『ネギま』と俺 (1)知っている場所
俺は麻帆良学園にいる。
何でもない言葉のように思えるが、さにあらず。
確かに、そこらを歩いている子を捕まえて、「俺は麻帆良学園にいるんだ」と告げた所で、目立った反応を示すとは思えない。
「はあ?」「それがどうしたんですか?」「だから、なに?」等々。そんな感じで不思議そうに返されるのがオチである。
しかし、俺にとっては驚天動地の事態なのだ。
なんだって俺はこんな所へ迷い込む事になったのか!?
茫然とするのはもう飽きた。時間の無駄だし。
そこで行動を起こすべくやってきたのは、麻帆良女子中学校である。
正直言って少女達の視線が痛かった。
女子中学校は学園都市でも一番奥に位置しているため、すれ違うのは女子中学生ばかりなのだ。
ちょうど下校時刻ということもあり、道幅一杯に広がって生徒達は駅へと向かう。
俺はその流れに逆らう形で女子中学校へ向かっているのだ。好奇の目に晒されるのも当然のことだろう。
同年齢の女性にだって多少の苦手意識がある俺だから、こんなに若い娘達となると言わずもがなだ。
ようやく辿り着いた女子中学校の前で俺は人を待っている。
俺が会いたいのは学園長なのだが、いきなり訪問して会えるとも思えない。
勝手に入り込むのはさすがにためらわれた。誰一人として知りあいがいないうえ、身の証も立たないのだから、警察に突き出されたら目も当てられない。
訪問先の学園長だって、俺とは全く面識が無いのだし、なにひとつ弁護してくれないだろう。
それで思いついたのは、誰かに学園長を紹介してもらうという方法。
先ほど、四人組の少女を見かけたので、声をかけて幾つかの情報を入手しておいた。
彼女たちはまだ二年生らしい。つまり、全てはこれから始まるのだろう。それに、目的の人物がまだ学校へ残っていることも確認できた。
見知らぬ中学生達の群れの中から、目的の人物を見つけられる可能性は非常に低い。なんと言っても、知っているのは名前だけで、顔を判別できるとは限らないからだ。四人組はそれなりに特徴が合致してたから識別できたけど。
そのため、俺が今探しているのは、ベルの髪留めをした赤毛のツインテールという、目立つ特徴を持った少女だった。
見つけたっ!
幸運にも、その隣には黒髪を腰まで伸ばしている少女も並んでいた。俺が探していたのはむしろこちらの少女なのだ。
声をかけようとして歩き出したところで、その足が止まる。左手首を誰かに握られたからだ。
「ん?」
振り向いた先に、一人の少女がいた。
冷たい印象を与える整った容姿。中学二年生としてはやや小柄。左側だけ髪を結んだサイドポニー。背中に担いでいるのは一メートルを超える竹刀袋。
「あなたに話があります」
桜咲刹那の申し出に、俺は頷き返していた。
「……俺もだ」
人目を避けるつもりなのか、少女に促されるまま、俺は通路の一番端まで移動していた。
「どのような目的でこのかお嬢様に近づこうとしたのか、答えてもらいます」
有無を言わせぬ口調で刹那が尋ねてきた。俺は狼藉を働いたわけではないので、かろうじて口調だけは丁寧だった。
「学園長に用事があったから、このかちゃんに紹介してもらおうと思ったんだ」
「このかお嬢様が学園長の孫だと言う事を知っていて、ずっとここで張っていたのですか?」
刹那の視線が険しくなる。
「ああ。本当は誰でも良かったんだけど、このかちゃんなら頼みを聞いてくれそうだし、学園長も応じてくれると思ったからな」
「内容によっては、私が学園長の元へ案内します。用件を聞かせてください」
「困った状況にあるから、助けてもらいたいというのが用件だ。お礼にいくつかの情報を渡せると思う」
「学園長とは面識も無いようですが、どうして学園長を頼ろうと考えたのですか?」
「ここで一番偉い人だから、かな」
「偉いから……。それだけが理由ですか?」
「……性格的にも、俺の話に興味を持ってくれると思ったんだ」
「なにか、身分を証明する物を持っていますか?」
「名刺は持ち歩いてないけど、免許証でいいか?」
もしもこの世界で免許の仕様が違っていたら、いきなり失敗していただろう。また、実際に警察へ問い合わせされると、偽造と判断されかねない。
刹那は免許証そのものには疑念を抱かず、写真と俺の顔を見比べていた。
「俺が信用できないって言うなら、学園長と話す時に立ち合ってくれてもいい」
免許証を俺に返却しながら刹那が断を下す。
「わかりました。学園長室へ案内します」
「助かる」
安堵のため息を漏らす俺に、刹那が忠告してきた。
「あなたは私が学園長とつながりがある事も、私にそれなりの実力がある事も知っているようですね。それならば、言動には注意を払う事です。私も乱暴な手段は避けたいと思ってますから」
刹那の紹介で俺は学園長との対面を果たす。
「ぶっ!」
一目見て、思わず噴き出していた。
マンガで知ってはいたものの、直接目にすると学園長の頭は非常に特徴的だった。デフォルメされたマンガとは違うので、多少後頭部が出っ張っているという程度だが、3Dで見るとインパクトが凄いのだ。
