『ネギま』と俺   (17)おわりのはじまり

 

 

 

 とうとう、学園祭の最終日である。

 魔法協会の本部へ顔を出した俺に学園長が問いかけてきた。

「どうじゃったかな? アルは応じてくれそうかの?」

「……いいえ」

「もともと望みは薄かったんじゃし、悔やむよりも気持ちを切り替えておくようにの」

 学園長には結果が予想できていたようで、クウネルを訪問する前から指摘されていたのだ。

「だけど、超を止めないと……」

「高見君。ワシの責任まで背負おうとするのは、やめておくんじゃな。この前も言ったじゃろう。今回の責任は全てワシにある。他人に被ってもらおうなどとは思っておらんよ」

「俺がそう感じる事自体、失礼なんでしょうけど、無関係だと開き直るなんてできませんよ」

 忘れたふりをする事も、結末を知らずに逃げる事も、俺には難しいと思えた。

 その動機は、自分を納得させたいというワガママなのだろうが……。

「アルの事を冷たいと思うかね?」

「……はい」

 クウネルが口にした通り、俺に責任を負わせないという理由もあるとは思う。しかし、自分が動かないための屁理屈のようにも感じるのだ。

「まあ、そう見えるのかもしれん。しかしのう、力を持つからと言って、戦いに介入して一方へ肩入れするのが正しい行為なのじゃろうか? 自分に取っての正義が、大多数の正義と合致するとは限らんのじゃよ。力を持たないうちは自由に動けても、力を得たからこそ動けないこともあるんじゃ。強大な力を持つということは、むしろ制約が増えるものなんじゃよ」

「俺なんかにはわかりませんよ。俺は一般人なんですから」

「いいや。君にはわかるはずじゃよ。確かに戦闘力は皆無と言えるが、未来の情報がどれほどの価値を持つか、十分に理解できたじゃろう? もしも過去に戻れるとして、自分の知識を軽々しく皆に教えようとするじゃろうか? 『歴史』に介入しようとするじゃろうか?」

 それなら、答えは決まっている。

 自分の行動がどういう結果を生み出すか、今の俺は知ってしまった。とてもじゃないが、関わりたいとは思えない。

「力の意義を知り、恐れを抱くのは、当然の反応じゃよ。そして、必要な事じゃと思うておる。高見君にとってもいい経験じゃろう」

 ふぉっふぉっふぉっ。

 そう言って、学園長は笑い飛ばしてくれた。

 

 

 

 俺が学園長に案内されたのは、10人近い人間が立体画面とにらみ合っている管制室だった。

 この部屋の責任者に学園長が話しかけた。

「明石君、紹介しよう。昨日話した高見君じゃ」

 学園長のとぼけたセリフに明石教授が苦笑を浮かべた。

「学園長も人が悪いですね。隣人だというのはとっくにご存知でしょう。それとなく気づかうように指示していたのはあなたなんですから」

「そうなんですか?」

 あの部屋をあてがわれたのも、学園長の配慮だったらしい。

「予知夢の話までは聞かされてなかったけどね」

「昨日も言った通り、高見君は様々な事を知っておる。今は思い出せずとも、他にも重要な情報を握っている可能性もあるしのう。ここにおった方が情報を活用しやすいと思うんじゃよ」

「それがいいでしょうね。一般人では実動部隊に参加するのは無理でしょうし」

「念を押すまでも無いと思うが、高見君はあくまでもアドバイザーじゃ。彼は戦闘の機微や魔法使いの常識には疎いから、言葉を鵜呑みにしたりせず、作戦指揮は君の判断で行ってほしい」

「わかりました」

 学園長のはからいにより、俺は管制室にお邪魔する事となった。

 

 

 

 敵陣営で強力なのは超と龍宮だが、敵主力はやはりロボ軍団と推測される。

 数で圧倒されると厄介なので、全体イベントで無力化を図るべきだと思われた。

 当初の予定通り、学園内では全体イベントの告知と、対ゴーレム用魔法道具の配布が開始された。

『ネギま』では3−Aの人間が対応していたが、担当者があれだけということはないだろう。きっと、『ネギま』でも画面に出ていないだけで、麻帆良祭実行委員会などが説明会に手を貸していたに違いない。

