『ネギま』と俺   (15)ネギとの邂逅

 

 

 

 集められたメンバーの中で、俺が初対面となるのはネギと小太郎の二人だけだ。それと、カモ。

 刹那、古菲、楓、アスナ、このかの5人とはすでに面識があるわけで、意外と顔を合わせていたらしい。

 学園長の話した内容について、彼女等からいろいろと質問を受けた。

 刹那が保証してくれなければ、とても信じてもらえない話が続く。

 俺の見たという予知夢、超が未来人だという話の真偽、学園祭で予想される超の計画等。

 伝聞では機微が伝わり難いと考えているためか、学園長は俺に直接話しをさせようとする。さっきのように魔法協会理事として、部下へ指示する場合は別だが。

 問答を繰り返す事で、驚いたり、感心したりしながら、彼女等も理解を深めていった。

 しばらくすると、学園長と高畑先生がこの部屋へ姿を現した。

「ネギ君達も理解してくれたかの?」

「……まだ、信じ切れていません。だけど、多分本当なんだと思います」

 ネギの言葉に皆も頷いた。

「そこで超君を止めるために、君達の手を貸してもらいたいんじゃよ」

 学園長が彼等を集めた主旨を説明する。

 なんと言っても人手が足りなすぎるのだ。

「はい! 任せてください!」

 すかさず頷いたネギを見て、学園長は表情を曇らせる。

「あの……、どうかしたんですか?」

 要請に応じて手を貸すと答えたのに、不安そうな態度を取られては、ネギが不審に思うのも仕方がない。

「ネギ君には決断を下す前に、よく考えてもらいたいんじゃ。その判断が正しいかどうかを」

「だって、魔法を公表するなんて悪い事じゃないですか! 魔法使いとして放ってはおけません!」

 自分が正しいと確信している無垢なる決意。

 本来なら、好ましく頼もしいはずなのに、それが非常に脆弱なものだと、俺と学園長は知っている。

「高見君。例の話を頼めるかの?」

「……はい」

 気は進まないが、俺がやるしかない。

 正直な所、ネギを偉そうに諭したり、説教できるような資格など、俺にはない。

 理想も人格も実績も全部劣っているからだ。

 だけど、これは俺にしかできないことだった。

「魔法を公開するって事は、魔法を隠したままでは救えない人間を救える可能性があるって事なんだ。今の状態では見捨てるしかない相手を、大っぴらに魔法が使える事で助ける事ができるかも知れない。超が100%間違っているとは断言できないんだ」

「でも、魔法を公表したら、どんな騒ぎになるかわからないじゃないですか! 最悪の場合は魔女狩りが起きるかも知れないんですよ!」

 魔法使いはそのように教えられて育つと、学園長からも聞いている。

「それは、魔法使い側の都合だろ」

「え……?」

「魔法使いが力を持っている事で怖れられるなら、それは仕方がない事なんだ。だって、本当に力を持っているんだから」

「そんなっ! 僕達は魔法を悪用なんてしません!」

「悪用しないからといって、日本刀や拳銃を持ち歩いていいわけじゃない。正しい事にしか使わないと言うなら、持っている事実を明かして認めてもらい、堂々と力を振るえばいい。魔法を公表するって事はそういう事なんだ。そうすれば、人目を気にせず人助けだってできる」

 この辺りは、関東魔法協会理事という立場もあって、学園長が口にできない話だ。

 ここでは、ネギへ疑問を投げかけるのが目的だから言及していないが、俺自身は魔法の公表には反対だった。ちょっとしたケンカで魔法を持ち出されては迷惑だし、魔法の実力で格差が生まれるように思えるからだ。

「それじゃあ、超さんが正しいかもしれないって言うんですか?」

「ああ。正しいのかもしれない」

 ネギが唇を噛んだ。

「でも……、魔法の存在を隠すのが、魔法使いの掟なんです」

「それはわかってる。だから、超が正しくても、魔法使いは力ずくで止めるんだろ?」

 俺の指摘にネギが表情を歪ませる。

「ひどいですよ! なんでそんな迷わせるような事を言うんですか!?」

 動揺も露わに俺を非難する。本人が望まぬ決断を、本人の望まぬ形で押しつけられたからだ。

 つい先日、俺も似たような状態にあったから、ネギの気持ちはよくわかる。

「それでも、言わなきゃならないんだ。戦っている最中に超の口から聞かされると、ネギは絶対に動揺する。大事な場面で失敗されると困るから、そうなる前に結論を出しておいて欲しいんだ」