沖縄方言で言うところの、ガッパイというやつだろうか。
「…………」
同席している刹那に睨まれ、憮然としている学園長の視線を受け、慌てて頭を下げる。
「失礼しました。私は高見匠(たかみたくみ)と言います」
「それでワシに用というのはなんじゃろう?」
「ちょっと困った事になったので助けてもらいたいんです」
「……どういう事情かは知らんが、初対面の人間に頼み事をするのは、いささか不躾ではないかのう」
気を悪くしている様子はなく、腑に落ちないという態度だった。
「すみません。頼れそうなのは学園長だけだと思ったもので」
頭の固い偏狭な人間ならば信じてもくれないだろうし、底抜けに親切な人間であっても力が足りなければ頼りにならない。
つまり、俺の話を信じてくれそうで、なおかつ、助けるだけの力を持っていそうなのは、学園長しか思いつかなかったのだ。
「対応するとは約束できんが、話は聞かせてもらおうかの」
「ちょっと変な話なので、腹が立ったり呆れたりするかも知れませんが、できれば最後まで話を聞いてください。学園長だけが頼りなんです」
話が話なので、問答無用で追い出されないように、確約してもらいたかった。
「それは話を聞いてからでなければ、なんとも言えんよ。わしも暇ではないんじゃ」
無理強いして機嫌を損ねてもまずいので、仕方なく話を切り出した。
「まず、異世界というのは信じてますか?」
「……異世界? もう少し具体的に言ってもらえんかの?」
「魔法世界じゃなくて、パラレルワールドと言うやつです。日本が第二次世界大戦に勝った世界とか、日本が存在しない世界とか」
学園長は『魔法世界』という言葉をスルーして返答した。
「ワシは信じておらんな。それがどうしたんじゃ?」
「俺は異世界からここへ迷い込んだらしいんです。どうにかして戻りたいので、手を貸してもらえませんか?」
「…………」
学園長が右の目を見開いた。長く垂れている眉毛の下から黒い瞳が覗く。
「冗談を言っているようにも見えんが、さすがに信じられんのう。何か証拠があるならそれを見せてくれんか?」
「証拠らしい証拠は何も持ってません」
「それでは話にならんよ。ワシにはそんな力もないし、その義務もない」
「だけど、人助けをするのが魔法使いの仕事ですよね?」
「…………」
またしても、学園長の右目が露わになる。
「ワシが魔法使いならば、な。聞いておきたいんじゃが、どうしてワシが魔法使いなどと思ったのかのう?」
「俺の世界では『魔法先生ネギま!』というマンガが連載されています。その中で、学園長は関東魔法協会の理事をしていました。ちなみに、俺の世界では麻帆良学園そのものが存在していません」
俺はマンガの中に入るなどといったファンタジーは信じていない。あくまでも、『マンガによく似た異世界』ではないかと推測している。いや、真相なんて俺にわかるはずがないんだけど。
「そのマンガではワシ以外にも魔法使いが登場しておるのかね?」
「はい。魔法先生や魔法生徒が何人も登場してます。魔法使い以外でも、この部屋へ来るまでに、マンガで知っている人間を何人か見かけました」
正直な所、『ネギま』に関する俺の知識は非常に浅かった。連載を読んではいても、単行本を購入するほど熱心なファンではないからだ。
だが、ここで詳細な説明をする必要はないだろう。
「主人公はネギ・スプリングフィールドという10歳の魔法使いでした。教師になるという修行のために、麻帆良女子中学校で2−Aの担任になります」
「……ネギという子について、もう少し教えてもらえんか?」
「サウザンドマスターの息子です。刹那ちゃん達が2年だから、今年イギリスの魔法学校を卒業するはずです。たしか、学園長は向こうの校長とも知りあいなんですよね?」
「ワシはそのネギ君とは会った事もないんじゃよ。その情報だけでは、君の言葉が正しいとは判断しかねるのう」
どうやら、今の時点ではネギの修業先が明らかになってないようだった。
それならば、すぐに確認できる情報で説得するしかない。
「孫のこのかちゃんは大きな魔力を持っているけど、関西呪術協会の長をやっている父親の意向で、魔法についてまったく教えられていないんですよね? そっちの刹那ちゃんはこのかちゃんを護衛するために、関西呪術協会を裏切るような形で、この学園に来ているはずです」
「…………」
「…………」
学園長と刹那の表情が変わる。
俺の口にした情報が事実であるからこそ、どのような根拠に基づくにしろ、無視するわけにいかないと判断したようだ。
「刹那君。彼と二人で話をしたいんじゃが、少し席をはずしてもらえるかの?」
ネギがここへやってくるという未来について俺は口にした。予言とか予知と考えるなら、学園長がこの情報を慎重に扱うのも当然と言える。
「よろしいのですか?」
俺が裏の情報を握っているからこそ、刹那が念を押した。
「部屋の外で待っていてくれればよい。なに、心配はいらんじゃろう」
「……はい」
神妙に頷いた刹那は、俺と学園長を残して部屋を出る。
改めて学園長が話を促した。
「それでは『魔法先生ネギま!』の話を詳しく聞かせてもらえるかの?」