『シロネギまほら』(F)4日目:遭遇戦
月詠の前に立っているのは士郎ただ一人。
刹那としても判断に迷ったのだろうが、士郎の後押しを受けて彼女はすでにこの場を立ち去っていた。
刹那とアスナが向かったのは、あの怪物の出現した場所。先行した仲間を助けるためらしい。
手応えのある敵を失いながら、なおも月詠は楽しそうだった。
京都神鳴流において、いや退魔士にとって、二刀流は邪道である。だから、二刀流使いである月詠自身が、二刀流と戦う機会などそうあるものではない。
「名前を口にするのと、断末魔の悲鳴と、どちらが先になるんやろうなぁ?」
彼女が思い描く士郎の結末は二つのみ。
「どっちも断る」
防戦一方である士郎が、その予想を覆すためには、なんとか自力で盛り返すしかない。
しかし、彼は月詠の両刀を受け止めるので精一杯だ。
もともと、士郎の剣技は防御が主体だ。本人の意図はともかく、彼が参考としたアーチャーの技がそうであるため、必然的にそうなってしまう。
「ざーんがーんけーん!」
月詠の強烈な一撃を、交差させた干将莫耶が防ぎきった。
唯一、士郎にとって有利な点は手にしている剣だ。
月詠の剣も業物のようだが、歴史を経た上にアーチャーの改造を受けた干将莫耶と比べては、さすがに格も落ちてしまう。
また、投影品である彼の剣は使い捨てが効くため、刃こぼれを気にせず無茶な使用が可能だった。
「気も使うてへんのに受け止めるなんて、不思議な剣やねぇ」
月詠はそれが剣の持つ特性だと察したようだ。
「どうあっても、名前を教えてもらわんとなぁ」
彼女の望みは半分だけかなう。そして、残りの半分は取り上げられた。
ダン! ダン!
側面から発射された銃弾を、月詠の二刀が弾き飛ばす。
「衛宮さん。そいつの相手は私が変わろう」
気がつけば、真名と古菲の活躍によって、鬼達は一掃されていた。
この場に存在する敵と呼べる者は月詠一人だ。
「そんなわけにはいかない」
彼女の予想通り、士郎は拒んだ。
「衛宮さんは女が相手だと本気を出せないんじゃないか?」
「…………」
その指摘は真実を言い当てている。
士郎が劣勢なのは確かだが、それでも反撃は可能なのだ。躊躇している原因は、相手が女性である事に尽きる。
「今一番問題なのは、あの巨大な鬼の方だ。衛宮さんは向こうを手伝ってくれないか」
言葉で明言せずとも、その方が役に立つと言っているのだ。
「うちの意見は聞いてくれへんのですかー?」
「あんたには選択権が無い」
真名が冷たくあしらった。
「……わかった。ここは任せる」
「ああ」
「その子は強いぞ」
「わかってるさ」
士郎に代わって真名が月詠と対峙する。
「私も行くアル!」
古菲は少し迷ったものの、士郎を追いかける事にした。
「神鳴流に飛び道具はききませんえー」
「知ってるよ」
二面四手の大鬼を目印に走った士郎と古菲は、湖畔に到達していた。
鬼がいるのは湖のほぼ中央。祭壇のすぐ後ろだった。
そこまで辿り着くには、左岸から伸びている桟橋を渡るしかなさそうだ。
「士郎、急ぐアル」
「ちょっと、待った!」
駆け出した古菲を、慌てて士郎が制止する。
「どうしたアルか?」
今が危急の時だと彼女も自覚しており、担任教師を助けるためにも急行するのが当然だ。……彼女はそう考えている。
しかし、士郎はそれを見過ごすわけにはいかなかった。
先程の鬼達と遭遇したのはまだしも、これ以上、裏の世界に関わるのは危険すぎる。
「クーはここで敵が来ないか警戒してくれ」
「ム……。私も一緒に行くアル」
戦力外と判断されたように感じて、古菲が不満そうに応じる。
「俺もここから動くつもりはないぞ。――
士郎ならば湖の中央へ向かわずとも、巨鬼への攻撃が可能なのだ。
彼の左手には黒い弓が、右手には銀色の矢が生み出される。
――
弓を引き絞る士郎の目が、狙うべき大鬼の前に人影を見つけた。
「なんだ?」
和服を着込む女性と、シーツで身を包んで横たわる少女。
ふたりを巻き込むわけにはいかず、士郎は狙いを修正した。
数百メートルの距離を一瞬で到達した魔剣は、狙い違わず大鬼に命中する。
ゴオォォォン!