 ちらりと高畑先生に視線を向けると、彼も深刻な表情を浮かべている。高畑先生にとっても、この話は人事ではない。

「俺の見た夢でも、ネギはこの事でずっと迷っていた。最後の後押しをしたのは夕映ちゃんだった」

「夕映……さん?」

 この場にいない少女の名に、ネギが戸惑いを見せる。

 夕映が必死に考えて辿り着いた答え。それは俺なんかが簡単に告げていい言葉じゃない。

 しかし、肝心の夕映が存在しないのだ。少なくとも、『ここ』には。もしかしたら、これから先もずっと。

 今になって、ようやく俺にも実感できた。

 過去にしろ物語にしろ、その流れを変えるという事は、それに関わった人達のつながりや覚悟や想いや願いを踏みにじるものなのだ。

 夕映が口にしてた、『過去を変えるのは許されない』というのも、この点にあるのだろう。

 だが、俺が介入してしまったせいで、夕映はネギと深く関わる機会を失った。

 俺が夕映を連れてきて、ネギを好きになれ、ネギに助言してやれ、と言ったところであのような会話は生まれない。『ネギま』におけるネギと夕映の関係は、『ネギま』での様々な経緯を経てようやく生まれた奇跡のようなものなのだ。

『ネギま』を読んでいる時にはわからなかった俺にも、今頃になってようやくその意味が理解できた。

 だが、全ては遅すぎた。

 だからこそ、これは俺にしか伝えられない。そして、俺が伝えなければならないのだ。

「俺の記憶もあやふやだから、夕映ちゃんの言葉を正確に伝えられないと思うけど、聞いて欲しい」

「……はい」

「ネギにも変えてしまいたい過去はあるよな。だけど、ネギに限らず誰にだって、忘れたい記憶とか嫌な思い出はあるんだ。そういう過去を背負って誰もが生きていく。それなのに、自分の過去に耐えられず、自分の都合で変えてしまうというのは、個人的なワガママに過ぎないんだよ」

 ……だめだ。うまい言い回しが出てこない。

 夕映はもっと高尚な表現を使った気がするのに、俺には無理だ。実感している事も、うまく言葉になってくれない。

「でも、超さんの計画がうまくいけば、よりよい未来になるかも知れないんですよね?」

「ならないかも知れない。超がそう言っているだけだし、失敗する可能性だってある。ネギが言った通り、魔女狩りが想像を越えた規模で起きるかも知れないんだ」

「未来を知っている超さんなら上手くできるんじゃ……」

「それを超一人に押しつけるのか? 本来なら魔法使い全員で悩んだり行動したりするべきなのに? 他の魔法使いの意見も聞かずに、ネギが正しいと信じたから、そうするべきだって言うのか?」

「そんなつもりは……」

「それで、フライングになるけど、夢の中でネギの出した結論も教えておく」

「……え?」

 本来ならネギが思いつくまで待つべきなのだろうが、残念ながら時間の余裕がない。

 答えも知った上で、悩んでもらう方が早いだろう。

 今の状況がネギに悩むだけの時間を許してくれないのだ。

「人間は生きていく上で、誰もが自分の意志を押し通しているはずなんだ。それは、悪い事なんだろうけど、人間である限り避けられっこない。これまで生きてきて、『自分は正しい事だけを行ってきた』なんて考えるのは、傲慢な考えなんだよ」

