『ネギま』と俺   (19)さらば麻帆良学園

 

 

 

 夜空に描かれた魔法陣が消滅するのを、俺は見た。

 おそらく、あの中心で超が未来世界へ帰っていったのだろう。

 離れているせいか、『ネギま』で見たよりも魔法陣が小さく思えた。

「さて、そろそろよろしいですか?」

 クウネルに促されて俺が頷く。

 戦いは学園側が勝利し、俺が望んだ通り、全体の流れはほぼ元通りになったと思う。

 ネギパーティが勢揃いしていた超の見送りとは違い、俺の方は非常に寂しいものだった。

 術者であるクウネルと、対象者である俺の、二人しかいない。俺の本当の正体を知っている人間など、ほとんどいないし、これは贅沢というものだろう。

 ……と思っていたのだが。

「申し訳ありません。遅くなりました」

「間に合ったようじゃのう」

 刹那と学園長がこの場に姿を見せる。

「わざわざ来てくれたんですか?」

「これが今生の別れじゃからな。見送ってやらねば失礼というものじゃろう?」

「私も高見さんにはお世話になりましたから」

 そう話す二人の後ろに、もう一人少女がいた。

 幼いながらも整った容姿と、ウェーブがかった長い金髪。

 不機嫌そうな少女が、ずかずかとこちらに歩み寄る。

「エヴァンジェリン……か?」

 俺の問いかけに、彼女は鉄拳で答えた。

 ドスっ!

 エヴァンジェリンの拳が俺の腹にめり込んだ。

「へぶっ!」

 腹を押さえた俺が悶絶する。

「エ、エヴァンジェリンさん!?」

 刹那が驚いて身体を割り込ませる。

 麻帆良学園に来てから、平穏無事に過ごしてきたはずの俺が、初めて、そして最後に受けた攻撃がこれだった。

「じじぃから聞いたぞ。停電の夜や悪魔が侵入した時に、邪魔が入った原因は貴様らしいな」

 仁王立ちしながら俺を見下ろしている。

「こんな雑魚に踊らされていたとは……」

 腹立たしげに漏らすが、彼女が手加減していたのは間違いない。

 腹を押さえながらも、俺はなんとか身を起こした。

「お、俺はちょっと助言しただけだよ。俺が関わらなくても結果はほとんど変わらなかったはずだし」

 まさか、こんな形で会う事になるとは思いもよらなかった。

「こうしてエヴァンジェリンと話せて光栄だよ。俺はネギの教え子とはあまり話せなかったからな」

『ネギま』におけるエヴァンジェリンの存在感は抜きんでている。文句なしに主要キャラだ。

「私とも話しているはずネ」

 新しく会話に加わった少女の声。

『超鈴音っ!?』

 全員が驚きの声を上げていた。

 姿を見せたのは、ついさっき未来へ帰ったはずの超鈴音だった。

「……どういう事じゃな?」

 代表して尋ねたのは学園長だ。右目の眉を持ち上げて、鋭い視線を超に向ける。

「簡単な話ネ。そもそも、この二日間に超鈴音は二人いた」

 超の説明を要約すると、次のようになる。

 学祭直前に捕まった超を超Aとしよう。

 牢屋にいた超Aを助け出したのは、もうひとりの超Bだったらしい。超Bはネギの侵入で本部が混乱している隙をついたのだ。

 本来なら超Aに協力するはずの超Bは、『高見匠が重要な情報を握っている』とだけ告げて、その後は何一つ協力しなかったという。

 超Aは計画が失敗に終わった後、ネギ達との別れを経て、2日前へさかのぼり、虜囚となっている過去の自分を救出した。

 つまり、現在も目の前にいる超Bとは、失敗した経験を持っている二度目の超だったのだ。

 参考までに触れておくと、最終日に高音が見つけたのは、見物を決め込んでいた超Bの方らしい。

「戦う機会すら奪われて、何もできずに終わるのは、さすがに受け入れ難いからネ。『ネギま』で一週間先へ飛ばされたネギ坊主の無念が良く分かた」

 腕組みしつつ、超はその時の心情を振り返る。

「これから、どうするつもりじゃな? もう一度、やり直すつもりかの?」

 飄々と尋ねるが、その問いには重要な意味がある。もしそうなら、超との決着がまだついていないということになるからだ。

「それはないネ。計画が失敗したことで気持ちの整理はついたヨ」

「それは、本心かな?」

「タイムマシンを持っているのだから、私は目的を果たすまで何度でもやり直す事が可能ネ。それをしないという事実がその証明となるはず。学園長も『ネギま』の結末を知っているはずネ」