 順調に進んでいると思われた矢先、急報が入った。

『こちらフィアテル・アム・ゼー広場! 説明会の途中でロボ軍団の襲撃を受けました! 至急応援を請う』

『ナ、ナンダッテーっ!?』

 管制室を驚愕の叫びが満たした。

 超側も学園側の準備を見逃すつもりはないようだ。

 冷静さを取り戻した明石教授が強い口調で指揮する。

「全魔法使いに緊急連絡! 最寄りの説明会場へ向かい、ロボ軍団を迎撃するように。もしも、魔法道具を奪われたなら、再奪取を試みるように指示するんだ!」

「わかりました!」

 ナツメグ達が念話を通じて各所へ指示を飛ばす。

 結局、魔法道具を奪われたのが3箇所であり、うち、2箇所の魔法道具が失われてしまった。後手に回った事を考えれば、まだ幸運といえるのかもしれない。

「まずいな。これでは、説明会の警備にも人員を割かないといけない」

 明石教授が愚痴ったように、学園側の動きを制限するのも超の計算に入っているのだろう。

 そして、一つだけわかった事がある。

 今の襲撃において時間跳躍弾は使用されなかった。弾数を節約しているとも思えないし、もしかしたら、まだ使用できない可能性もある。

 よく覚えていないが、あれは世界樹の魔力が臨界近くまで貯まらないと使用できないのだろうか?

 

 

 

 嫌がらせ目的なのか、ロボ軍団が幾度も襲撃を繰り返してきたため、魔法使い側はその都度対処に追われる事となる。

 13時を過ぎた頃に、管制室へサンドイッチの差し入れがあった。

 夜に忙しくなるのはわかっているので、交代で休憩を取りつつ食事を取る。

 そこへ、こんな連絡が入った。

『超鈴音を発見! 拘束します!』

 正直、驚いた。超が人目につく場所へ姿を見せるとは思っていなかったからだ。

 管制室がにわかに騒がしくなる。

「応援を待つんだ、高音君!」

 ……高音?

 明石教授の呼びかけた名前を聞いて、結果が予想できた気がする。

 俺の直感は正しく、高音はスタンガンか何かで気絶させられた状態で見つかったらしい。

 服を着ていたかどうかは、彼女の名誉のために伏せておく事としよう。

 

 

 

 強制認識魔法が使用可能な時間帯はある程度限定される。

 20時30分から22時30分というところらしい。

 早く占拠しすぎても妨害される恐れがあるし、かといって間に合わないのは論外だ。

 超側としてはそのあたりを上手く読んで、作戦を開始しなければならない。

 現在時刻は17時20分というところだ。

「そろそろ、ネギ君を呼んだ方がいいかな?」

「そうですね」

 明石教授の意見に俺も同感だった。時間を稼ぎたいのはやまやまだったが、早めに参加してもらった方が安心できる。

「シスターシャークティに連絡。美空君にネギ君を迎えに行かせてくれ」

「はい」

 ナツメグが応じる。

 この重要な最終日に、ネギ達がどこで何をやっているか?

 実はエヴァンジェリンの別荘で修行漬けとなっているのだ。現実時間で26時間――つまり、別荘内時間で26日はかせげた計算となる。

 魔法先生や魔法生徒は日常的に訓練を積み重ねた人間で、短期的な特訓による成長幅はあまり期待できない。

 しかし、ネギ達は条件が異なる。

 ネギやアスナや古菲は魔法戦闘に関しては素人同然だが、潜在的な素質は極めて優秀だ。

 刹那や楓や小太郎はもともと実力を備えているし、時間跳躍弾や疑似瞬間移動への対抗策を身につけられるだろう。

 このかは直接的な戦力とはならないが、治癒術士として優秀なことは事前にわかっている。これは非常に心強い。

 高畑先生がコーチとして参加しているし、特訓だけならエヴァンジェリンだって協力してくれるはずだ。

 昨日の会合を終えた時点で、彼等には『ネギま』を元に幾つかの助言をしている。素人考えなので、実戦への応用については高畑先生任せなのだが。

 

 

 