 俺の告げた言葉を、ネギが心の中で反芻する。

「人は悪を行う……という事ですね」

「そう。それだ」

『ネギま』でのセリフも、確か今の言葉だった気がする。

「もう一つ思い出した。ネギは夕映ちゃんにひっぱたかれて覚悟を決めたんだよ」

「ええっ!? あの夕映さんがですか?」

 夕映は普段から理性的な人間なので、ネギが信じられないのも無理はない。あれも、心理的に追い詰められた結果だったし。

「どうしても吹っ切れないようなら、アスナちゃんにでも殴ってもらえばいい。きっと、気合いが入るから」

「そ、そうなんですか?」

 ネギが脅えたようにアスナの表情を伺う。

「任せなさい! そういうのは得意だから!」

 力強いアスナの返事に、なぜかネギはうなだれてしまった。

「高畑先生も今の話を忘れないでください」

「……僕もかい?」

 急に話を向けられて、高畑先生が戸惑いを見せる。

「高畑先生は最後まで超に反対の立場をとってましたけど、超の考えにも賛同できる部分があると考えているはずです」

「そうだね。否定はしないよ」

「夢の中では、超から仲間になれと誘われて、一瞬の隙をつかれました。超がそういう方法を取る事と、そういう『事例』があった事を覚えていてください」

「わかった。肝に銘じておこう」

 高畑先生は戦いに挑むスタンスも一貫しているが、ただひとつ、その揺さぶりにだけは注意してもらう必要があった。

 単純な戦力として、一番安定しており、一番強力なのが、高畑先生なのだ。

「ところで、夕映さんはこの事件の関係者なんですか?」

 ネギが一番最初の部分に疑問を呈した。

「夕映ちゃんが関わっているのは、計画にではなくネギの方だけどな。夕映ちゃんだけでなく、のどかちゃんとハルナちゃんと千雨ちゃんに魔法がバレてたから」

「四人もですか!? どうしてそんな事に?」

 当然の疑問なのかも知れないが、それを口にしたのはネギ本人だった。

 思わず、冷たい視線を向けてしまう。

「全部、ネギが魔法使いだとバレたのが原因だ」

「ええーっ!?」

「だから、ホイホイ使うなって言ってるじゃないの〜」

 アスナはこめかみをぴくぴくさせながら、ネギのこめかみを両拳でぐりぐりする。

「それは僕じゃありません! 僕はバレてませーん!」

 アスナの追求は酷かも知れない。

『今回』は回避できているのだから、責めるのはさすがに理不尽だろう。

「それはどんな感じでバレたん?」

 おそらくは興味本位でこのかが尋ねてきた。

「修学旅行中に、朝倉とカモがイベントを企画して、のどかちゃんと仮契約させてた。夕映ちゃんは本山で巻き込まれた事と、のどかちゃんから話を聞いて関わってくる。後は、今日あった武道会に参加して、派手に魔法を使った事が原因で、ハルナちゃんと千雨ちゃんにバレた」

 どこれもこれも、ネギがいなければ起きなかった事件ばかりだ。夕映の件は微妙かもしれないが。

 俺の告げた話で盛り上がる少女達と違い、ネギ一人だけが深刻な表情を浮かべている。

 ネギにとって、自分が間違っているかもしれないという考えは、ひどく重いものなのだろう。

「安心していい。夢の中のネギはちゃんと決断できた。それを俺は知っているから」

「……はい。ありがとうございます」

 礼を口にしながらも、その表情は晴れない。

 学園祭の後で、エヴァンジェリンが話していたっけ。正しく生きてきた人間は、自分の犯した過ちを認められないと。

 ネギは放っておくと、どこまでも悩んでいそうだ。

「……なあ、小太郎」

「なんや?」

「ネギが強くなるために足りないものって、なんだと思う?」

「なんやそれ?」

「アスナちゃんにあって、ネギにないもの」

 俺の問いかけに、小太郎はネギとアスナを見比べる。

「わかった! アホッぽさや!」

「なによそれー!?」

 小太郎の答えにアスナが噛みついた。

「ちょっ、誉めただけやろっ!」

「誉めてなんかないでしょー!」

 ぎゃんぎゃんと二人が騒ぐ。

「それはつまり、『あれこれ悩むよりも先に行動を起こせ』という事でござるかな? 確かにネギ坊主に欠けている資質でござるな」

「楓姉ちゃんだって言うとるやないか!」

「アホっぽいなんて言ってないわよっ!」

「思い返してみれば、アスナさんの決断の速さにはよく驚かされます」

「それが、アスナっぽさアル」

「アスナにぴったりやな〜」

「ちょっ、このかまでーっ!」

 それが彼女等の統一見解なのだろう。

 少なくとも、ネギよりもアスナの方がアホっぽい事は皆が認めていた。

「あと、もう一つ。なんて言ったけな……。うん。大きな悩みがあっても吹っ切るな。それを抱えて進め! だったかな?」

「え……、それはどういう……。僕は答えを出さなきゃいけないんですよね?」

 唐突な言葉にネギが首を傾げる。

『ネギま』ではネギに感銘を与えた言葉だが、告げるタイミングを外すと価値が下がるらしい。

 さすがにフォローが必要だった。

「今回の事件についてはちゃんと判断してもらう。それとは別に、人生に悩んだりした時に、今の言葉を思い出してくれ」

 それでも、俺が告げるしかないのだ。

 これから千雨と友好的な関係になれる保証はないし、ネギがその問題に直面するのがいつになるかもわからない。

 この言葉を知る俺だからこそ、告げてやらねばならない。そうでなくては、ネギに助言してくれた千雨が可哀想だ。

「夢の中で、ネギは自分が悩んでいたくせに、他人を心配させないため無理に笑ってたんだ。その時に、千雨ちゃんが言ってた。悩みが大きいほど、簡単に答えは出せっこない。だから、悩んだままでもいいから、立ち止まらずに先へ進めって」

 本来なら武道会後のナギ絡みで行われたお説教なのだが、ここでナギの名を出すとネギの気が散りそうなので、詳細には触れずにおいた。

「長谷川さんが……」

 それほど親しくない生徒の助言と聞かされて、ネギが複雑な表情を浮かべる。

「俺の夢の中ではネギがその悩みを持ったのは、この学園祭期間中だったんだ。これから先、ネギはきっと迷う時がくる。俺や千雨ちゃんがいない時には、アスナちゃんがこの言葉を思い出させてくれ」

 こういう時に頼りになるのは、ネギに一番近しい人物だろう。

「え? あ、うん。わかったわ!」

 アスナがしっかりと頷いてくれた。

 

 

  つづく

 

 

 

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