日  程 2001年8月18日〜19日
地  域 唐沢幕岩 S字ルート
メンバー 梁瀬(記録)・岡村(京都雪陵クラブ)

雨の日のパンプにて。
梁瀬「また今度本ちゃんいこう。」
オカムラ「そうですねー。S字なんかどうですか。」
梁瀬「おー、いいねえ。」
とは言ったものの、オカムラにゃパートナーが結構いるので、なかなか一緒に行く機会もあるまい、まあ、話半分だなと思っていた。ところが、いきなり計画書案が送られてきて、うろたえた。げっ!、マジだったんかよ。S字(唐沢幕岩S字状ルート)って、結構ヤバイんじゃなかったっけ。なになに、「日本の岩場」によると5級下!、「クラシックルート集」によると技術度、危険度共に三つ星!!、全体通して残置支点少ない、とある。こりゃ、エライこっちゃ、どうしよう。はっきり言って完登は難しそうだ。一旦、返事を保留したものの、折角、具体的なプランまで練って誘ってくれてるんだし、だいたい、当てにしてなかったとはいえ、言い出しっぺは自分じゃん、というわけで、まあ、やれるだけやってみよう、とOKした。

 そして、7月19日深夜、我々は出発した。当初は、20日にいきなり取り付いて、上、もしくは途中でビバークも考えたが,20日早朝に七倉に到着するや否や、あっさり沈没。10時位まで寝てしまった。そういや、去年の北岳バットレスでも同じだったな。大阪勤務者に強行登山は難しい!?(まあ、気合が足りんのも確かだが)。

 21日アタックとなったので、急ぐ行程でもなし、のんびり鳥の囀りを聞きつつ唐沢をアプローチする。昼過ぎに幕岩到着。大町の宿は先客がいそうだし、広島の宿は遠いし、ってことで、一番取り付きに近い神奈川の宿に泊まることにした。数年前の夏、MA軍曹と大凹角登ったときは大町の宿、今年の冬、同じく大凹角登ろうとして敗退したときは広島の宿、そして今回は神奈川の宿、ついに唐幕三大岩小舎?を征した。この偉業!?は、オカムラの相棒、中川さんも狙っていたそうなので、きっと悔しがるに違いない。
 宿を構えてしまえば、あとはやることなし。しばらく、ぼーっとしていたが、ふと気まぐれを起こして、S字ダイレクトを明峰との合流点まで2ピッチ登ってみることにした。本来夏のS字は、このダイレクトから取り付くのだが、昨年取り付きの部分が崩壊し、現在は明峰ルートから取り付くのが一般的らしい。しかし、壊れたのはほんの少しの様なので、登れそうに見えたのだ。
 んが、登れんかった。ペツルがありゃいけたんだが。しかし、すぐ悪ノリする俺様、今度は明峰をチョット登ってトラバースを試みる。頭上に続く明峰の見事なボルトラダーを睨みつつ、トラバース成功、ダイレクトに入り込んだ。が、その後もかなり悪い。止めときゃよかったとぼやきながら、ビレー点着。フォロー時、オカムラがトラバース部分で岩をぶっ壊してフォール。轟音が鳴り響いた。
 もう1ピッチ登るつもりだったが、いい時間になってしまったし、なにより、もうイヤになったので降りることにした。そして、通常通り?、翌日は明峰から取り付くことを固く誓ったのだった。

 アタック当日、3時起床の予定が思いっきり寝坊して4時になる。あわてて、準備を済ませ、なんとか5時登攀開始に間に合った。既に1パーティ先行しているが、もう2P目に取り掛かっているので問題なし。まあ心配せんでも、俺達にあおられるくらい遅い奴なんていないだろう。さあ、攻撃開始。

 1P目(梁瀬) 概ね快適な?ボルトラダー。

 2P目(オカムラ) 同上。後続出現。結構速そうだ。あおられるかなー。

 3P目(梁瀬) 昨年のオカムラ撤退地点らしい。ホウ、これがカニのハサミ!?、と納得?しつつ、岩からブッシュに突入。特に難しくはないが、この手の登攀にはある程度経験がないと、突っ込みづらいのかもしれない。
 オカムラのフォロー中、俺の肛門ダムが決壊の危機を迎える。最初から少し腹の調子がおかしかったのだが、取り付き病だろう、そのうち治まる、と思って登っていたのだが、あまかった。ヤバイ!、決壊する!。降りるか?、いや、そんな暇はない。これはもう開門するしかない。オカムラが到着するや否や「紙ない?」「いや、ありますよ」「マジ!?、ラッキー」葉っぱ使用も覚悟していたので超嬉しい、が、それどころではない。ビレーしてもらい、キジ場求めて猛然と左上のブッシュに突っ込む。決して安全ではないが、手首程度の潅木は沢山生えていたので、適当なところでハーネス外し、潅木に掴まって開門。プ○プ○。ヒンカラララララララ・・・・・、ブッシュのなかにコマドリの囀りが響き渡り、しばし、至福の時を味わう。が、いつまでも浸っていられないので、ハーネスつけ直してクライムダウン。
 まだ、後続はきてない。はまっているようだ。結局、このパーティにあおられることはなかった。

