『シロネギまほら』(E)3日目:士郎参戦

 

 

 

 パーララパラララパララララー♪

 電子音で奏でられたのは、ゴッドファーザーの曲だ。

「すまないでござる」

 話していた士郎と古菲に詫びて、楓は自分の携帯電話を取り出した。

 場所はホテル嵐山のロビー。

 今日訪れた観光地について、3人で話していたところだった。

 漏れ聞こえてくる、楓とその友人の通話。

「助けが必要でござるかな、リーダー?」

 念を押した楓の言葉が、士郎の耳にぺったりと張り付いていた。

 楓は目的地や最寄り駅を聞き出しつつ、その視線を目の前の二人へと向けた。

 真剣な表情で楓の言葉に聞き耳を立てる士郎。

 面白そうに目を光らせわくわくしている古菲。

 対照的な二人の様子を見て、楓の口元に笑みが浮かぶ。

 通話を終えた楓は、目の前のふたりに改めて事情を説明した。

 電話の相手は綾瀬夕映。図書館島冒険の際に士郎も耳にしたバカレンジャーのひとりらしい。

 友人の実家を訪れていたのだが、得体の知れない何者かに襲撃を受けて助けを欲しているのだという。

「拙者はこれから……。いや。ふたりとも同行する気マンマンのようでござるな」

 楓が苦笑する。

 その通りだった。

「どうかしたのか、楓?」

 4人目の声が会話に加わる。

 彼女たちのクラスメイトでもあり、士郎にとっても既知の人物である真名が、ちょうど通りがかった所だった。

「近衛殿の家を訪れていた夕映殿が、何者かの襲撃を受けたらしい。今から、助けに向かうでござるよ」

「ほう……」

 真名の目が士郎へ向けられる。

「どうして、衛宮さんまで? 綾瀬とも知りあいなのかい?」

 士郎がその問いかけに首を捻る。

「人を助けるのに、知りあいかどうかなんて関係あるのか?」

 まず、助ける。それが彼にとっての優先順位だった。

 真名は、今朝目にしたスカカードの内容を思い浮かべる。確か、『こうぶつ:こまっているひと』とあったはず。

「身の危険は感じないのかい? 命に関わるかも知れないだろう?」

「その子が危険だというなら、なおさら放っておけない」

 それは士郎にとって一番見過ごせない事情。そして、彼にとっての最終結論でもある。

「むしろ、俺一人で行く。みんなはここに残ってくれ」

「そうはいかんでござるよ」

「抜け駆けは良くないアル」

 士郎の申し出を、楓と古菲があっさり拒否する。

 図書館島の一件で楓と古菲の腕前はそれなりに知っているため、士郎としても無理強いはできなかった。

「じゃあ、俺達は出かけてくるから」

 士郎の告げた言葉に、真名がこう返した。

「私も一緒に行くつもりだが?」

「遠慮してくれ。危険があるかも知れない」

 どこでこうなったのか、真名の方が危険を理由に同行を拒まれてしまった。

「……いやいや。そうじゃない。私は引き下がるつもりはないぞ」

 士郎達は知らずとも、真名は超から仕事として引き受けている。

 士郎を誘うという必要は無くなったわけだが、彼の戦いを見届けなければならないだろう。

「だけど……」

 残るように説得しようとした士郎の言葉は、楓と古菲に遮られた。

 麻帆良学園には、武道四天王と呼ばれる実力者が存在する。古菲と楓と刹那と、そして真名だ。

 士郎は偶然にも、旅行前から全員と面識があったわけだ。

 士郎本人は武術家というわけでもないので、達人と対面してもその見極めをするだけの眼力が備わっていない。人外の存在ならばまだしも、普通(?)の達人が相手ならば藤ねえの方が目は確かだ。

 こうして、夕映を助けるべく、4人は連れだってホテルを出たのだった。

 

 

 

