『ネギま』と俺 (4)茶飲み話
俺としては、『働かずにすむならそれでもいいかなぁ』くらいに思っていたのだが、学園長から非常に冷たい視線を向けられたため、一応は仕事をする事になった。
その内容は夜間の警備員。
魔法先生が任される特殊な仕事ではなく、世間一般で言うところの警備員だ。
学園に雇われて、寮のある区画を巡回している。可能性の一つとして、魔法的な事件が発生したなら、瀬流彦先生へ連絡するように指示されていた。
夜の11時から朝5時までの間に3回巡視する事になっている。
俺は夜勤というのに慣れていないので、無理を言って一日おきのシフトをお願いし、これで月20万円の稼ぎだ。
俺はたまに学園長室へ招かれて、お茶菓子をご馳走になる。羊羹とか最中とか煎餅とか饅頭とか。
学園長ともなれば、来客からお土産をもらう機会も多いのだろう。
話題は自然と……、いや、むしろ『ネギま』に関して話をするために呼ばれているのだ。
俺は魔法に関する知識も、協会に対する権限も持っていない。それを考えれば相談相手には向かないと思うのだが、この件についてだけは事情が異なる。
優秀な魔法使いであっても、『ネギま』について討論するわけにはいかない。頼りになりそうな高畑先生にすら伏せているくらいだ。
相談と言っても、学園長の考えが行き詰まりそうになった時の、ガス抜きと言った意味合いが強い。
新学期が始まったということもあり、エヴァンジェリンの名が会話に登場した。
「彼女がナギにこだわっているのは知っておったが、まさか、ネギ君を狙うとは予想しておらんかったよ」
とは学園長の弁。
「愛憎は表裏一体と言うがのう。どうやら、ネギ君が幼いという事実よりも、ナギへの想いの方が強かったようじゃ」
「それじゃあ、エヴァと戦わせる予定はもともと無かったんですね?」
『ネギま』では魔法協会の設定が明かされたのは、修学旅行の直前である。まさか、『後付け設定だから対処していない』という返答にはならないはずだ。本当に後付け設定なのか、俺には知る由もないのだが。
「そのつもりがあるなら、ネギ君にはもう少し手を貸しておるよ。戦闘のイロハも教えず、従者も与えず、エヴァンジェリンと戦わせるのはさすがに酷じゃろう」
『ネギま』ではそれを教えたのがエヴァンジェリンであり、カモがいなければ仮契約もできず、アスナが従者となったのも成り行きにすぎない。
「それで、エヴァンジェリンの件はどうするつもりなんですか?」
「ネギ君に倒してもらうつもりじゃよ」
「……は? 話の流れがおかしくなってませんか? それは無茶だって言ったばかりじゃないですか」
ふぉっふぉっふぉっ。
学園長はお馴染みの曲者笑いを浮かべている。
「エヴァンジェリンに自由に動かれては、さすがに制御が難しいじゃろう。しかし、幸運にも、彼女の目的と手段がわかっておるんじゃ。これならば、対処できるとふんでおる」
以前にも説明したが、学園長はアスナへの魔法バレと、仮契約を黙認している。
「危険じゃないですか?」
「エヴァンジェリンの事じゃから、口でどれほど脅そうが、本当にネギ君の命までは奪うまい」
学園長と高畑先生は登校地獄をかけられた当初から、エヴァンジェリンとのつきあいがある。そのぐらいの信頼はあるのだろう。
「彼女にとっても、『ネギま』の結末が一番望ましいと思うんじゃよ。ネギ君の優しさに触れた事で、クラスメイトにも少なからず心を開いておるようじゃ。15年もここへ閉じ込められておるし、たまには羽目を外したくなっても仕方あるまい。ワシらの手で解放してやる事もできんし、多少の便宜を計るのが関の山じゃ」
「サポートぐらいはするんですよね?」
「うむ。頼める人間は限られておるがのう」
そして、桜通りの吸血鬼事件が発生する。
吸血行為そのものは黙認しても、被害者に対する記憶操作と吸血鬼化への対処は確実に行われた。
エヴァンジェリンを呼び出して厳重注意を行ったが、まるで堪えていないらしい。
ネギと遭遇する発端こそ、のどかではなく一般生徒に変わっていたが、その後の経緯はほとんど『ネギま』と変わらなかった。
停電を待って、エヴァンジェリンとネギが激突する。ただし、まき絵の血はきちんと浄化されているため、戦いに巻き込まれることはなかったようだ。
学園を覆う封印結界については、ハッキングされることもわかっていたため、ネットワークから独立した開閉器を設置して、遠隔操作での切り替えを可能にしていた。
つまり、いつでもネギを援護できるようになっていたのだ。ネギが諦めたら終わってしまうが、そこは彼の頑張りに期待するしかない。
俺は遠目に見るだけなら安全だろうと考えて、わざわざ川まで見物に出向いていた。
しかし、遠すぎてよく見えない。
橋の上の攻防は、小さな花火程度にしか見えず、少々物足りなかった。
「高見さん。どうしてここにいるんですか?」
突然、声をかけられて仰天する。
背後に立っていたのは刹那だった。
