『ネギま』と俺   (5)京都旅行

 

 

 

『ネギま』を知っている学園長としては、修学旅行の前にしておかなければならない仕事がある。

 ネギと刹那の顔合わせだ。

 現地で揉めたりしないように、不安の種は取り除いた方がいいだろう。

 学園長としては、京都神鳴流という流派名だけで、刹那をスパイとして疑うなど予想していなかったようだ。高畑先生も知っている情報なのだし、カモやネギみたいに疑う方に無理がある。

 とはいえ、ネギの10歳という年齢を考えれば、多くを求めるのにそもそも無理があったのだ。

 また、学園長は関西呪術協会所属の魔法使いが使いそうな、『一般的』な戦闘方法についてもネギに教えておいたらしい。

 例えば、紙を使用する式神という術では動物を模した使い魔を使役するとか。

 例えば、敵を閉じ込めるための結界を張る方術の存在について。

 例えば、妖怪の血を引く狗族や烏族が体力や気力に優れている事。

 例えば、気を纏う京都神鳴流の使い手は様々な武器や複数の武器を扱える点。

 例えば、関西呪術協会に西洋の魔法使いが助力している可能性。

 エヴァンジェリンのような事例もあるので、相手が若く見えても油断しないように念押ししたのも、あくまでも『一般論』である。

 

 

 

 初日。

 

 

 

 俺も京都行きの新幹線に乗っている。3−Aの一つ後ろの車両だった。

 トイレに行く時などは3−Aの賑やかさがよくわかる。隣の車両にまで声は聞こえてこないため、新幹線の遮音性は見事だと思う。

 ここまで聞こえたのは、彼女たちの悲鳴だった。一人二人ではなく、クラスのほとんどが悲鳴を上げたのだろう。

 読んでいた雑誌から視線を上げると、前方から飛んできた白い物が視界を掠める。続けて、スーツ姿の少年が扉を開けて駆け込んできた。

「おぉー」

 思わず声を漏らしていた。

 俺になどまったく注意を払わず、赤毛の少年は車両を駆け抜け抜けていく。カエル騒動に紛れて奪われた親書を、追いかけているのだろう。

 遠目で見かけた事はあったが、はっきりと顔を見たのはこれが初めての事だ。確かに、知性と幼さが同居している女性受けしそうな顔に見えた。

 しばらくすると、ネギの向かった後方の車両から、竹刀袋を担いだ少女が歩いてきた。

 後ろ姿を見送る俺の視線に気づいた刹那は、振り向いて俺の姿を確認すると、軽く会釈してそのまま歩き去って行った。

 俺も同行する事は最初から伝えてあったが、学園長からは接触しないように言い含められているのだ。旅行中に会話することはまずないだろう。

 実務的な面で相談しても、俺がなんの助力もできない事は彼女も知っているのだから。

 

 

 

 京都に到着してからは、彼女等の乗る観光バスを、タクシーで追いかけたり先回りしながら、観光地巡りに同行した。

 麻帆良女子中一行の後を、距離を空けてついていくだけだ。彼女等に降りかかったイタズラの幾つかを、野次馬根性でただただ見届けていた。

 俺は学園長に明言した通り、完全にノータッチである。敵の注意を引きつけるという無謀なマネは、絶対にしないと心に誓っているのだ。

 その夜には、名前も覚えていない眼鏡のねーちゃんの襲撃と、その撃退があったようだが、俺はまるで気づかなかった。経緯を知ったのは翌日の事だ。

 ネギと刹那が協力関係にあるため、符術士はこのかのお尻を一発も叩けず、追い返されたらしい。

 このかが標的にされると刹那は事前に聞かされていたため、修学旅行への参加そのものに反対したようだが、このかに修学旅行を諦めさせるのが難しい事と、『ネギま』では無事だった事を理由に、学園長が押し切る形となった。

 孫を大切に思っているのは彼も同じだが、関東魔法協会理事としての立場から、フェイトを放置しておけないと考えたのだ。

 フェイトのネギに対する悪意は、修学旅行で殴られた事が原因に思えるが、彼等の因縁はナギにまで遡れるようだ。それを考えると、修学旅行を回避したところで、いずれはネギ達と激突することになるだろう。

 学園長は、この機会にフェイトを捕獲しておきたいと考えていた。

 

 

 

 二日目。

 

 

 

