『ネギま』と俺 (6)古都の宴
いよいよ、修学旅行最後にして最大のイベントが始まろうとしていた。もちろん、俺抜きで。
フェイトが本山の結界に侵入できるのは、『明確な事実』だ。フェイト達は行動を起こすと見てまず間違いない。
学園長は呪術協会に対する事前の警告を、初めから断念していた。下手に知らせても、魔法協会の謀略と邪推されるだけだろう。事前に戦力を投入するのも、いらぬ疑念を招く事になる。
刹那にもリョウメンスクナについては伏せてあった。せいぜい、本山に過激派が潜入しているかもしれないと、学園長が注意を促しただけだ。
このかが連れ去られたとしても、リョウメンスクナの召喚と制御に必要なのだし、むしろ彼女の身は安全なはずだった。時間的な余裕もないため薬を使われるような事もないだろう。
関西呪術協会が陥落したタイミングにあわせて、学園長は援軍を派遣する計画を立てていた。本山が制圧された状況なら文句も出ないし、助けてやれば恩も売れる。
『たまたま』囲碁の対局をしているエヴァンジェリンに助っ人を依頼し、彼女が使用する転移ゲートを利用して、『別件で』待機させていた魔法先生達を京都へ送る予定なのだ。
高畑先生が海外の仕事をキャンセルできなかったのは痛いが、3−Aの面子とエヴァ達で切り抜けられる状況なのだから、戦力が追加された今回なら大丈夫だと思いたい。
「まだいたアルか?」
「ん。まあな」
ロビーへ顔を出した古菲に答える。
俺はロビーにいる口実として新聞を開いていたものの、今は楓と雑談しているところだった。
楓との会話内容は修学旅行でのあれこれで、特筆すべき内容はまったく無い。むしろ、そのような会話をするために、彼女がここへやってきたのが不思議なくらいだ。
何か彼女の注意を引くようなマネでもしたのだろうか? なんせ、楓だもんな。察しが良かったり、深読みしていてもおかしくはない。
俺自身がこのかをつけ回していると疑っているとか?
パーララパラララパララララー♪
ロビーに響いたのは、電子音によるゴッドファーザーのテーマ曲。
楓が携帯電話を取り出して耳に当てた。
『ネギま』の経緯をなぞるなら、通話相手は夕映のはずだ。
楓は俺の様子を伺いつつ、相手から詳しい話を聞き出している。
電話を切った彼女が俺に問いかけてきた。
「高見殿も同行するでござるか?」
「……はあっ!?」
思わぬ言葉を耳にして、驚きの声を漏らす。
「な、なんで?」
あんな場所へ同行するなんて御免こうむる。何もできず、逃げまどい、運が悪ければ死んでしまうのだ。俺があの場にいても脚を引っ張る事しかできない。
心底驚いている俺の顔を見て、楓が苦笑した。
「冗談でござるよ」
夕映はこのかと同じ班だから、それで俺を誘ったのかもしれない。俺がこのかを心配しているのなら、同行すると考えてもおかしくない……かも。
「拙者達は少し外出するでござるが、皆には伏せてもらえるとありがたい」
「わかった。誰にも言わない」
嘘だけど。
ホテルの自動ドアをくぐる楓と古菲の後ろ姿を眺め……。
「……えっ!?」
俺は慌てて追いかけていた。
「ちょっと、待った! 二人だけで行くつもりか?」
動揺している俺を見て、二人は不思議そうに尋ね返す。
「そうでござるが?」
「どうしたアルか?」
「二人だと危険なんじゃないか? せめて、もう一人ぐらい……」
「やはり、高見殿も行く気になったでござるか?」
「いや。俺以外で」
本来なら龍宮真名も同行するはずなのだ。
あの戦力が欠けると非常に不利に思えて焦ったのだが、実際はどうなのだろう?
今回は魔法先生が協力するはずだし、心配はいらないのだろうか?
