『ネギま』と俺   (13)決断

 

 

 

 眼鏡と無精髭のスーツ姿。見たのは初めてだったが、きっと高畑先生だと思う。

 彼は刹那と共にここを目指して進んでいた。

「どうやら、私の脱走が発覚したらしいネ。二人だけという事は、ここにいるとまでは確信していない。おそらく、幾つかの候補地に人員を振り分けているハズ」

 超は限られた情報から、学園側の対応を推測する。

「田中さんの守備部隊と多脚戦車に応戦させるネ」

「でも、高畑先生と桜咲さん相手では、時間稼ぎにしかならないですよ。龍宮さんを向かわせた方がいいんじゃないですか?」

「ここは放棄するヨ。武道会での情報操作は他でもできるし、優先度もすでに下がっている。ここを死守する必要性は低いネ」

 あっさりと超が決断する。

 当初の計画に固執する気はないようだ。

「ハカセには先に脱出してもらうヨ。私もデータを抹消してから追いかける」

「わかりました」

 体力に劣るであろうハカセが慌ただしく出て行った。

 制御卓を操作している超に俺は確認してみる。

「計画は中止にしないのか?」

「なぜ?」

「武道会の映像を利用して魔法をバラすつもりだったんだろ? それができないってことは、強制認識魔法を使っても効果がないんじゃないか?」

「効果が低下したのは認めるヨ。だけど、いずれ成果は現れるはずネ」

「学園側だって黙って見ていないだろ?」

「むしろ、動いてくれた方がありがたいヨ」

「どういう事だ?」

「魔法使いとは、基本的に魔法を使いたがる人種ネ。彼等は秘匿を教育しているし、罰則を定めていても、使用は禁止していない。名誉欲や優越感や親切心。どれが一番大きい理由かは知らないが、魔法使いとは魔法を使うことに存在意義を見出すらしいヨ」

「武道会の映像がなくても、いずれは破綻するってにらんでるのか?」

「そういう事ネ。今回を無事に乗り越えても、周囲の不審は高まり、話題に出る頻度も上がるハズ。むしろ、自然に緩やかに認められて行くかも知れないヨ」

 そうなるのも悪くはない。そんな態度だった。

「これから……、俺をどうするつもりなんだ?」

 俺にとって一番重要な質問をしてみるが、超の返答は非常に軽いものだった。

「どうもしないネ。高見サンの好きにすればいい」

「俺を解放してくれるのか?」

「その通り」

「……どうして?」

「足手まといだからネ」

 実に簡潔にまとめられてしまった。

「高見サンから得られる情報はもう無いし、連れ回すと私達の足が鈍る。それに、高見サンを解放した所で、学園側に渡る情報は極めて少ない。学園側にはスパイと見られて、信用されない可能性もある」

 俺に利用価値の無い事を、すらすらと並べ立てていく。

「それに……、高見サンが帰るのを邪魔したくないネ」

「どうして、帰ると思った?」

「違うのカナ?」

 超が思いもかけず優しい口調で確認してきた。

 超との会話があったからだと思う。

 俺はいつの間にか固まっていた結論をすんなりと口にしていた。

「……いや。たぶん、帰るよ」

 俺がこの世界へ残るべき理由はない。帰還に伴う危険性から逃げているだけだ。

 超の話を聞いて、超の覚悟を知って、自分の不甲斐なさを自覚してしまった。

 むしろ俺は、ここへ残ってはいけない人間なのかもしれない。

「高見サンはこの世界とは無関係の人間ネ。高見サンが情報を与えたのは事実だけど、行動に移したのは私であり学園長ネ。私は自分が負うべき責任を、誰かに押しつけようとは思てない。肩代わりしようなんて、迷惑だし、失礼だと思うヨ」

「どうして、そんな事まで言ってくれるんだ?」

「親近感……カナ? 私達はこの世界に存在する孤児のようなモノ。餞別だと思って受け取るといいネ。あなたにはまだ、帰るべき場所が残っている」

 超は笑顔を浮かべて、別れの言葉を口にした。

「だから、高見サンとはここでサヨナラネ」

 

 

 

