『ネギま』と俺   (3)世界の裏側

 

 

 

『ネギま』世界へと迷い込んだ俺は、登場キャラとの接触が可能な状況にある。うまく立ち回れば恋愛関係に持ち込む事も可能……だとは思う。

 俺にオタク気質があるのは認めるが、嫁と言い張るほど好きなキャラはいなかったため、余計な行動は慎もうと考えていた。

 学園長へ渡した情報の精度を上げるためにも、不確定要素を追加するの自粛したい。

 そんな俺だったが、少しぐらいは『ネギま』世界を楽しんでおきたいとも思うのだ。

 そこで、この世界らしさを堪能するべく、学園長に願い出たのはこんな要望だった。

『魔法を学んでみたい』

 所詮は興味本位なので、許可がおりるか心配していたのだが、意外にもあっさりと承諾してくれた。

 後で知ったのだが、その理由は二つ。

 一つ目は、俺が本当に魔法を使えないか確認するため。魔法使いでない事の証明である。

 もう一つは、俺の『ネギま』知識が今ひとつあやふやな事もあり、思い出すためのきっかけ作りだった。

 さっそく次の土曜日には、魔法教師を手配すると言ってくれた。

 時間の融通が利く魔法生徒でも構わないと伝えたが、魔法への理解度が違うから、魔法先生の方が適任だと言われてしまった。

 ここはやはり高畑先生だろうか? はたまた、ガンドルフィーニ先生? もしくは、グラヒゲとかヒゲグラとか言われていた先生?

 想像を楽しんでいた俺の前に現れたのは、瀬流彦先生だった。……いたなぁ、こんな人。

 本人には悪いが、一番印象に薄い魔法先生なので、俺は逆に驚いていた。

 

 

 

 瀬流彦先生が持参したのは、先端に星の模型がついた細い杖と、日本語で書かれた『初等魔術のための教本』である。

 教え方そのものは、ネギと同じだったと思う。

 杖も教本も道具に過ぎなくて、活用できるかどうかはあくまでも本人次第だ。

 言われた通りに、呪文を唱えながら杖を振ってみる。

「プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)」

 …………。

 何も起きなかった。

 数回繰り返しても、結果は変わらない。

「悪いけどそれが当然だよ。基礎中の基礎だけど、普通ならできるようになるまで数ヶ月はかかるものなんだ」

 瀬流彦先生が俺を慰める。

『ネギま』では、魔力の高いエヴァンジェリンの別荘内でも難しかったはずだ。

 俺に平均的な素質が合ったとしても、数ヶ月先だと覚悟しておくべきだろう。

「大人になってから初めるんだし、難しくても仕方がないよ。どんなに素質があったとしてもね」

「年齢も影響するんですか?」

「うん。本来なら、子供の頃に済ませておくはずの練習なんだよ。大人になると、感覚が鈍ってしまうし、常識が枷になってしまうんだ」

「諦めた方がいいですかね?」

「難易度が上がるというだけだよ。どんな分野だって、成功させるためには練習が必要だからね。自分にできると信じるのがコツかな」

 そんな風に励ましてくれた。

 

 

 

 ある日、超包子に古菲の姿がなかった。

 茶々丸に尋ねてみると、

『テスト勉強』のための欠席という返答が帰ってきた。

 図書館島の遭難は、学園長の主導で行われたイベントである。『ネギま』から改変する必要は特にないため、そのまま同じ展開となったようだ。

 刹那によると、学園長は喜々として準備をしていたらしい。

 テスト発表日に『学園長がするであろう集計ミス』についても教えてあったため、それは再現せずに済んだようだ。

 元ネタと思われる映画を見たときに、俺は非常に腹を立てた覚えがある。

 正しく集計を終えていたくせに、本来は一位の者を落胆させたり、二位だった人間をぬか喜びさせたりと、生徒を弄ぶようなマネは教育者のすることではないと思うのだ。

 俺が生徒だったなら、あのじじいを後ろから殴りつけただろう。

 

 

 

 ネギ達が『合宿』を終えた後に、俺は図書館島を訪れていた。

 学園長に渡された地図を頼りに最短コースを辿っていくと、開けた場所で上方から舞い降りて来る巨大な生物がいた。

 ドラゴンだよ、ドラゴン!

 出るとわかっていたけど、正直ドラゴンを舐めてました。

 フィクションでは見慣れた存在だし、ゴジラほど大きいわけでもない。そのあたりは、マンガなんかに毒されていて、危機感が薄れていたのだろう。

 実際に目にするまでは、見るのを楽しみにしていたのだが、考えが甘かった。

 例えば、どんなに人に馴れていたとしても、虎に近づきたいなんて誰も思わないはずだ。

 それなのに、俺は地上最大の生物の前に立っている。いや、『ネギま』世界にならもっと大きな生物がいるのかも知れないけど。

 棒立ちの俺の前にドラゴンの顔がぬうっと突き出された。

 ドラゴンの鼻息が熱気となって俺の身体を打った。

 我に返ると、震えた手で学園長に渡されている招待状を取り出して、ドラゴンの目の前で開いてみせる。

 それだけで俺の通行を許してくれた。

 

 

 

「ようこそ。匠君」

 にこやかに出迎えてくれたのは、図書館島に居を構えている涼しげな容貌の魔法使いだ。

「よろしくお願いします。クウネルさん」

「クウネル?」

 不思議そうに問い返された。

「……ああ、そうか。アル……、アル、あれ? アルベルト? アルビオン?」

 学園長と話した時には覚えていたはずだが、ど忘れしてしまったらしい。

 俺の言いたい事を察して、本人が名乗った。

「アルビレオ・イマです。それよりも、そのクウネルというのはなんですか?」

「『ネギま』ではクウネル・サンダースと名乗ってたもので」

「クウネル・サンダース。……いいですね、その名前。私もこれからそう名乗りましょう」

「そんな必要はないと思いますけど」

「あなたはさっきと同じように、私の事はクウネルと呼んでください」

 ツボにでも入ったのか、やたらと気に入ったらしい。こうなると、命名したのは俺になるのか?

