『ネギま』と俺 (16)裏側の闘い
俺の介入のせいで、学園側も超側もお互いの策を読み、裏をかこうとして行動を開始している。
『ネギま』における全体イベントを堂々たる会戦と称するなら、現在行われている戦いはゲリラ戦と言うべきだろう。
学園側が着陸中の飛行船を調査したところ、最初の一隻目で魔法陣を発見した。
超の急所を押さえたと喜んだのもつかの間、これは幸運によるものではないと判明する。
他の飛行船からも魔法陣が見つかったからだ。
そのため、上空で遊覧中の飛行船へも、早急に着陸するよう指示が出された。
結論から言えば、全ての飛行船に魔法陣が仕掛けられていた。
魔法陣を破壊しただけでなく、最終日にはすべての飛行船が使用禁止となった。ガスも抜かれたため、強奪されても即座に離陸する事は不可能だ。
『ネギま』において美空達が見つけたのと同一と思われる地下倉庫は、場所も割り出していたため、急遽人員を向かわせたのだが、第一陣は全員が無力化されてしまった。
多数のロボットが待機していたはずだし、倉庫だけに限定するなら圧倒的な戦力差だ。起動されてしまっては対処できるはずもない。
ようやく頭数を揃えて駆けつけた時には、すでにもぬけの殻となっていた。
原作においても、早々と移転済みだったのだし、情報を握った超がつけいる隙を残してくれるはずもない。
地下迷宮は古代の遺跡を流用したもので、学園側としても全てを把握しているわけではないようだ。
広大な空間は限られているはずだが、うまく分散しているためか、鬼神どころか田中さんも再捕捉できなかった。
敵の襲撃ポイントである麻帆良湖の調査は暗礁に乗り上げている。
まず、認識阻害の魔法によるのか、科学的な隠蔽がされているのか、湖底の状況が把握できないのだ。探知を妨害しているのだから、すでに配置済みとも考えられるが、事前に確認だけはしておきたい。
ところが、ここでも超に先手を取られてしまった。
学園内で保有している水中作業船や潜水スーツが破壊されており、水中での作業ができないのだ。
湖面から攻撃魔法で破壊しようにも、麻帆良湖を満たす大量の湖水で減衰されてしまい、本来の威力を保てない。
それらを考えると、麻帆良湖に隠すのは上手い作戦と言えるだろう。
やはりと言うべきか、魔法知識も乏しく実力もない俺には、これらの事態に何も関与できなかった。魔法生徒や魔法先生は忙しく働いているが、俺は彼等を傍観している事しかできない。
考えてみれば、俺が優位を保てるのは未来の情報についてだけだ。今となっては、状況が違いすぎて、『ネギま』に当てはめて考える事は不可能に思える。
自分の思考や判断で対処するしかない。魔法知識に劣る俺が知恵を絞ったところで、どうにかできるはずないのだった。
何もできない身として、戦力増強だけでも計ろうと、俺は図書館島の地下を訪れる事にした。
クウネルがハーブティーを勧めるのも断って、すかさず用件を切り出した。
「それで、超と戦うために手を貸して欲しいんです」
俺が頭を下げて頼むと、クウネルが表情一つ変えずに答えた。
「お断りします」
「なぜ……ですか?」
「『ネギま』をなぞる事がどれほどの意義を持つのでしょう? なぞるという事は、ただそれだけの意味しか持たないのですよ」
「哲学的な問答をしたいわけじゃないんです!」
のらりくらりと言い逃れするようなクウネルに、思わず声を荒げてしまう。
「落ち着いてください」
クウネルは両手で押さえつけるようなジェスチャーをした。
「魔法の公開については必ずしも悪とは言えません。『ネギま』でもタカミチが言っていたのでしょう? ナギならば協力するかも知れないと」
「クウネルさんは超に賛成なんですか?」
「そうですねぇ。どちらかと言えば反対派と言えるでしょう。なんとかに刃物といいますし、危険な輩に武器を与えるのは悲劇を招くだけだと思います」
「だったら……」
「魔法の公表については、どちらを望むかによってスタンスが変わってきます。利益を得られる人間ならば賛成し、不利益を被る人間ならば反対とね。極論するなら、絶対的な正義など存在せず、個人的な主義主張にすぎないんです。今回は超鈴音が麻帆良学園で行動を起こしましたが、別な場所で別な誰かが起こすかも知れません。それらを全て阻止するわけにもいかないでしょう」
「そんな可能性の話をしているんじゃありません! 今、目の前で超が起こそうとしている事件を止めたいんですよ!」