 例えば、疑似時間停止について。

「超の航時機へ対応するのが難しいって話なんですが、それなら、ネギが対抗できるのもおかしい気がするんです」

 マンガを読んでいた時にも、気になった部分だ。

「どういう意味かな?」

 高畑先生の問いに、詳しく説明する。

 超が疑似時間停止を使ってネギの背後に出現すると、ネギもまた航時機を使用して超のさらに背後へ移動する。『ネギま』では何度かこの描写が登場した。

「……これだと航時機に頼らなくても、反撃は可能だと思うんです」

 技を仕掛けられた時に、ネギの対処は次のような流れとなる。

 1)ネギが疑似時間停止だと認識する。

 2)気配などを探って、出現場所を知覚する。

 3)自分で疑似時間停止を行う。

 航時機が必要となるのは、この3番目だけなのだ。

 超の航時機が起動した時に、ネギの航時機にも影響が出ていたのは俺も覚えている。だが、超の疑似時間停止に同期して自動で動いているようには見えなかった。

 小物を動かす魔法と占いの魔法を使っていたらしいが、これは疑似時間停止に必要なものだと思えた。

「つまり、超の死角を狙うつもりがないなら、航時機が無くても反撃できるはずなんです」

 あの時点のネギは、楓や刹那よりも実力的に劣っているはずだが、それでも反応できている。つまり、敵の出現場所を瞬時に察する事ができるのなら、疑似瞬間移動に頼らずとも、剣で斬りかかるなり、殴り飛ばすなりすればいいのだ。

 推測になるが、疑似時間停止を行った側の人間だって、視界の激変を認識する隙は生じるだろう。

「疑似時間停止の優位性というのは、その実体を知らない人間の動揺を誘う事じゃないかと思うんです。瞬動とは違って方法がわからないから、正体を見破ろうとする意識が動きを鈍らせるんじゃないかと」

 航時機でなければ対抗できないと言うのは、ネギを活躍させるために作者が用意した詭弁ではないかと思う。

「瞬動ってなんですか?」

 こんな質問がネギの口から出た。

「あれ? そうか。そこから違ってるのか」

 ネギが瞬動を覚えたのは武道会の参加に備えての事だ。不参加となっている現在、ネギが学んでいないのも当然と言えた。

「足に魔力を集中させて瞬間的に移動する方法なんだ。後で小太郎に教えてもらってくれ」

「まかしといてや」

 話を振ると。小太郎が請け負ってくれた。

「むしろ、航時機による最大のメリットは、時空跳躍弾を受けた後でも回避できるという点にあるんです」

「他の方法で破ることは無理なのかな?」

「よくわかりません。高畑先生が脱出できなかったという結果を考えると、疑似時間停止以外では不可能かもしれません。ただ、時間跳躍弾には囮をぶつけて誤爆させれば、それで防げるはずなんです。特に、影分身なら的の狙いをそらせるし、単純な戦力増強ができるはずです」

「なるほどね」

「それと、超は軍用スーツと時間跳躍弾をメインに戦っているけど、実は魔法も使えるんです」

「そうなんですか!?」

 ネギが驚きの声をあげた。

「火の精霊を使っていて。たしか、『燃える天空』とかいう魔法が切り札だった」

 俺の返答にネギは首を傾げた。

「……ウーラニア・フルゴーシスですか?」

「は? なにそれ?」

「ですから、ウーラニア・フルゴーシスです。日本語に訳すなら、確かに『燃える天空』がぴったりですね」

 そうか……。マンガのセリフを読んでいたから、発音まで気にしたことがなかった。

 サギタ・マギカなら一発でわかるけど。

「魔法の撃ち合いになって、ネギが『雷の暴風』で倒してた」

「でも威力が劣るんじゃないですか?」

 ……『ネギま』ではカモが『経験はネギの方が上だ』なんて自慢してたけど、このネギにはその経験そのものが欠けている。

「代わりに詠唱の速い呪文を選んだらしい」

「なるほど。それなら勝てるかもしれませんね」

 とまあ、彼等とはこんな会話をしたのだった。

 なんの力も持たない俺としては、特訓帰りの彼らに期待するとしよう。

 

 

  つづく

 

 

 

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