「学園長から聞いていますよ。他の世界からやって来たとか」

「はい。正確なところはわからないんですが、そうなんじゃないかと……」

「まず、それが事実なのか確かめるために、あなたの記憶を覗いてみたいのですが、よろしいですか?」

 クウネルのアーティファクトであるイノチノシヘン(ラテン語名は覚えてない)は、他人の人生をコピーするという力だったので、それを使用するつもりなのだろう。

「お断りします」

「……おや?」

 きっぱり拒絶すると、クウネルが怪訝そうに俺を見た。

「あなたは自分の世界へ戻るために、私の元へ相談に来たとうかがっているのですがね」

「記憶を覗くってのは、俺の人生を写し取るって事ですよね? さすがにそれは……」

 俺の人生など十把一絡げな代物だ。自慢できるようなものではない。人に覗かれるのは恥ずかしい……、いや、悔しいとか情けないと言った方が正確かもしれない。

 それに、自分のフラれた記憶とか、エロ本の趣味等を知られるのは、誰だって嫌だと思う。

「ほう」

 クウネルが目を細める。

「あなたの知識が正しければ、私のアーティファクトについて知っていてもおかしくありませんね」

「学園長からは聞いてないんですか?」

「おや、学園長には説明済みでしたか。あの方のイタズラ好きにも困ったものです」

「それはクウネルさんも同じでしょう」

「よくわかってらっしゃる」

 クスクスと楽しそうに笑った。

「学園長からは『ネギま』について、直接聞き出すように言われましてね。確かにあなたに直接尋ねるのは面白そうだ」

 

 

 

 以前にも説明した通り、俺の知識は非常に浅い。

 クウネルの質問にもできる限り応じたのだが、話す内容も尽きてしまった。

「あなたの説では、ここは『ネギま』と酷似する平行世界という事でしたね」

「そう思ってます。人も物もマンガの中の存在には見えないし。クウネルさんだって自分がマンガのキャラだなんて自覚はないでしょう?」

「その自覚はありませんね。ですが、『ネギま』に登場した私も、作品内の登場人物だと自覚したセリフを言っていましたか? そうでないなら、私とそのキャラとに違いはあるのでしょうか?」

「クウネルさんは、やっぱりクウネルさんとしか思えません。だけど、マンガの中に入るなんてあり得るんですか?」

「現実世界とは、神様の見ている夢に過ぎないという説もあるんですよ。世界が実在しているというのは思いこみに過ぎず、世界が実在すると信じこまされた人間が暮らしているだけという、とてつもなく壮大で複雑な夢です。私達が信じる現実も、すごく不確かなものかもしれません」

「よくわからないんですけど、本当に誰かの夢だとしても、俺達の生活に変わりがないならどっちでも同じなんじゃないですか?」

 即物的だとは思うが、世界の成り立ちなんかが俺に理解できるとは思えない。

「それはそれで真理なのですが、そんな結論ではつまらないじゃないですか。もうすこし、想像を膨らませてみませんか?」

「想像って言われても……」

「夢を見ているのは、神様ではなく、あなたなのかも知れませんよ」

「……は?」

「眠っているあなたが見ている夢です。麻帆良へ迷い込んだ夢、私と会話している夢。本来のあなたは、ベッドの上で今もただ眠っているだけなんです」

「もしそうなら、俺が目を覚ませばそれだけで解決するんですよね」

 さすがにそれは無いと思うが。

「これが真相なら、あなたの目覚めの瞬間にこの世界が消滅するかも知れません」

「……冗談ですよね?」

「ええ、冗談です。ちょっとした思考実験ですよ」

 にこやかに返された。

「可能性ならいくらでも考えられます。やはりマンガの中なのかもしれないし、作者である漫画家の頭の中かもしれない。読者達の憧れが生み出した幻想空間という可能性もある」

「クウネルさんが可能性が高いと感じているのはどれなんですか?」

「そうですね。やはり、『ネギま』と酷似する平行世界ではないでしょうか」

「俺と同じじゃないですか」

 長々とした説明はなんだったんだ?

「一つの説にこだわっていては、真実を見過ごす事もあります。多角的に見るのは悪い事じゃありませんよ。そうすることで、新しい何かに気づくかも知れません」

 そうは言っても、俺をからかって遊んでいるだけのように思える。

「あなたから髪の毛と血を採取させていただきます。世界の差異によってどのような違いが存在するか、その辺りから調べるとしましょう」

「はい」

「当面は他の調査を先行しますが、いずれ、あなたの記憶が必要となるでしょう。あなたが本当に帰りたいと望むのなら、記憶を提供する覚悟だけはしておいてください」

 帰れないことで実害を受けるのは俺だけなのだ。それを考えれば、いつかは諦める事になるのだろう。……残念ながら。

 

 

  つづく

 

 

 

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