『ネギま』と俺   (7)本当の魔法

 

 

 

 俺は帰宅途中にコンビニへ寄って、マンガ雑誌と弁当を買い込んでいた。

 交差点に差しかかるタイミングで、歩行者用の青信号が点滅し始めたために、急いで渡ろうと俺は車道へ足を踏み出す。

 自宅への帰路において、この交差点が最後の信号なのだ。

 大きなブレーキ音に振り向こうとして――。

 ビクッ!

 恐怖に身をすくませると、自分の身体が跳ねていた。

 それがきっかけで俺は目を覚ます。

 気がつくと、この数ヶ月ほど暮らしている部屋の天井が目に映った。

 死の恐怖から解放され、俺は安堵のため息を漏らしつつ、敷き布団に体を預けていた。

 今見た光景がまざまざと脳裏に蘇る。

 自分が交通事故に遭遇する夢だ。

 京都へ行った前後から、時々この夢を見るようになっていた。

 やはり、これはあれだろう。

 小説なんかでもよく見かける。異世界へ来たきっかけが交通事故、というヤツだ。

 交通事故と時空移動に因果関係などありそうもないのに、不思議とよくみかけるシチュエーションだった。

 魔法などの超常現象と無縁な人間にとって、交通事故が一番遭遇しやすい危険だからなのだろう。他の事例をあげるなら、ビルの屋上や階段からの転落。或いは、落雷なんかもありそうだ。

 …………。

 そんな風に俺は意識を反らそうとしていた。

 夢の事を考えると、背筋に冷たい感触が走る。触れてはいけないもの、思い出してはいけないもの。俺は自分の心の奥深い所で、そう直感しているのだ。

 そのため、クウネルにもこの事は伝えられずにいる。

 

 

 

 修学旅行を終えて、3−Aも平穏な日常を取り戻したようだ。

 ひさしぶりに部屋まで来た刹那から、改めて修学旅行に関する話を聞いてみた。

「高見さんはスクナの事もご存知だったんですね?」

 このかが狙われた原因でもあるため、刹那は恨めしそうにこちらを睨んだ。

「学園長からは教えるのを止められてたんだよ。それに、フェイトは強いからな。事前に教えていても、防げなかったと思うし」

「そ、それはそうですが……」

 なにしろ、フェイト一人だけで、呪術協会の結界を破り、本山の人員を全て無力化しているのだ。

「中ボスどころか、ラスボスの可能性もあるんだ。エヴァンジェリンがいなかったら、京都で撃退する事は無理だったんじゃないか?」

 唇を噛んでいるが、もともと実力者なだけに、刹那も状況は把握しているはずだった。

 復活したスクナを撃破したのも、最後の奇襲を防いだのも、エヴァンジェリンがいればこそだ。

「危険もあったけど、それだけじゃないだろ? 修学旅行へ行っていい事だってあったはずだ」

 意図的に話題をそらす。

「確かに、それはそうなんですが……。そのためにお嬢様を危険にさらしてしまいました」

「刹那の気持ちもわかるけど、このかちゃんに聞いてみたらどうだ? 修学旅行に行った事を後悔してるか、って。危険な目に遭った事より、刹那と仲良くなれた事を喜んでくれるはずだ」

 刹那が少しだけ嬉しそうに微笑む。

「お嬢様の事ですから、そう言ってくださると思いますが……」

「よかったな。このかちゃんと仲直りできて」

「しかし、お嬢様は魔法の存在を知ってしまいました」

 関西呪術協会で起きた大量の石化は、『ネギま』と同じく、このかがネギと仮契約を行う事で対処した。

 このかの潜在能力を解放させればそれも可能だと、学園長が高畑先生に助言していたからだ。情報ソースは俺。

 詠春と違って、学園長はこのかに真実を伝えるべきだと考えていたようだ。

 カード目当てでキスしようとしたくらいだし、ネギが相手ならば忌避感は少ないに違いない。ネギは大怪我を負わずに済んだものの、父親を助けるためでもあるし、このかはそれを拒まなかった。