「玄関の前で何を話し込んでいるんだ?」
ホテルに帰ってきた一人の少女が楓に声をかけた。長い黒髪に褐色の肌でギターケースを肩に担いだ少女である。
「ちょうどいい所へ。真名にも手を貸してもらえるとありがたい」
「ふむ。話を聞こうか」
「細かい説明は道中でするでござるよ」
楓が俺を振り返る。
「これで三人でござるが?」
原作通り龍宮も同行するなら安心だ。
「それなら大丈夫だ。気をつけてな」
三人を見送った俺は、すかさず楓との約束を破ることにした。
取り出した携帯電話の通話先は学園長だ。
「高見ですけど、楓ちゃん達が現場へ向かったみたいです」
楓と古菲の参加は学園長も容認していた。あの二人の実力ならば、身を守る事も可能だからだ。
夕映の電話も楓達の対応も、学園側として妨害が難しいという事情もあった。
『ふむ。この電話が第一報じゃよ。ネギ君からの連絡はまだ入っておらん。そうそう。仕事が早めに片づいて、ついさっき、タカミチが到着したんじゃ』
「それなら安心ですね」
『そうじゃな。いろいろと手配もあるし、これで切るぞい』
「わかりました」
学園長の仕事はこれからが本番である。戦力投入はまだしも、ハンコ押しの無限地獄が待っていた。
ちなみに、事前に魔法陣を効率化させているため、その効果は10倍にまで跳ね上がっていた。5秒に1回のハンコが、50秒に1回で済むのだ。……あまり、変わらない気もするが。
逆に俺の仕事はこれで終わりだ。持ってきた予備の親書も、人の目に触れないままだ。
やっぱり無駄足だったよなぁ。
そんな俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、声をかけてくれた人物がいた。
「高見君。今夜も一杯どうだい?」
その声に振り向いて、驚いた。
「……なんでここにいるんですか?」
「なんでって……。もう、酔ってるのかい? 修学旅行の引率に来たんじゃないか」
瀬流彦先生が苦笑を浮かべる。
いやいや、そうじゃないんですよ。
「仕事の方はいいんですか?」
「今日も自由行動だったしね。生徒達も疲れたのか大人しいものだよ」
どうも、瀬流彦先生には呪術協会について、連絡が入っていないらしい。これほどの大事件だというのに、情報を知らされず、蚊帳の外。
学園長も忙しいだろうし、そこまで気が回らないのだろう。
敵の目的も明らかなので、こっちの危険性がゼロという事情もある。
しかし、俺の口から説明するのはためらわれた。俺みたいな魔法初心者が、瀬流彦先生よりも先に事情を知っているのも変だし。
「そうですね。一緒に飲みましょうか」
本筋に絡めないモブキャラ同士、やけ酒に浸るのもいいと思った。
四日目。
俺の部屋で酔いつぶれた瀬流彦先生は、寝坊しただけでなく、自室にいなかった事で騒ぎになってしまった。
新田先生に説教されている姿は涙なしには語れない。
俺が眠っている間に、学園長から留守電が入っていた。『みんな無事』との連絡だった。
改めて電話をかけ直して、詳しい事情を教えてもらう。
実際に現場へ向かったのは、高畑先生の他にグラヒゲ先生と刀子先生と弐集院先生だ。
エヴァンジェリン達の助勢もあり、概ね『ネギま』通りの結末となったようだ。
ネギが魔法先生の存在を早く知る事になったものの、問題とはならないだろう。そもそも、10歳児に仕事を任せすぎだし、放任しすぎなのだ。
魔法先生の活躍もあって、千草と小太郎と、さらには月詠まで拘束できたらしい。唯一、取り逃がしてしまったのが、フェイトだった。
フェイトの真の実力は、高畑先生でも及ばない可能性があるので、これは仕方のない事だろう。
『ネギま』ではフェイトが再登場するのも、ずっと先のはずだった。
修学旅行はもう一日残っていたが、おそらく、戦いが発生することは無いだろう。もし戦闘になったとしても、その情報を俺は持っていないし、俺の手に負えるはずもない。
そんなわけで、俺は一足先に学園へ戻る事にした。