焼酎派だと知り。ハロウィンコーナーに並んでいた『それ』が目に入った瞬間、学の顔が浮かんだので思わず購入してしまったのである。
「あ、これ。偶然見付けたんですけど、呑んだ事ありますか?」
 成歩堂が差し出した包みを見るや否や、学の眉がうんざりしたように寄ったのは。包み紙が派手なハロウィン柄だった所為で、ハロウィン関連でかなり辟易したに違いない。
「ん?」
 だが成歩堂の言葉と形状から中身が分かり、ぱっと表情を変えて受け取り。ガサガサと一見乱暴そうな手付きでハロウィン柄の包み紙を剥き、しかし破く事なく瓶を取り出す。
「ハロウィンなんて馬鹿騒ぎは姦しいだけだと思ってたが・・侮れんな。こんなの、あったのか」
 ラベルを読んだ学は低く唸った。どうやら、焼酎フリークの学でも南瓜焼酎なるものは初対面のようだ。
「焼酎って、種類が豊富なんですね。僕もビックリしました」