「私は自分が関わるべきではないと考えています。それでも、高見さんは阻止して欲しいと頼むのですか?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
「『ネギま』では私が絡まなかったというのに?」
「え……?」
「超鈴音が計画を達成するのは問題なのに、私が事態を収拾するのは構わないんですか?」
「だって、超を止めるためには、仕方が無いじゃないですか」
「本当にそうでしょうか?」
「……どういう意味ですか?」
「超鈴音は絶対悪ではありません。願いを果たすために頑張っている一人の少女です。それを、一方的な都合で踏みつぶすのは許されるのでしょうか? 私はそうは思いません」
「でも、魔法使いにもそれ以外の人にも混乱が起きます」
「先ほども言いましたが、利害は誰にでも発生しますし、それぞれ立場も違います。これは、全員を納得させられる答えのない設問なんです。あなたが反対する理由は、もっと別にあるのでしょう?」
「どんな理由だって言うんですか?」
「あなた自身の罪の意識ですよ」
「罪の意識?」
「あなたは『ネギま』を変えてしまった事を後悔しています。だから、眼前の事態を『ネギま』に近づけたいと願っている」
「それはそうです。俺の責任ですから」
「『ここ』はすでに『ネギま』とは乖離しているんです。あなたという不確定因子が介入した事によって。あなたが、どれほど願い、どのように動いても、『ネギま』に戻る事はありません。どれほど近づけようとしても、重なる事は二度と無いのですよ」
「それはそうかもしれませんけど……」
「あなたの行動はどれも小さな事ですが、この世界へ与えた影響は決して小さくありません。ですが、それを理由にあなたを責めるのは酷だと思っています。未来を見通すなど人間には不可能なのですから。しかし、私を動かすとなると話は変わってきます」
「超の計画を止めるだけじゃないですか。クウネルさんが参加しても、大きく変わるわけじゃありません」
「それは、あくまでもあなたの視点によるものなんです。あなたの個人的な都合と言ってもいいでしょう。どのような変化ならば許されるのか? 差異が小さければ許されるのか? あなたが望むことなら許されるのか?」
「俺の……わがままだって言いたいんですか?」
「少なくとも、私の意志ではありませんよね?」
「…………」
そう言われては言葉に詰まるしかない。確かに、クウネルとは無関係な事態に、俺の都合で巻き込もうとしているのだから。
「大きな力には大きな責任が伴う。あなたもこの言葉を耳にした事があるでしょう? これには、もう一つの意味が含まれていると私は考えます。それは、大きな責任は大きな力の持ち主にしか背負えないという事です」
「……え?」
「あなたの願い通り私が行動したとして、その結果、誰かが死んだ場合にあなたは耐えられますか?」
「誰かが死ぬなんてあり得ない!」
「絶対にあり得ないとは誰にも断言できません。ここはすでに『ネギま』ではないのです。それに『ネギま』では私が介入していないのでしょう?」
「クウネルさんならうまくできます!」
「信頼してもらえるのはありがたいのですが、それは楽観論であって、理性的な判断とは言えませんね。現に私はそれだけの力を持っているのですから。確かに私はうまくやる自信もありますけど、私に頼むという事はその結果にも責任が生じるという事です。力を振るう事の意義と責任は、力を持っている人間にしか実感できないんですよ」
それは一般人の俺には、理解できない理屈だった。だからこそ、否定する事もできない。
「そうなった時、あなたはきっと後悔します。なによりも、あなたがここへ頼みに来たのは、自分の責任を重く受け止めているからでしょう?」
「…………」
超も学園長も俺の責任ではないと言ってくれたが、それでも俺は気に病んでいる。
クウネルが言う通り、不測の事態が起きたなら、俺ではきっと耐えられないだろう。
「世に言われる英雄という存在は、大切な仲間を失っても、多くの敵をねじ伏せてでも、己の道を貫こうとする人間なのです。そこには、平凡な人間には知る事のできない苦悩と責任がつきまといます。選ばれた人間……とまでは言いません。ですが、望むと望まざるとに関わらず、負わされた責任に耐えて歩き続けた者だけが、英雄と呼ばれるようになるんです」
俺にはまるで縁の無い話だった。
「ネギ君もまた、父親と同じ道を歩んで行くのかもしれませんね」