 4P目(梁瀬) 「次どうする?」と聞いたら、「もう、梁瀬さん行って下さい」とのことだったので、ありがたく!?行かせてもらう。少しルートをはずしたが、強引に軌道修正してブッシュからスラブにとび出すと、先行バーティがS字右トラバース部分の真中辺りにいた。

 5P目(梁瀬) トラバース地点はもっと上じゃねーの?、とオカムラに少し上に登ってもらってウロウロしたが、それらしいラインは見出せず、結局、先行を追ってトラバース。雲峰のボルトラダーと交差する所でピッチを切る。

 6P目(梁瀬) トポによるとさらに右にトラバるようだが、それらしいラインを見出せない。先行は少し右上後、ブッシュに突っ込んでいったが、俺もそれが自然に見えたので、同じラインを行く。出だしから強烈ランナウト。オカムラから「無理しないで下さいよ」と不安げな声が飛んでくる。そろそろヤバイという頃、ボルトやら潅木やらが出てきて助けられ、ビレー点らしきところへ。どうも、雲峰ルート右側のブッシュ帯を直上して、S字の右ヘアピンを少しショートカットしているようだ。

 7P目(梁瀬) 少しブッシュを登ったら、傾斜がおちて正規ルートに合流。左上に素晴らしいスラブが展開している。なのに、何故か先行の声が右上から聞こえる。
ん?、あいつら何処登ってんだ?。S字目的じゃなかったのかな。なんか畠山の方に行ってるぞ。

 8P目(梁瀬) 現在地点に自信があったので、先行はほっといて、スラブを左上。

 9P目(梁瀬) ここもスラブを左上し、大岩テラスへ。

 10P目(梁瀬) またまた、スラブを左上。ビレー点をとばしてさらに直上してしまい、潅木でビレー。先程の先行が間違いに気付き、戻ってきた。あっという間に追いつかれる。はえー。

 11P目(梁瀬) スラブをほぼ直上してバンドへ。

 12P目(梁瀬) さらに直上するオリジナルと別れてスラブを右上。相変わらずランナウト著しいが、ここのピッチは更にひどい(それもその筈、オカムラによると、ピンを2本もとばしていたらしい)。
 ハング下のビレー点を探すがどこにもない。右上のバンドにビレー点らしきものがみえたので、なんか明峰くさいと思いつつも、とりあえず這い上がる。オカムラを迎え、ルート図を確認すると、やっぱり明峰へ入り込んでる。どうする?、降りるか!?。しかし右上してきたので懸垂は難しい。クライムダウン?、結構ヤバいフリーをこなしてバンドに這い上がったので、最初はともかく、最後に降りるのはヤバそうだ。しかも、後続(最初は先行だったんだけど)がもう登ってきているので、下手なことはできない。オカムラは「このまま、明峰を登りましょう」という。やむを得まい。核心をエスケープすることになり悔しいが、同意した。まあ、S字の醍醐味はここまでのスラブだし、だいたい誘われたから来ただけで、どうしても登りたかったルートでもないし、と未練たらたら自分を慰める。
 後続は正規を登っていったが、彼らもビレー点を見つけられず、結局ハング下の灌木でビレーしていた。

 13P目(オカムラ) 明峰の快適なボルトラダーを辿ってブッシュに入り、ほぼ終了。

 14P目(梁瀬) ブッシースラブを登り、緩傾斜帯に突入し、完全終了。

 スタートから8時間半経過。標準所要時間が6〜8時間なので、俺達にしちゃ出来過ぎだ。ウン○ングタイムも含まれてるしね。
 一休みした後、緩傾斜帯をトラバースして右稜を懸垂。右稜の頭を求めてあっちウロウロ、こっちウロウロしてしまったが、日暮れ前には、宿に戻ってくることができた。

 22日、鳥の囀りを聴きつつ、のんびり下山。一風呂浴びたのち、大町にソースカツ丼発祥の店があると、オカムラが熱弁をふるうので行ってみる。結構混んでたが、なんとか食することができた。なかなか旨かったけど、俺って、店のラーメンよりもカップヌードルの方が旨いって言うくらいの人間だから、別に何でもいいんだよね。
それにしてもオカムラのやつ、最近、山帰りに旨い店を色々チェックしてるんだそうだ。ふ〜ん、意外な一面。

 こうして、我々のS字行は終わった。最初はあまり気合いが入ってなかったんだが、登りはじめたら燃えてきたし、とりあえず上まで行けたのでヨカッタ、ヨカッタ。遂に唐幕(の岩小舎)を征することもできたし。ただ、最後にミスったのは、ひじょーに悔やまれる。とはいえ、取り付きも明峰だったし、ヘアピンもショートカットしてんだよね(チョットだけどね)。こんなんで、S字登ったと言えるのかどうか、ひじょーに、びみょーだ。機会あれば、また登ってもいいなー。でも、んーこ漏らさなくてヨカッタ、ヨカッタ。

<<Home <<List