「このかちゃんに一生隠すなんて無理だろ。それに、魔法を学ぶのは早い方がいいって聞いてるぞ」

「それはそうですが……」

「魔法について隠す必要も無くなったんだし、いい事じゃないか」

「はい。少しだけ気が楽になりました」

 刹那が微笑を浮かべる。

「少しだけ? まだ何かあるのか?」

 俺の質問を受けて、刹那が表情を歪ませる。

「高見さんが言っていたじゃないですか。私の正体がお嬢様に知られてしまうと」

「……え? まだ、バレてないのか?」

「……は?」

 刹那は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で俺を見る。

「あ、あの……。それは一体、どういう意味でしょうか?」

 刹那は狼狽えながら尋ねてきた。

「京都で正体を明かしたんだよな?」

「私の秘密は京都の事件で知られるはずだったんですか!?」

「このかちゃんを助けるために、どうしても力が必要になったからな。その時に、ネギもアスナちゃんも受け入れてくれたんだ」

「そ、そんな……。魔法先生もいましたし、皆の前で正体を明かすなんて、とても……」

 魔法先生の仕事は退魔師とは少し違うらしいが、それでも、人外であると知られるのは避けたかったのだろう。

 問題は、そのような状況に陥った経緯だ。

「『ネギま』だと、魔法先生の助けはなかったからなぁ。援軍はエヴァンジェリンと茶々丸だけだった」

 このあたりの変化は、俺の教えた情報が原因となっている。あえて言及するなら俺のせいだ。

「では……、私は烏族である事を明かすチャンスを失ったという事ですか?」

 茫然自失といった呈で、彼女の視線が宙空を彷徨う。

 このか達と仲良くなるという未来図を聞かされていただけに、みすみすその機会を失ったことを受け止めきれないようだった。

「今から話したらどうだ?」

 ビクッと刹那が体を震わせて反応する。

「そんな事はできません! それができるくらいなら、とっくにお嬢様へ告白しています」

『ネギま』では他に方法が無く、やむを得ず正体を明かしている。それだけならば、事前に示唆しておいたし、抵抗感も薄かったに違いない。

 だが、自分から告げるとなると、不必要な危険を冒す事になる。彼女が怯むのは当然だった。

「でもなぁ、教えるとしたら今しかないと思うんだ。仲良くなってからだと、余計に話しづらくなるんじゃないか?」

 彼女たちは修学旅行後、急速に仲良くなったはずだ。あれは、秘密を明かしたという信頼感や、秘密を共有する連帯感もあったと思う。

「ですが……」

 刹那の苦衷がどれほどのものか、平凡な人生を送ってきた俺に察する事は無理だろう。

 だけど、よかれと思う助言をする以外、俺にできる事などないのだ。

「このかちゃんは本当に気にしないぞ。天使みたいだって誉めてたくらいだ。アスナちゃんもネギも絶対に受け入れてくれる。それでもダメか?」

「…………」

 生まれてからずっと拒絶され続けてきた刹那の心に、俺の言葉は届かない。

「こうしよう。今週末に、刹那はこのかちゃんとアスナちゃんとネギに正体を明かす。それができなかったら、刹那の替わりに俺が話す」

「高見さんっ!」

 刹那が思わず怒鳴りつけていた。

 怒りの視線を向けられて、内心はビビっていたが、俺は踏ん張った。偉いぞ俺。

「だ、大丈夫だって。うまくいくのがわかってるんだ。面識のない俺が教えても、絶対に刹那の事を受け入れてくれる」

 睨みつけてくる少女の説得を試みる。

「だけど、それを俺に任せてしまっていいのか? このかちゃんの事だから、真相を伝えればむしろ感謝してくれると思う。自分の口で説明して仲良くなれるチャンスなのに、俺に奪われてもいいのか?」

 刹那の瞳が揺れた。

 拒絶される事を怖れて、踏み込めずにいる少女――。

 その様子になぜか既視感がある。

「……ああ。あれか」

「え?」

 怪訝そうに見返す刹那を前に、あの言葉を思い返した。

「ある魔法使いが言ってたんだ。どんなに優秀な魔法使いだってできない事はある。自分を奮い立たせるちっぽけな勇気こそが、本当の魔法なんだって」

「誰の、言葉ですか?」

「ネギ・スプリングフィールド。アスナちゃんが落ち込んでいた時に、そう言って励ましたんだ」

「ネギ先生が?」

 親しい相手の言葉と知って、少しだけ刹那の瞳に力が戻る。

「このかちゃんとは疎遠だった分を取り戻すように仲良くなれる。アスナちゃんにも剣道を教えたりしてずっと親しくなれる。京都の事件を変えてしまった事が、刹那達の関係を裂いたみたいで罪悪感を感じるんだ。俺のためとは言わないけど、告白して欲しい」

 俺に限らず、『ネギま』の読者がいたなら、もどかしく感じる事だろう。成功するのがわかっているのに、刹那は踏み出せずにいるのだから。

 来週には、刹那の口からうまくいったという報告がもらえるはずだ。そう信じたい。

 

 

 

 ……俺も人の事は言えないか。

 今度、クウネルに夢の話をしてみよう。

 その結果がどうであれ、俺も事実と向き合わなければならないのだから。

 

 

 

  つづく

 

 

 

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