『ネギま』と俺   (12)行為と反動

 

 

 

 超に案内されて管制室へとやって来た。

 武道会のカメラ制御を行っていたハカセが、俺を見て不思議そうに尋ねる。

「どちら様ですか?」

「覚えてないカナ? 修学旅行でも顔を合わせた高見サンネ」

 超の言葉を理解したため、ハカセは新たな疑問にぶつかる。

「その高見さんがどうしてここへ?」

「学園側への情報提供者だと判明したから、内部情報を知るためにさらってきたヨ。学園祭における私達の計画は、すでに学園側へ掴まれていたらしいネ」

「ええーっ!? 大変じゃないですかっ!?」

 ハカセが驚きを露わにする。

 さっきの超とはずいぶん反応が違う。当人の器の違いだろうか?

「私が学園祭の前日に拘束されたのも、それが原因だたヨ」

「そうですかー。そうなると計画の成功率が下がりそうですけど、どうしますか?」

「不確定要素が増えたのは望ましくないが、選択の余地はないネ。私に許されたチャンスは今しかない」

「わかりました。それでは決行と言う事で」

 世界樹に満ちる魔力は22年に一度という規模だったはずだ。さすがに、22年後まで延期するなんてしないよな。

「武道会の方はどうカナ?」

「パッとしないですねー。ただの武道会としてなら盛り上がってますけど、参加者が小粒な人ばかりで、期待した展開にはなってません」

 魔法関係者の参加自粛により、気も使えないレベルの格闘家が紛れ込んだらしい。彼等のほとんどは一回戦で敗退するだろう。

「魔法使いの参加が少ないのは、非常に残念な事態ネ」

 学園長の介入だと察した超が、ジロリと睨んでくる。

「ムムム。ネギ坊主だけは、父親の情報で釣れると思てたが、それもやりそこねてしまたヨ」

 ネギは予選会にすら顔を見せなかったし、超も初日はずっと拘束されていた。

「エヴァンジェリンと高畑先生が参加したのもネギが目的だったからな」

「つくづく、高見サンには祟られるネ」

 魔法の公開という点で考えれば、ネギの参加は非常にありがたいだろう。

 育った環境のせいか魔法に頼りたがる。利口ではあっても自制心に乏しい。魔法の秘匿に関して、ネギは脇が甘すぎるのだ。

「そういえば、古菲さんが来てないみたいですよー」

 ハカセの意外な報告。

「不思議な話ネ。あの古菲が武道会を棄権するとは思えないが……」

 俺も超に同感だった。一番、武道会を楽しみそうなだけに、すっぽかすのは意外である。

 この時点において、俺達は古菲がどこへ行っていたか知らなかった。

「決勝は龍宮さんと長瀬さんになりそうですねー。田中さんも一体だけではさすがに対抗できないでしょうし」

「クウネルがあたるのは誰カナ?」

「あの素性不明の人ですか? 一回戦で大豪院ポチさん、準決勝まで進めば龍宮さんと当たりますね。どうかしたんですか?」

「では龍宮サンの頑張りしだいでは、それなりの成果が得られるかも知れないヨ」

「クウネルさんについて、何かわかったんですか?」

「高見サンに教えてもらたヨ。かのサウザンドマスターの仲間らしい」

「ええっ!? サウザン……という事は、ネギ先生の父親の……。エヴァンジェリン級の能力者が出て来たとなると、計画に支障がでませんか?」

「彼の参加は、純然たる彼の趣味ネ」

 ハカセの懸念を、超はあっさりと否定した。

「趣味……ですか?」

「彼は学園の意向を無視して参加しているから、妨害の意図はないと考えていいハズ。彼は娯楽に飢えているし、龍宮サンが本気で挑めば応えてくれると思うヨ。そうなると、かえでサンとも全力で戦うかもしれない」