大鬼の左肩には螺旋状の傷が刻まれ、その中心には一本の剣が突き立った。
「なっ!?」
宙に浮かぶ女が驚愕の視線を向けるが、異変はそれで終わったわけではない。
突き立っていた剣が爆発し、轟音が空気を震わせた。
大鬼の左肩に刺さっている剣が爆発して、四本生えている腕のうち、左上の一本が根本から千切れた。
トレーラーのような巨大な腕が湖面に落下する。その質量によって、湖水が波打ち、付近の人間をびしょ濡れにしていた。
その光景を呆然と見下ろしていた女が悲鳴を上げる。
「な、なんや、なにが起こったんや!?」
リョウメンスクナを召喚し、自分の優位を確信していた天ヶ崎千草は、突然の事態を把握できていない。
「凄い……」
「なんなのよ、今のは!?」
ネギとアスナもまた水を被った事も気にせず、一本の腕を失った鬼を見上げていた。
「……まさか?」
刹那だけが、攻撃の主に察しがついていた。
真名や楓はこのような攻撃手段を持っていない。古菲が習得しているのも体術だけのはずだった。
あとは消去法だ。
刹那にとって実力が未知数なのは……、衛宮士郎ただ一人。
ぱしゃん。
小さな水音とともに、少年が姿を現した。
「ずっと潜っていたアルか?」
彼が水面から出現した光景を見たのだから、魔法知識のない古菲がそう思い込むのも無理はない。
士郎は違う。目にしたのは転移魔術に類するものだと気づいていた。
「さっきの攻撃をしたのは君達なのかな?」
少年の名はフェイト。
彼がこの場へ姿を見せたのは、脅威となりそうな敵の芽を摘むためだ。
「さっきの?」
敵の意識を自分に向けさせるために士郎が応じる。
「リョウメンスクナにダメージを与えたあの攻撃だよ」
「……俺がやった」
士郎が隠すことなく告げた。
「ふーん……」
意外そうな目で彼は士郎を見下ろした。
彼の目からすれば、士郎も古菲も弱敵にしか見えなかった。感じられる魔力も、纏っている気も、敵とは成り得ない。
だからこそ、あの強力な攻撃との落差を感じてしまう。
「人形みたいなやつアル」
古菲があまりに率直に表現したものの、フェイト本人ははまるで気にしなかった。
士郎も似たような印象を受けた。
おそらく、眉一つ動かさずに人を殺せるタイプだろうと。
その直感は正しく、フェイトは造り出した3本の石の槍を、士郎へ向かって無造作に放っていた。
臨戦態勢にあった士郎はなんとか双剣で叩き落としたが、攻撃はそれで終わったわけではない。
「消えたアル!?」
古菲は捉え損ねたようだが、フェイトは虚空瞬動を使って士郎の左脇へ飛び込んでいた。古菲からは士郎の身体が壁となって、確認できない位置。
その位置取りは古菲に対して行ったものではない。
再びフェイトが石の槍を造り出す。その射線上には士郎と古菲が存在している。士郎が避ければ、古菲が犠牲となるだろう。
フェイトは、士郎が仲間を守る性分である事まで読み切って、古菲を人質にして士郎を狙ったのだ。
「くっ!」
士郎の意志は、自分の生存本能をたやすく凌駕する。
彼は古菲を傷つける事より、自ら盾となる事を選んだ。
石の槍は士郎の左脇腹から背中まで達していた。
それでも踏み込んだ士郎は干将莫耶を振り下ろしたが、なんの手応えも感じない。
二つの刃がフェイトの身体をあっさりと通り過ぎる。無重力状態に浮かぶ水を斬りつけたようなものだ。
普段の彼なら石の盾で受け止めただろうに、これだけの傷を受けてなお反撃されるとは考えていなかったのだろう。
「士郎っ!?」
あまりの事態に古菲が悲鳴をあげる。
「――
双剣が通じないと悟った士郎は、様々な聖剣や魔剣を生み出してフェイトに叩きつける。
湖上へ逃れるフェイトを追って降り注ぐ剣の雨。
後退を続ける少年は、29本の剣を全てかわしていた。
その身体は宙に浮かんだままで、湖水すら踏んでいない。
「……
とっさにフェイトは連想したものの、今の攻撃がアーティファクトによるものでないのは明白だった。
「まあ、いいか。どちらにせよ、ここで始末すればそれで終わるしね」
フェイトは簡単に結論づける。
まだ切り札を隠しているように感じられるが、それならば切り札を出す前に始末すればいい。
「逃げ……ろ」
古菲が太刀打ちできるような相手ではない。エヴァンジェリンに匹敵する相手だと士郎は感じ取った。
士郎達は知らなかったが、この瞬間もフェイト本人はネギ達と対峙している。こちらに出現したのは実力の劣る分身でありながら、その戦力はふたりを凌駕しているのだ。
それでも、古菲は頷こうとしなかった。
彼女は士郎が石の槍を回避しなかった理由を察していたからだ。
自分をかばってくれた恩人を見捨てて、この場から逃げ出すような真似などできるはずがない。
冷徹な裁定を下すなら、彼女は判断ミスを犯したと言えるだろう。
しかし、彼女は武術家であって戦士ではない。