 奈良公園まで同行したものの、見晴らしが良すぎて、ネギ達の近くに寄るのは諦める事にした。

 のどかの告白イベントを双眼鏡で眺めていただけだ。それに気づいた刹那から、レンズ越しに睨まれてしまった。

 ホテルのロビーで、背が高く髪をアップにしている少女がオコジョを連れていた。あれは朝倉で、『ネギま』と同じく魔法がバレたのだと思われる。

 犬だか猫だかを助けた場面なので、学園長の注意も忘れて咄嗟に使ってしまったのだろう。

 俺は廊下で瀬流彦先生と遭遇し、一緒に酒盛りをする事になった。

 刹那の場合は呪術協会に面が割れているが、瀬流彦先生の場合はその心配が無い。彼は俺が親書の控えを持っている事も教えられている。

『親書の控えを瀬流彦先生に預ければよかった』と思いついたのは出発した後の事だ。

 瀬流彦先生は、ネギを除けば一番若い事もあって、教師仲間とでは気疲れするようだ。いろいろと愚痴を聞かされた。

 就寝前にホテル内をうろついてみたが、3−Aの少女達を見かけることはなかった。『ラブラブキッス大作戦』が企画以前の段階で潰されたためだ。

『オコジョ妖精が仮契約の成立で報酬を得ている』件について、学園長は事前にネギへ警告していた。

 一般人を相手に仮契約する事は、魔法をバラす事と同じであり、使い魔の監督責任としてオコジョ刑の適用もあり得ると。

 カモも説明を受けて肝を冷やしただろうし、無茶な仮契約は自粛したはずだった。

 

 

 

 三日目。

 

 

 

 俺は太秦のシネマ村観光を楽しんだ。

 園内では美少女集団を何度か見かけたものの、顔を見ただけでは3−Aの生徒なのか判別できなかった。制服姿ではなく、仮装済みだったのでなおさらだ。

 本来ならば、刹那やこのかが逃げ込んでくるはずだったが、見物しやすそうなこのイベントは発生しなかった。

 ネギ達はホテルの出発前に打ち合わせて、最初から本山へ直接向かっていたのだ。俺はそんな事も知らずに、待ちぼうけしていたというわけだ。

 彼らは途中の石段でなんとか言う結界にぶつかったが、同行していた刹那が先に気づき、うまく対処したらしい。直接的な妨害もあったのだが、本山の目の前では敵もあまり派手な事はできず、簡単に突破を許してしまった。

 荷物の中にGPS携帯を仕込まれていたとかで、刹那は本山まで朝倉達を案内することになった。門の前から直接電話されては追い返す事もできない。

 このあたりは、学園長からの又聞きだ。

 

 

 

「ムムっ? どこかで見たような気がするアル」

 ロビーで新聞を読んでいた俺に、話しかけてきたのは古菲だった。

「なーにー? 逆ナン?」

 短髪の少女が面白そうにからかう。……誰だっけ?

「思い出せないアル」

 ムムムと古菲は首を傾げている。

「超包子の常連ネ」

 言い当てたのは、髪をお団子にした少女だ。超包子で見かけているので、これは超のはずだ。

「おおっ! そうだったアル!」

「そう言えば……」

「そうですか?」

 ぽっちゃり体型の五月が頷き、デコと眼鏡が特徴的なハカセは首を捻った。

 ニンニンと笑みを浮かべている長身はもちろん楓だろう。

 ……短髪の子はだれだ? 他にも超包子の関係者はいたっけ?

「大きい声じゃ言えないんだけど、学園長に頼まれたんだ」

 気づかれた以上、彼女たちからストーカー扱いされるのは避けたい。

「何をアルか?」

 尋ねたのは古菲だったが、他の子も興味を示す。

「修学旅行中に、このかちゃんが変な連中に絡まれたりしないか心配してた」

 もちろん、でっち上げだ。他に理由が思いつかなかったのだ。偶然、同じホテルというのもありえないだろう。

「学園長には世話になっているから、断り切れなくてさ。本人達には内緒にしておいてくれ」

「任せるアル。私達は口堅いアルよ」

 古菲が信用しづらい保証をしてくれた。悪気は無くとも、彼女がぽろっと漏らす事例を俺は知っている。

「このか達は部屋アルか?」

「いいや。今日は帰ってこないはずだ」

「それじゃ、職務怠慢アル」

「このかちゃんは京都生まれで、実家に泊まるらしいんだ」

「それは知らなかったアル」

「このかサンの口調を考えれば、ありえる事ネ」

 合点がいったのか、俺との会話を切り上げて、彼女達が部屋へと向かう。

 古菲達が交わした雑談の中に、最後の一人の名前が登場した。

「そうか! 美空も同じ班だったのか……」

 超包子との関連も薄いし、何より、本人が目立たない。

 俺が即座に思い出せなかったのも当然と言えよう。

 

 

  つづく

 

 

 

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