 管制室に二人の人間が到達する。

「高見……さん?」

 意外な人物(つまり俺)の存在に、刹那が驚きで目を見開いた。

「超はついさっき逃げたぞ」

「刹那君は彼の事を知っているのかい?」

「その……、学園長の個人的なお知り合いです。なぜここにいるんですか?」

 最後の問いかけは、俺に向けて発せられた。

「朝起きたら超に捕まってたんだ」

「え? どうしてそんな事に?」

「何を言っているかわからないと思うが……、俺にもよくわかってない。本当に気がついたら捕まっていたんだ。どうも、学園長とつながりがある事を感づかれたらしい」

 刹那が真剣な顔で俺の表情を伺う。

「高見さん。もしかして……?」

「全部バレた」

「そんな、バカなっ!?」

 学園側に特定するまでもなく、未来の情報というのは非常に貴重だ。

 それを敵方に漏らした俺は、どれほど責められても文句を言えないだろう。

 今の会話を聞き逃す事ができず、高畑先生が刹那に尋ねた。

「バレたというのは何の話だい? 彼はスパイとして潜入していたのかな?」

「そうではありません。その……、高見さんはある重要な情報を握っていたんです。それが超に知られてしまったそうで……」

「その情報と言うのは?」

「……言えません」

「刹那君はその内容を知っているのかい?」

「詳しい内容は聞かされていません。それを知っているのは学園長だけです」

「そうなると、彼の身の証を立てるのは、学園長だけになるかな」

 そこで高畑先生は俺を見る。

「君にも都合があると思うけど、これから僕達に同行してもらうよ。いいね?」

「……はい」

 今度は学園側に連行される羽目になった。

 

 

 

 俺は取調室でカツ丼を食べている。超に捕まっていたせいで、朝食も昼食も取り損ねたのだ。

 だだっぴろい部屋には俺一人がぽつんと残されていた。

 食べ終わるタイミングを計ったように、学園長が入室してきた。

「迷惑をかけてしもうたの」

 開口一番で謝罪された。

「いいえ。謝るのは俺の方です。その……、全部超に話してしまいました。すみません」

「……そうじゃろうな。君が解放されたのだから、予想はしておったよ」

 情報源としての魅力がないから解放されたというのは、簡単に推測できるだろう。

「気に病まんでよい。まさか、君が狙われるとは思っておらんかった。安全圏にいると思い込んでおったワシのミスじゃよ。スマンかったの」

 学園長があらためて頭を下げる。

「そんな。とんでもない」

 俺なんかが狙われるなど予測できるはずがない。俺に目をつけた超がおかしいのだ。

「君の拘束はすぐに解かせてもらう。超君に情報を奪われた件についても、君に罪があるとは思っておらん」

「……ありがとうございます」

 学園長が深いため息をついた。

「超君を拘束した事で、気を緩めてしまったようじゃ。まさか脱走されるとは思いもせんかったよ」

 脱走が発覚した経緯は刹那からも聞かされている。

「言いにくいんですが、超が言ってました。『ネギま』で超と互角に戦えたネギが、『ここ』にはいないって」

 ネギ・スプリングフィールドは子供だ。

 英雄の血を引いおり、魔法の才能に溢れ、優れた頭脳を持っている。それでも、彼は10歳の子供に過ぎない。

 学園長も俺も、今のネギに余計な仕事を押しつけるべきではないと考えた。

 彼の成長性がどれほど高くとも、全てに優先して戦闘力だけを鍛えるのは間違っている。そう思ったからだ。

 だが、その配慮が裏目に出た。

 今のネギは実戦経験に乏しく、自信も知識も配慮も覚悟も足りない。俺達が後回しにした戦闘力こそが、一番必要な技能となってしまった。

 生徒を巻き込むのも避けてきたため、のどか、夕映、ハルナ、千雨といった従者達も存在しない。

 なによりも、航時機すら持っていない。

 学園側は非常に不利な条件で戦いへ突入する事になる。

「超君についてはワシ等に任せて欲しい。君にも結論を出さねばならん問題があるじゃろう?」

「それなら大丈夫です。もう、俺は帰ると決めましたから」

「ほう。決心したきっかけを聞かせてもらえるかの?」

「超と話したからです。超は歴史を変える事で、自分の旅立った未来が上書きされるとわかっていて、それでもここへやって来たそうです。俺にはそこまでの覚悟はありません。本当は帰りたいのに、怖くて竦んでるだけなんです。中学生と比べて、あまりにみっともないですからね」

「ふむ。覚悟を決めたか。いい目をしておるよ」

「おだてないでください」

「では、アルにもその件を伝えておこう。彼も心配しておるじゃろう」

 立ち上がった学園長に、慌てて言葉を付け足した。

「だけど、超の事件が解決するまではここへ残るつもりです」

「それはやめておいた方がよかろう。状況にもよるが、間に合わないかもしれん」

「それでもです。本来の『ネギま』ではうまくいっていたのに、俺が介入したせいで違った結末になってしまうのは嫌なんですよ。立つ鳥跡を濁さずって言うじゃないですか。俺はこの世界をいろいろとかき回しました。だから、俺は少しでも、この世界を綺麗な状態にしてから帰りたいんです。それが、自分の都合でこの世界を変えてしまった俺の、果たすべき義務じゃないかって思うんです」

 過去を無かった事にはできない。

 だから、未来だけでも元の状態に近づけたい。

 魔法使いに混じったところで、俺の力などたかが知れている。

 俺には何もできないかもしれない。

 だが、何かができるかもしれない。

 

 

  つづく

 

 

 

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