 龍宮とクウネルというのは、『ネギま』でもなかったな。面白い試合になりそうだ。

「『ネギま』の武道会はどんな感じだたカナ?」

 急に話題を振られた。

「ネギが大活躍してたな。魔法を隠す気も全然無さそうだし」

「目に浮かぶようネ」

 超が笑いをこぼす。

「1回戦から順番に、高畑先生、ウルスラの脱げ女、刹那、クウネルさんの順番で戦ってた」

「脱げ女はよくわからないが、豪華カードばかりネ。計画は別にしても、是非見てみたいヨ」

「ネギは主役だし、凄く盛り上がってた」

 フムフム。興味深そうに超が頷いた。

「それだけの強敵と戦たなら、ネギ坊主も成長できそうネ」

「そうだな。だいぶ成長したんじゃないか」

 高畑先生の実力の一端に触れ、脱げ女については省略するとして、刹那からは皆に支えられていると諭され、クウネルとの戦いでは自らの目標を再確認させられた。

「つまり、今のネギ坊主はそこまで成長していない……と」

 なんでもない事のように、超が指摘した。

「……え?」

「それも、仕方のない話ネ。真剣勝負は人を成長させる。戦いの場を奪われれば、成長が劣るのも当然ネ」

「ちょ、ちょっと待て……」

「いやいや、それ以前に、学園側に捕まっていたおかげで、ネギ坊主には航時機も渡しそこねたヨ。いやー、危なかたネ。敵に塩を送るところだた」

 超が朗らかに笑った。

「ああっ!?」

 俺は彼女に言われて、初めてその事実に気がついた。

 学園祭中、ずっと超を拘束しておけたなら、学園側の勝利は決まっていたはずだ。

 しかし、超が脱走を果たした現在。状況は一変する。

 航時機を使いこなす超に、対抗できる人間が存在しない。

「…………」

 俺はこれまでにも『ネギま』への改変を行ってきた。どれも小さな変化で、誤差で済む程度だと自分では考えていた。

 しかし、幾つもの変化が積み重なって、より大きな流れに影響を与えようとしている。

 事態は俺の想像を越えて動こうとしていた。

 超が勝ったりしたら、『ネギま』とはまるで違う流れとなってしまう。

 あまりにも大きく、あまりにも重い、未来への影響。

 俺にそこまでの意図はなかったが、だからと言って許されるのだろうか?

『ネギま』における超の目的は知っていたし、読者としては話の盛り上がりをのんきに喜んでいた。

 それがどれほど大それたことなのか、俺は初めて実感したのだった。

 狼狽する俺の様子を見かねたのか、超が言葉を投げかけてくる。

「自分では傍観しているだけのつもりでも、世界とのつながりを絶つことはできないネ。どんなにちっぽけであっても接点は残っているし、行動を起こしたなら反応も返ってくる。関わるとはそういうものネ」

 超は感謝するでもなく、非難するでもなく、穏やかな目で俺を見た。

「ここまでならいいとか、この程度なら大丈夫と判断するのは、あくまでも自分の尺度によるもの。どのような結果になるか、誰にもわかるハズがない。それができるのは神様だけネ」

 合理性を追求する科学者の超が、まるで神父やシスターのように宣告する。

「だから、自分にできる範囲で足掻くしかない。何時だって、何処だって、誰だって。世界を変えようとする決意も、そのきっかけは、どこにでもある小さな出来事かも知れない」

 その言葉は、彼女の経験したなんらかの悲劇をふまえたものなのだろう。

「超は怖くはないのか? 歴史を変えるって事が」

 俺は怖い。

 すでに変えてしまったのだと思うと、足が震えそうになる。

「もちろん、怖いネ。だけど、それを乗り越えたからこそ、私はここにいる」

「そこまでする必要があるのか?」

「そう考えてなければ、故郷を捨てたりはしないヨ」

「捨てる? でも最後には戻ったはずじゃ……」

「高見サンは『ネギま』と混同しているようネ。私の目指した世界には、故郷など存在しない」

「どういう意味だ? 世界が滅ぶわけじゃないんだろ?」

「私が旅立った未来は、魔法が秘匿されている未来。ならば、私が魔法を公表した世界の先に、私の知る未来は残らない」

 彼女の言葉を聞いて、今さらながらその点に思い至った。

「超はそれでいいのか? 自分の事を知っている人が誰もいなくなって、自分の知っている故郷がまるで別なものに変わっても?」

「構わないヨ。私はそれを覚悟してここへ来た。私自身の選択を悔やんでもいないし、嘆いてもいない」

 超の気概や誇りといったものが眩しく思えた。

 俺は『ネギま』を、マンガ的な作品だと思っていた。つまり、ご都合主義で不幸の少ないお気楽な世界だと。

 だが、登場人物にはそれぞれの過去と物語が存在しているのだ。

 それは決して主人公・ネギのおまけなどではなく、彼等一人一人にとって唯一の人生だ。

 俺にしてみれば、『ネギま』の情報など単なる交渉材料にすぎなかった。

 だが、超は己の過去や思い出を振り切って、全てを賭けてこの計画に臨んだはずだ。

 超に限らず、スクナで復讐しようとしていたお猿のねーちゃんや、ネギとの対決を楽しみにしていたヘルマンも、俺の存在を知ったら憤慨するのではないだろうか。

 せめて、自分と同じだけの覚悟を持って、阻んで欲しかったと。

 俺にはこの世界で、彼女等に混じって生きる資格があるのだろうか?

 あらためて自分の抱える命題に頭を悩ませていると、緊張したハカセの声が聞こえてきた。

「超さん。下水道に侵入者です!」

 彼女がコンソールを操作しながら告げた。

「映します!」

 大型モニターに表示されたのは、下水道を進む刹那と高畑先生の姿だった。

 

 

  つづく

 

 

 

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