『ネギま』と俺 (20)俺の『ネギま』
気がついた時、俺はベッドの上だった。
無機質で面白みのない、ほぼ真っ白な部屋の中。俺は病室にいたのだ。
これも夢オチと言うのだろうか?
どうも、病院のベッドで眠っている間に見た夢、という説が正しかったようだ。
俺が目覚めたことを知って駆けつけた両親が言うには、俺が事故にあったのは昨日との事だった。
車の激突で右腕とあばら骨を二本ばかり折ったものの、内臓に深刻な損傷は無かったらしい。
頭にも外傷はなく、医者などは意識が戻らない事を不思議がっていたくらいだ。
邯鄲の夢という奴か。
麻帆良で過ごした半年ほどの時間は、一夜の夢として消えてしまった。
それが凄く残念で、寂しく感じられる。
心配かけたことを両親に謝罪した俺は、ついでに育ててもらったことへの感謝の言葉を告げたものの、縁起が悪いと叱られてしまう。
まあ、死亡フラグっぽかったかもしれない。
最初に妙だと感じたのは、壁際の棚に置かれている物の存在だった。
細い棒の先に星形のついた杖は、クウネルから渡された品によく似ている。
尋ねてみると、俺が病院に担ぎ込まれたときには持っていたらしい。
言っておくが、事故前の俺にあんなものを持ち歩く趣味はない。もちろん、今でもそんな趣味はない。
「本物か?」
もしもコレがアレなら、向こうの世界から持ち帰った証拠となるだろう。
軽く胸を高鳴らせながら、俺は窓を開けて杖を振ってみる。
「プラクテ・ビギ・ナル。風よ(ウエンデ)」
…………。
何も起きなかった。
その時の気恥ずかしさと言ったら……。
「そうだよな。ありえない。あるわけがない」
しかし、そうなるとこの杖はどこから来たのだろう? 事故の後で誰かが冗談で持たせたのか?
他には、事故前に購入した少年マガジンがあった。
まだ今週分を読んでいない事を思い出して、マガジンを手に取る。
ベッドに腰を下ろしてペラペラとページをめくった後で、不審に思って目次を確認する。
「なんだ、休載か……。この号に限ってわざわざ休載すること無いだろ」
俺が愚痴る気持ちは、皆にもわかってもらえるはずだ。
この時の俺はまだ気がついていなかった。
目次に『ネギま』のタイトルが存在しないだけでなく、欄外にも『今週は休載です』という説明文が無かった事に。
別れ際にああ言った手前、俺は電話で友人へ頼み込み、見舞いに来る際の差し入れとして、『ネギま』を全巻購入してくれるように頼んだ。
正直、いかにも萌え系でオタク向けのイメージが強い『ネギま』を頼むのは恥ずかしかった。自分で動けたなら、絶対に自分で買いに行っただろう。
こうして入手した『ネギま』を始めて単行本で読み返した俺は、すぐに嫌な汗をかくこととなった。
単行本の内容は、連載を追いかけていた『ネギま』と大きく違っていたからだ。
そこには、まるで知らなかったというべきか、個人的には知りすぎているというべきか、奇妙な登場人物が増えているのだ。
学園長に何度か重要な情報を告げる、占いに秀でた魔法使い『タカミ・タクミ』。……なんてこったい。
彼の助言によって、魔法協会は事前にフォローを行っており、主役であるネギが知らないところで事件が起こり、活躍場面が大幅に削られている。
予言に近い能力がチートじみているため、ネット上におけるタカミ・タクミの評判はすこぶる悪い。
曰く『万能キャラだよな』。曰く『ご都合主義全開だろ』。そんなご大層な人間じゃないぞ、と俺は言いたい。
俺が以前に読んだ『ネギま』では、魔法協会が後手に回りすぎて、失敗ばかりの印象がある。『ちゃんと仕事しろよ』と常々思っていたものだ。
しかし、魔法協会が先んじて対処してしまうと、ネギの活躍を奪う結果となる。それは俺が一番よく知っていた。
読者からは、魔法協会が無能であっても優秀であっても、異なる理由で不満が出てくるのかもしれない。
ネギは本来の『ネギま』ほどの成長もできず、年の割に優秀な新任の魔法先生として頑張っている。
読者達が望むと望まざるとに関わらず。
話は前後するが、俺の手元に届いた『ネギま』は21巻まで。
本屋にそこまでしか置いていないのも当然で、それが発刊されている全てだった。
主人公が活躍していないのが原因なのか、打ち切りとなったらしい。
赤松先生には悪い事をしてしまった。
作品のクライマックスはウェールズにある転移ゲートでの一戦だ。
ネギま部の設立はなかったが、ネギは夏休みにウェールズへ里帰りしていた。
フェイト達のテロ活動を『知って』いた学園長は、高畑先生と近衛詠春とクウネルとエヴァンジェリンをゲートへ向かわせる。クウネルとエヴァンジェリンは魔法的な細工によって、一時的に学園を離れることができたらしい。
なんというご都合主義。最後だと思って設定をちゃぶ台返しか?
四人を見かけたネギは、好奇心から彼等の後をつけてしまう。
戦闘に突入したフェイト達は、彼らに足止めされたことで転移を阻まれた。そのうえ、魔法世界から転移して来たラカンに背後から奇襲を受ける。
戦いに巻き込まれたネギは、皆の足を引っ張ってしまうが、切り札となったのもまた彼だった。彼の使える『9番目の魔法』によって勝敗が決した。
時は流れ……、一人前の魔法使いとして認められたネギは、アスナとこのかと刹那を従者とし、マギステル・マギになることを目指して世界中を渡り歩いた末に、――父に会った!(笑)
結局、俺の遭遇した体験がどういうものなのかは、わからずじまいだった。
本当にマンガの中へ入り込んでいたのか。それとも、あの世界での流れが変わった事で、赤松先生のインスピレーションにまで影響を与えてしまったのか。
どちらにせよ、彼らへ関わる術など俺にはもう残されておらず、こうして俺の『ネギま』を読むことしかできない。
だが、それでいいのだと思う。
彼らだって、神様視点でかき回されて嬉しいはずもないだろうし、自分の生き方は自分自身で決めたいと思うことだろう。
彼らは、あくまでも自分自身のために生きている。それを眺めている誰かを楽しませるためでも、書いている赤松先生を稼がせるためでもない。
生死の境をさまよったなんて深刻なものではなかったが、この事故で俺は貴重なことを学んだ。
俺のようなありふれた人間のよくある人生であっても、俺にとってはたった一つのものだった。
やりなおすことなどできないのだから、自分で考え、自分で動いて、どうにか生きていくしかない。
俺はこれから、このつまらない現実世界を、俺なりに生きていく。
俺自身がそう決めたのだから。
……それと、魔法の練習だけは、これからも続けてみようと思っている。
おわり