ここで逃げ帰ったとしたら、古菲は自分が『古菲』である条件を失ってしまう。彼女はそう感じていたし、それは事実だったのだ。
「士郎。少しだけ……、あの坊主を叩きのめすまで待っているアル」
それがいかに無謀な試みか、古菲自身にもわかっていたはずだ。
だが、フェイトに士郎を見過ごすつもりがないのならば、古菲には戦って勝つしか選択肢がなかった。
古菲の足が湖面へと踏み出した。
パシャパシャパシャ! 古菲の足元で水が弾ける。
彼女は少年の元まで湖面を走っていたのだ。
「へぇ……」
フェイトが感嘆の声を漏らしたのは、古菲の見せた大道芸に対する感想だった。
『気』を使って水面に立つ裏の技もあるが、古菲はそんな技術を持っていない。
手品の種は、士郎が投影した剣にあった。
古菲が足場としているのは湖面ではなく、湖底に突き立って林立する剣の柄なのだ。
剣の柱が尽きて、彼女の足が止まる。
足りない距離を補うのは彼女の飾り帯だ。
布を槍や鞭のように自在に操る布槍術。
それすらも、フェイトを守る堅固な障壁に弾かれて届かなかった。
わずか数センチ。それはふたりの間に存在する絶対的な壁でもあった。
表の技をどれだけ駆使しようとも、力量差を覆す事はできない。
「――
血を吐きながらも、士郎は援護射撃を行った。
再び降り注ぐ剣の雨を、フェイトが涼しい顔でかわす。数は先程よりも少ない11本だ。
そのうえ、1本は古菲の元へ飛んでいた。
ゴゴゴゴゴゴゴ! 突如として強大な魔力の塊が夜空に出現する。
夜の京都見物に向かっていた金髪少女とガイノイドが、リョウメンスクナの出現を知ってこちらへ駆けつけたのだ。
宙に浮かんでいるのは、『
「あれは……? まさか、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル?」
振り仰ぐフェイトと違って、古菲はその魔力にすら気づけない。
表の住人と裏の住人が示した反応の違い。
それが命運を分けた。
古菲の布槍が、一瞬の隙を見せたフェイトの左手と首に絡みつく。
先端に重りがついているため、フェイトに巻き付く布の動きがこれまでよりも速い。
「でも、それだけだね」
先程となんら変わりはない。
帯の先端にあんな短剣を結びつけた所で、自分の障壁を破れるはずがない。
フェイトはそう思った。
彼はその歪な形状の短剣がどのような代物なのか知らなかったから。
バキィィィン! 短剣が触れた途端、澄んだ音と共にフェイトの障壁が消し飛んだ。
「バっ……!?」
その先の言葉を言い終える暇すらなかった。
パシャッ!
水風船が弾けるように、フェイトの身体が飛沫となって飛び散った。
水を媒体に分身を構成していた魔法が、
「ムムム。動く石像みたいなものだったアルか?」
古菲はいまだに目の前で起きた事態を正確に把握していなかった。
それでも、彼女は士郎の託した切り札を正しく使ってのけたのである。
「しっかりするアル!」
うろたえる古菲にできるのは、士郎に呼びかける事だけだ。
彼女の専門は武術であって、このような生死にかかわるような場面に遭遇した経験がないのだ。
冷静に考えれば救急車を呼べばいいはずだが、電話を探しに行った瞬間にもしもの事があったら?
そう考えると、怖くて離れる事もできずにいる。
「なにかあったのか?」
駆けつけた真名が問いかけたものの、一目見て状況を察した。
「古は急いでネギ先生を呼んで来てくれ」
幾度も修羅場に遭遇した経験のある真名は、冷静に対応策を口にする。
「わ、わかたアル!」
すべき事を告げられて、古菲はそこに希望を見つけた。祭壇へ向かって全速力で走り出す。
一方、真名の表情は深刻だった。
正直に言えば、ネギにそれほど強力な治癒魔法が使えるとは思えなかった。おそらくは、専門の治癒術師でなければ治療できまい。
だが、このまま放置したなら士郎は確実に死ぬ。人のいいクラスメイト達は、その事実に耐えられないだろう。それならば、助かる可能性を少しでも上げるように努力するしかないのだ。
石の槍は士郎の身体を貫いたままだが、下手に引き抜けば出血量が増えるのは目に見えている。
真名は治癒用の呪符を取り出して、士郎に貼り付けていく。
治癒の効果は傷に比べてあまりにも弱く、回復どころか、傷の悪化速度を遅らせるのが精一杯だ。
所詮は気休めにすぎないと、彼女自身にもわかっていた。
――結論から言えば、衛宮士郎は助かるのだが。
あとがき:長らくお待たせしましたが、肝心の士郎はあまり活躍していません(笑)。こんなノリが『シロネギ』ですから。
古菲が修学旅行ではしていないはずの飾り帯を身につけているのは、ご都合主義によるものです。
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