『ネギま』と俺 (9)麻帆良の少女達
自室で『ちうのホームページ』を閲覧していると、インターホンが鳴った。
特別親しい相手もいないので、訝しみながら対応に出てみる。
廊下には、1つのタッパーを持った少女が立っていた。右サイドだけ髪を結っている。
「なんだ、裕奈ちゃんか」
彼女は3−A生徒の一人、明石裕奈だった。
「なんだって何よ」
不満そうに頬を膨らませる。
「久しぶりだな。この前はいつだっけ?」
「3週間前かな? 今夜のおかずはビーフシチューね」
「助かるよ」
「インスタントばかり食べるのはだめだよー。健康には気をつけないと。元気が一番だからね」
こんな感じで、彼女からおかずを差し入れされる事がたまにある。
隣が明石教授の部屋なのだ。
俺が一人暮らしなのを知っていて、裕奈が泊まる日には、こんな感じで援助してくれる。
明石教授も一人暮らしなので、普段から近所の定食屋なんかで顔を合わせていた。
「この前の肉じゃがも美味しかった。裕奈ちゃんならいいお嫁さんになれるよ」
俺は定番とも言える賞賛の言葉を告げた。
「高見さんもいい人見つけなきゃねー。私が誰か紹介してあげようか?」
「中学生じゃなぁ……」
俺がどうこうというよりも、裕奈の友人の方で俺なんか相手にしないだろう。
「むぅ。成長したつもりだけど、まだ子供に見える?」
「無理に大人ぶらなくてもいいんじゃないか? どうせ、すぐに子供だっていいわけも効かなくなるんだ」
俺の堅苦しい助言に、裕奈が呆れ気味に返した。
「……高見さんってじじむさいよ」
「ほっといてくれ。社会人になると実感するものなんだよ」
「じゃあ、私は当分先だね」
ハハハと笑う裕奈が実に羨ましい。
俺も戻れるものなら学生時代に戻りたいものだ。
「それじゃあ、タッパーはおとーさんに返してくれればいいから。ちゃんと洗っておいてよ」
「わかってる」
麻帆良学園は文化祭の準備期間に入った。
いまのところ、学園外の客は訪れていないものの、学生達は準備にプレ公開にと大わらわだ。その賑やかさは、本番当日に決して劣っていないと思う。
夜勤明けで一眠りしたあと、俺は学園内を見物して歩いていた。
舞台の設置や飾り付けを行っている様子に、学生時代の文化祭を思い起こす。忙しい忙しいと愚痴りながら、皆と頑張るあの頃がとても懐かしい。
「高見さん」
俺の名を呼ぶ声。
声からでは気づかなかったが、呼び止めたのは刹那だ。彼女らしくないと言うのは失礼だが、とても明るい声だった。
「どうしたんだ?」
「すいません。突然呼び止めたりして」
恐縮する刹那の傍らに、二人の少女がいた。
赤毛でツインテールの少女と、長い黒髪の少女が、俺に向けて軽く会釈する。
二人の特徴を考えればだいたい想像はつく。俺がここへ来て最初に探した二人に違いない。
「私の友人を紹介させてください」
刹那が誇らしげに切り出した。
二人へ秘密を明かしたという話は、刹那の口からすでに聞いている。
彼女にとって、事情を知っている俺に二人を紹介するのは、友人のお披露目みたいなものなのだろう。
彼女にはこれまで、友達と呼べる相手が存在しなかったから。
「こちらが、神楽坂明日菜さん」
「どうも」
アスナが軽く会釈する。
「こちらが、近衛木乃香さんです」
「よろしゅう」
このかもにこやかに頭を下げた。
「こちらは高見匠さんといって、学園長の知人のお孫さんです」
「そうなんや〜。おじいちゃんが迷惑かけてへんかな?」
「まさか。俺の方こそ学園長にはお世話になってるんだ。警備員の仕事につけたのも学園長のおかげだし」
学園長のという説明でアスナはひっかかったらしい。
「刹那さん。ひょっとしてこの人……」
「高見さんは普通の人ですよ」
アスナの疑問を遮るようにして刹那が答えた。
俺の存在については、魔法使い達もほとんど知らないのだから、アスナに伏せるのも当然だ。
建前上、俺の事は一般人として扱った。
友人に秘密を持つのは心苦しいだろうが、この点は諦めてもらうしかない。
文化祭の期間中は超包子の営業時間が延長される。この間だけはアルコールも提供されるのだ。
俺は一杯引っ掛けながら食事を楽しんでいる。
「相席してもよいでござるかな?」
語尾でわかるように、楓が俺の前に立っていた。
テーブルの数こそ多いが、混み合っていて相席もやむを得ない状況だった。
「ああ」
「かたじけない」
ウェイトレスの古菲に注文してから、彼女は正面の椅子に腰掛けた。
「高見殿には謝らなければならないでござるよ」
「謝る?」
そう言われても心当たりがない。
「実は高見殿がなんらかの意図を持って、拙者のクラスを監視しているのではと、勘ぐっていたのでござる」
「なんで? 修学旅行で顔を合わせただけだろ」
「いや〜、ここへ食事に来ると、たまに高見殿の視線を感じていたでござるよ。様子を伺っていると、拙者だけでなく3−Aのクラスメイトを目で追っていたでござるしな」
「……よく見てるなぁ」
まさか、気づかれているとは思わなかった。これが達人というものなのだろうか?
「誤解は解けたのか?」
「近衛殿にも関わると思い、刹那に尋ねたでござるよ。修学旅行への同行も、間違いなく学園長の指示だとの事。疑ったりして申し訳ないでござる」
俺に対して頭を下げる。
「そんな堅苦しく考える事無いだろ。実害があったわけじゃないんだ。冷たくあしらわれたり、軽蔑の目で見られたならヘコんでたと思うけど」
「刹那が恩人とまで言っていたでござるし、いささか心苦しかったでござる」
戦いに関しては頭も回るし、戦闘力も飛び抜けているのに、根が純朴なんだろう。いい子だよなぁ。
「謝罪は受け入れたから、もう気にしなくていいって」
楓は俺に笑顔で応えてくれた。
「お待たせアル〜」
楓の注文した天津飯と焼きギョウザがテーブルに並べられた。
追加で、焼売が二皿。
「これは頼んでないぞ」
「超包子から常連二人へのサービスアル」
「そうなのか? サンキュ」
「持つべきは親切なクラスメイトでござるなぁ」
「お礼は社長に言って欲しいアル」
古菲の言葉に、調理場の路面電車へ視線を向けると、こちらに気づいた超が軽く手を振ってくれた。
俺と楓も手を振って感謝の意を示す。
俺達はありがたく焼売をいただく事にした。
男なんて単純なものだ。
恋愛関係とはほど遠いが、こんなに可愛い子たちと関わりを持てて嬉しく思う。
こっちの世界も悪くはない。
そんな風に流されたくなるのは、積極的に決断を下す気になれないからだろう。
本来ならば、どちらの世界で生きるかもっと真剣に考えるべきなのだ。
しかし、そんな選択をした経験があるはずもなく、正直な所、考えるのすら怖かった。
優柔不断と言わば言え。
根性無しと笑わば笑え。
戻りたいと思いながらも、死ぬかも知れない危険性に俺は尻込みしていた。