「……星でも見ようかと思って」
俺の返事を受けて、刹那はジトっとした視線を向けてきた。
「学園長の指示で、私はネギ先生を、高畑先生はエヴァンジェリンさんを、停電の前から監視していました。これも『ネギま』に書かれていたんですね?」
「ああ。そういう事だ」
俺の答えに刹那がため息をついた。
「高見さんはすぐに帰ってください」
「いや、でも、これからがいいところなんだ」
ここで帰っては無駄足だ。
「高畑先生にも気づかれてます。部外者を追い返すことができなかった場合、その理由を説明する事になりますが、よろしいですか?」
悪い事をしているつもりはないが、学園長との約束もあるし、俺が注意を引く行動を取るのはいろいろとまずそうだ。
「仕方ない……か」
後ろ髪を引かれながらも、俺はその場を後にした。
ネギとエヴァンジェリンの魔法が拮抗したところで、高畑先生は封印装置を再起動させたらしい。そのまま続行した時に、ネギがクシャミをしたかどうか、それは誰にもわからない。
予定通り、ネギの勝利で決着がついた。ネギが未熟なのはエヴァンジェリンにもわかっていたことなので、日を改めて叩き潰そうとまでは考えていないようだ。
一応は友好的な関係を結べたらしい。
俺が学園長に呼び出されたのは、その翌日である。
内緒で見物に行った事で叱られるのかと心配していたが、学園長の用件は全く別なものだった。
「いくら広いとは言え、学園の中にばかりいては飽きるじゃろう。たまには遠出でもしたいとは思わんかの?」
「俺はインドア派なんですよ」
俺はネットをしていれば、それで満足できるようなお手軽な人間なのだ。
中古のノートパソコンを買い込んで、ネットを楽しんでいる。職員用の宿舎なので、LAN回線も引かれていた。
俺のお気に入りは、『ちうのホームページ』。コスプレ写真やら書評やら、いろいろと楽しめる。人気があるのも当然だと思った。
掲示板にも書き込んだことがあって、ちう本人からレスまでもらっているのだ。
「旅行先は京都なんてどうじゃな?」
「京都って……、修学旅行絡みですか?」
「言った通り、単なる旅行じゃよ。もちろん、必要経費はこちら持ちで、小遣いも渡そう。まあ、泊まる宿と日程は指定させてもらうがの」
事前の調査とか調整などではなく、修学旅行自体に同行させるつもりらしい。
「えーと……、俺が全く魔法を使えてないのは瀬流彦先生から聞いてませんか?」
平々凡々と生きてきた俺は、未だに魔力の『ま』の字も認識できていない。
「それは聞いておるよ。うまくいかずとも腐ったりせんようにな。地道な練習は必ず実を結ぶものじゃ」
「慰めはいらないですよ。俺は魔法に関して、全く役に立たないって言ってるんです」
「その方が都合がいいんじゃよ」
「え?」
「君も知っておるじゃろう? 修学旅行の引率には、他の魔法先生は同行できんのじゃよ」
「だけど、瀬流彦先生が一緒だったはずじゃあ……?」
「それは初耳じゃな」
「言ってませんでしたっけ?」
まあ、瀬流彦先生に関する事なら、伝え忘れがあっても仕方ないと思う。
「瀬流彦君が同行した事については、『ネギま』では問題にならんかったのかのう?」
「『ネギま』では全く問題視されてませんでした。瀬流彦先生が魔法先生だと判明したのも学園祭の頃だったし」
「瀬流彦君はまだ大きい仕事に参加しておらんからな。顔と名前が知られていない事を考えれば適任かもしれん」
「生徒を守っていたらしいですよ」
「ふむ。敵の実体がわからん以上、その判断も間違いとは言えんのう」
「それなら、俺なんか使わなくても、瀬流彦先生で十分じゃないですか?」
「それとこれとは別じゃよ。なにも、君に戦いの場に出てもらおうとは思っておらん。現場にいて、『ネギま』との違いがあった時や、なんらかの予兆に気づいた時に、連絡をして欲しいというだけなんじゃ」
「だけど、本っ当〜に何もできないですよ。戦いが起きても、始まりから終わりまで、まるで気づかないかも知れない」
謙遜でもなんでもない。
戦いを手助けするどころか、絶対に足手まといになるはずだ。この点においては、自信を持って断言できる。
「それも考え方によっては長所となるんじゃよ。魔法使いとして疑われる可能性が低く、その一方で、魔法を隠さずに協力してもらえる」
「目的はあくまでも京都観光。そのついでに様子を見るって程度でいいんですよね?」
やはり、どうしても念を押しておきたい。
「心配性じゃな。さっきからそう言っておるじゃろう。それと、親書をもう一通したためておくから、ついでに持って行ってくれるとありがたい」
「俺が持って行くんですか!?」
それでは無関係どころの話ではない。
あんな連中に狙われるなど御免被る。
「あくまでも予備じゃよ、予備。ネギ君が奪われた場合、向こうで刹那君に渡してくれればいいんじゃ。一般人に持たせるのが、この場合は一番安全じゃからな」
こうして、俺の京都行きが決定したのである。