『ネギま』と俺 (11)学園祭の顛末
後になって、刹那から聞かされた話だ。
教会の地下には、関東魔法協会の施設が隠されており、魔法使いを拘束するための牢まで存在していた。超が拘束されていたのもここだ。
学園長は必要な行為だと考えているし、彼女は前科があるため魔法先生や魔法生徒も納得できた。
しかし、ネギは関東魔法協会から遠ざけられていたため、超の違反歴や罰則規定を知らず、学園側の対処を不服に思った。生徒をかばえなかったのが悔しかったのだろう。
彼は事もあろうに、地下牢への侵入を図った。ネギから事情を聞いたアスナと古菲もこれに同調。
魔法の天才児・ネギ。
障壁を無効化できるアスナ。
格闘戦の達人である古菲。
この三人のコンボは凶悪で、何人もの魔法先生が沈黙させられた。これにより、協会内部では結構な混乱が引き起こされる。
彼等の前に高畑先生が立ちはだかった。
説得を受け入れなかったネギ達と軽い戦闘になるも、彼等の覚悟を察して高畑先生が戦闘を中止。
話だけはさせようと、超の元に案内した所、彼女の脱走が発覚する。
超の独房を監視していた映像は、ループ状態に加工されたもので、独房はすでに無人だったのだ。
ネギ達の侵入がなかったら、発覚はさらに遅れていたはずなので、世の中、何が幸いするかわからない。
円筒形の光の中に俺の体は浮かんでいた。両手両足には光のロープが絡みついて身動きを封じている。
『ネギま』内で、高畑先生やバカせつなが捕まっていたのと同じ状態だった。
「なんで、俺はここにいるんだ?」
俺の疑問に超が詳しく説明してくれた。
「部屋で眠っていた高見サンに薬をかがせて、ここまで運び込んだヨ」
超の言葉を頭の中で吟味してみる。
「それは犯罪行為じゃないのか?」
「見方によってはそうなるネ」
「いやいや。どう見ても拉致監禁だろ」
その割に俺は冷静だ。超が凶悪な人間ではないと理解しているからだろう。
「私は高見サンにいろいろと聞いてみたい事があるネ」
「どうして超が俺なんかに興味を持つんだ?」
「おや? 私は名乗ったカナ?」
「え……。だ、だって、超包子の社長だし、最強頭脳と呼ばれて有名じゃないか」
取り繕う俺の様子を眺めながら、超が笑みを浮かべた。
「超包子社長とは仮の姿。私の正体は世界征服を企む悪の火星人ネ」
「それはいいから」
「あっさり流されると寂しいヨ」
「そんな事よりも、超は釈放されたのか?」
「釈放とはなんの事カナ? 私には逮捕されるような覚えはないネ」
「そんなはずはないだろ。学園側に捕まったって聞いてるぞ」
「きっと、勘違いだと思うヨ。誰かは知らないが、そんなデタラメを口にするとは……」
呆れたように肩をすくめてみせる。
「デタラメって……。学園長が俺に嘘を教えてもメリットがないだろ」
「ほうほう。高見サンの情報源は学園長だたカ」
キラリンと超の瞳が光る。
……不用意発言だったか?
「高見サンは言動に注意が足りないし、魔法使いにしては魔力も低い。とても、裏の人間には見えないヨ」
「俺はただの一般人だからな」
「本当に一般人なら、魔法使いという言葉に疑問を持つはずネ。魔法使いの存在を前提条件に会話しているとしか思えないヨ」
なまじ知っているのも問題だよな。
それ以前に、俺が超と張り合おうっていうのが無茶なんだ。
「……天才となんとかは紙一重だって言うからな。超がそっちよりの人間とは思わなかった」
俺が挑発するように言い返しても、超は取り合ってくれない。
「それに、高見サンが一般人なら、どうして私の事を学園長から聞かされるのか、疑問が残るネ」
「ただの茶飲み話だよ。俺の祖父が学園長と知りあいなんだ」
冷や汗をかきながら、当たり障りのない返答をした。
誤魔化せていないのは自分でもわかっているが、他に方法が思い浮かばない。
「高見サンが学園長と多くの接触を持っていることはわかてるヨ。こちらにも情報の提供者がいるからネ」
「何を知っているんだ?」
「高見サンは何らかの情報を握てるハズ。エヴァンジェリンの事件以降、妙に学園側の手配が早いし適切になたから、ずっと不思議に思てたヨ。そういえば、高見サンが超包子に来るようになたのは、ネギ坊主の赴任時期と一致していた気がするネ」
さすがは麻帆良の最強頭脳。ハンパねぇ。
「…………」
俺が視線を泳がせていると、超がじっと見つめてくる。
「話さないつもりなら、こちらにも考えがあるヨ」
「俺は一般人だから、拷問されるとすぐに話すと思う。だけど痛いのは嫌だから、拷問はしないでくれ」
正直な心情を述べて、超の寛容さに期待してみる。
拷問に耐えてまで隠し通す覚悟はないし、そこまで自分を信用してもいない。
「拷問されるのが嫌なら、話すといいネ」
「できれば話したくないんだ」
「話さないなら拷問するしかないネ」
「それはやめてくれ」
超が処置無しといった様子で首を振る。
「これではいつまで経っても埒が明かないヨ」
「諦めるという選択肢はないのか?」
「そうもいかないネ。だから、高見サンにはちょっとだけ我慢してもらう」
「一般人を巻き込んでいいのか? 悪としてプライドが傷つかないのか? 痛いのは嫌なんだって!」
俺が取り乱すのも当然だろう。拷問を受けたがる人間など少数派のはずだ。
「大丈夫。痛くはしないヨ」
ニンマリと超が笑った。
どんなに拷問されようと、口をつぐんで秘密を守り抜く?