 もちろん、俺から話してある。

『ネギま』における超は自分の敗北を受け入れ、ネギの引き留めすら拒んで、自分の生まれた未来へと帰って行ったのだ。

「未来の自分が手を貸さないという時点で、嫌な予感はしてたヨ。だけど、挑戦せずに諦らめるのは無理だったネ」

 つまり、俺と会話した時点で彼女は全てを察していたことになる。明確に告げなかったが、すべてを覚悟したうえで俺に語ってくれたのだ。

「わざわざ、ここへ来たのはなぜだ、超鈴音?」

 エヴァンジェリンが気になったのはそちらのようだ。

「高見サンの見送りネ。別れを惜しんでくれる人間は、多い方が嬉しいものヨ」

 超の視線が、先ほど別れを演じていた一画へ向けられる。自ら選んだ別れであっても、ネギ達との別れは寂しいものなのだろう。

 そんな超の気づかいが嬉しかった。

 俺は恵まれていると思う。

 こんなにも主要キャラと関わることができて……。いや、こんな表現自体が失礼だ。

 物語における位置づけがどうであろうと、彼等は彼等なりに考え、行動し、生きている。その点では、ザジとかしずな先生にだって違いがあるわけじゃない。俺みたいなエキストラAもだ。

「えっと……、月並みなセリフだけど、みんなに会えて嬉しかったです。いろいろと面倒もかけましたが、助けてもらえてありがたかったです。この魔法が失敗してここで暮らす事になったら、これまでと同じように受け入れてください」

 見知らぬ相手が困っていたとしても、俺だったら何の手助けもしないと思う。彼等が魔法使いだという事実を差し引いても、彼等は見ず知らずの俺に対してとても親切だった。……エヴァンジェリンは除くとしても。

「結局、魔法を使えなかったのは残念でしたけど」

 心残りと言えばそれだった。

「それなら、最後にもう一度だけ試してみませんか?」

 クウネルが星型のついた杖を、俺に向けて差し出してくる。

「知っているでしょう? 学園祭中は世界樹の魔力のおかげで、魔法が成功しやすいんですよ」

 細い棒を手に握る。

「そうですね」

 これが、最後のチャンスだ。

 せめて一度ぐらいは成功させてみたい。

「プラクテ・ビギ・ナル、風よ(ウエンデ)」

 血管か神経の中を何かが走ったように感じられた。

 俺の意思で、俺の魔力で、大気が動いた。

 ブワッ!

 こちらから向こうへと、一陣の風が吹く。

 フワリと布地が舞い上がった。

 俺の視界にさらされた、一枚のレギンス(?)と一枚のショーツ。

 刹那とエヴァンジェリンの身体が動きを忘れ、舞い上がっていたスカートの裾が、重力に引かれて再び下着を覆い隠した。

 ふぉっふぉっふぉっ。フフフフフ。アハハハハハ。

 学園長やクウネルや超が遠慮無く笑った。

 刹那は私服ではなく舞台衣装のようなものだ。あまり気にしていないらしい。

 怒っているのは自前の下着を晒された人物。

「……き、貴様。殺してやる」

 ぷるぷると肩を震わせるエヴァンジェリンを、慌てて刹那が羽交い締めにする。

「落ち着いてください。高見さんは一般人ですよ」

「アイツは魔法使いだ! 貴様も見ただろう!」

「そ、そうですね。確かに見ました……プッ」

「何を笑っとるか、桜咲刹那ーっ!」

 俺の様な貧弱なぼーやが一矢報いたのが、刹那にとってもおかしかったのだろう。

「さて、危害が及ばないうちに、急いであなたを送り出すとしましょうか……」

 クウネルが呪文を唱え始めると、俺を中心に魔法陣が浮かび上がった。

 先ほど見た、超の魔法陣とどこか似ている。

 俺は最後に一つだけ言い残そうと思った。

「俺は向こうへ行ってもみんなの事を忘れません。これからもみんなの事を見てますから」

 魔力の渦が螺旋状に収束していき、視界を覆う輝きがどんどん増していく。

 一瞬の浮遊感と共に、俺はこの世界から消え去った。

 

 

 

 これで、俺と彼等は決定的に道を違える。

 半年程度の交流だったが、俺にはとても思い出深いものとなった。

 俺はこの日、麻帆良学園を去ったのである。

 

 

  つづく

 

 

 

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