……うん。それ無理。
俺は超によって拷問にかけられた。彼女が口にした通り、痛くない方法で。
超のお別れ会に登場したマジックハンドを知っているだろうか? 人の手を模した形状でくすぐり専用のヤツだ。
あれでくすぐり続けられたら、誰だって耐えられない。あの苦しさは、経験者でなければわかるまい。
本当に腹筋が崩壊するのだ。痙攣しているかのようにぴくぴくと蠢きが止まず、その度に鈍く痛む。
涎や鼻水が出て呼吸困難になるし、自分の顔を想像できるだけに虚勢を張るのも難しい。
「こ、降参する。なんでも……しゃべる」
「早いヨ、高見サン。男として、もう少し頑張るべきネ」
「もう勘弁してください」
恥も外聞もない。言い飽きた感もあるが、俺は一般人なのだ。
過剰な頑張りを期待されても困る。
ああ、しゃべったさ。しゃべったとも。しゃべらいでか。
これまでの概要と、学園祭の顛末、そして『ネギま』の事も全て話した。
「……私は未来人で火星人で魔法使いだけど、異世界人を見たのはこれが初めてヨ」
驚いたと言うよりも、呆れたような表情だ。しかし、疑うような素振りはまったくない。
「信用するのか?」
「すくなくとも、学園長を納得させた事実は認めるネ。私と同じく未来人の可能性を考えていたけど、異世界人とは予想外だたヨ」
「どっちでも変わらないと思うけどな。知っているのは、『正しかった』未来だけだ。その知識だって、何かが変われば全然役に立たない」
現に今の状況だって予想外なのだ。
「そうでもないヨ。自由度という点では高見サンの方がはるかに上ネ」
「自由度? 権限も実力もないから、俺にできることなんてほとんどないぞ」
「それは視点が違うヨ。世界を変える力を持ちうるかどうかではなく、世界に縛られないという精神の自由度の事ネ」
「よくわからない」
「つまり、未来から来た私は未来に縛られてるヨ。未来における分岐を知り、避けるべき禁忌を知っている。だけど、高見サンにはそれがない。私よりもこの世界に対して、自由に関わっていけるはずネ」
「精神だけの自由さなんて、あまり意味はないだろ。それなら、実際に行動を起こせる分、学園長の方が自由なんじゃないか?」
「だから、困てるネ。学園長がそれとなく私を掣肘していたのが、全てを知ていたからとは……。特に、最終目標を知られているのが、非常に厄介ネ」
ムムム。深刻な表情で考え込む。
「悪かったな。邪魔して」
「まだ、終わてないヨ」
俺の謝罪に対して、超は不敵に笑う。
「私の目的が知られているのは確かに不利だが、それが失敗を約束するとは限らない。勝負は最後までわからないヨ」
「勝てるつもりなのか?」
「こちらも『ネギま』の情報を得たからネ。情報的には五分。後出しできるだけ、こちらが有利とも言える。運命の天秤をようやくこちらに傾けた形ネ」
「運命とか、神の意志とかで、最終的に負ける事が決まっていても、諦めないつもりなのか?」
「……さっきのクウネルの話に、一つだけ補足しておくヨ」
超の口調が少しだけ改まった。
「確かにこの世界は甘いと言える。エヴァンジェリンもヘルマンも『ネギま』の私も、敗れた事を認め、それを受け入れたらしい。だが、失敗する事を望んで、行動を起こしたわけではないハズ。最終的に納得したからと言って、それを願っていたわけでもない」
「そうだろうな……」
皆、それぞれの意志で行動を起こしたはずなのだ。
「失敗する事が定められていたとしても、それを理由に諦める事は私には無理ネ。諦めるとしたら……、計画が失敗した後。例え、予定調和の結末に終わるとしても」
彼女なりの理由と目的がある以上、それも仕方のない事だろう。
「少し、考える時間が必要ネ。高見サンにはしばらくこちらにつき合てもらうヨ」
俺の拘束は解かれる事となった。
俺が暴れたところで、取り押さえられる自信があるからだろう。
うん。納得できた。