 近衛このかという少女の実家は大きな神社らしい。

 神社は鎮守の杜と呼ばれる森林で囲まれている事が多く、この家ではこの山全体がそうなのだろう。

 神社への石段を外れた3人は森の中へ分け入っていた。

 楓はひとりだけ先行している。単身で逃走中の夕映を一刻も早く保護するためだ。

 残念ながら、楓の脚についていける人間は他にいない。

 日が沈んでいるだけでなく、木々の傘をかぶる森の中は闇に近かった。

 異形の気配を道しるべにした真名の先導で、3人はそこへと辿り着いた。

 鬼。鬼。鬼。鬼。鬼。――鬼の群れだ。

 70体ほどの鬼がひしめいている水辺は、賽の河原を思わせる。

 中央にはぽっかりと空白が出来ていた。それこそ台風の目のように。

 鬼に包囲されつつも、果敢に立ち向かうふたりの少女。

 ひとりは刹那。ひとりはツインテールの少女だった。

 士郎はためらうことなく、無造作に鬼の集団へ向かって走り出していた。

 鬼の存在に一瞬驚いた古菲もそれに続く。

「やれやれ」

 直情的なふたりの行動に、大きな呆れとわずかな羨望を感じつつ、真名が肩をすくめていた。

 すでに強化魔術を使用した士郎が、併走する古菲に尋ねる。

「クー。俺の刀を使えるか?」

「……あの中華刀アルか? 任せるアル。」

 図書館島で士郎の使っていた干将莫耶を思い浮かべ、古菲が頷きを返した。

「――投影、開始トレース・オン

 士郎の手に双剣が生み出され、古菲の手に委ねられた。

 原典は別としても、この干将莫耶はアーチャーが魔術的な加工を施した物だ。一対で装備する事によって、魔術的な防御力も向上するし、霊的な存在に対しても有効な武器となる。少なくとも素手で戦うよりはよっぽどマシだ。

「士郎は、どうするアルか?」

「こうする。――投影、開始トレース・オン

 士郎の手に再び現れたのは、もう一対の干将莫耶。

「そのトレース・オンは便利アルなー」

 羨ましそうに彼女がつぶやいた。

 

 

 

 鬼達の背後から斬り込んでいく4本の刀。

 不意を突かれた鬼達だったが、すぐに新たな敵への反撃を開始する。

 敵軍に走る動揺から、ふたりの少女も援軍の出現に気いていた。

「くーふぇ!?」

「衛宮さん!?」

 士郎と古菲はこのところ一緒に早朝稽古を行ってきた。

 彼等は巧みにお互いをフォローしつつ、鬼達を一体、また一体と切り捨てていく。

 そこへ響いたのは、焦りをにじませた少女の声。

「このぉ、離しなさいよ!」

 仲間の到来に気が緩んだのか、一人の少女がハリセンを握っている右手を押さえられ、宙づりとなっていた。

「アスナ!?」

 事態を知った古菲が叫ぶ。

「くそっ!」

 士郎達と少女の間には、まだ鬼の壁が存在しており、即座に救出する事は不可能だ。

 そこへ、銃声が響き渡る。

 パン!

 アスナを抑えていたカラス天狗のような化け物は、頭部に銃弾を受けて消滅する。

 冷静に戦況を眺めていた真名が、手にした狙撃銃でアスナを救ったのだ。

 鬼に囲まれた真名は、2丁拳銃を器用に扱って、接近戦でも鬼共を屠っていく。

「なんで、くーふぇも龍宮サンもあんな強いの!?」

 アスナは同級生の意外な戦闘力に驚かされた。

「龍宮とはたまに仕事をする仲ですし、古は持っている剣のおかげでしょうか。衛宮さんについては私も驚いています」

 刹那が士郎と竹刀を交えたのは、あくまでも稽古としてだ。士郎の実力や詳しい事情など、むしろ知らないと言った方が正しかった。

 戦いの最中、白と黒の2刀が弧を描いて宙を飛んだ。鬼の多くいる場所に向けて、士郎が双剣を投じたのだ。

 気づいた鬼達にかわされてしまい、虚しく地面に突き立った干将莫耶。

 だが、この攻撃は無駄に終わったわけではない。

 ドオオオン!

 干将莫耶を構成する神秘が、壊れた幻想ブロークン・ファンタズムによって鬼を巻き込んで爆発する。

 少女達は爆発による被害を受けなかったものの、いきなりの爆発音に驚かされた。鬼達も同様だったため、反撃を受けるまでには至らなかったが。

「何をしたアルか?」

「この剣を爆発させた」

 答えた士郎の手にはまたしても双剣が握られていた。

「そんなに物騒な物だったアルか?」

「俺が爆発させない限り大丈夫だ」

「それなら安心アル」

 この程度の問答で受け入れてしまう古菲の豪胆さは、特筆すべきものだろう。

 まあ、古菲に限らず、3−Aの面々はどんなものでも受け入れてしまうという、美点と欠点を持ち合わせているのだが。

 すでに戦力比は、人間側が優勢となっていた。

 アスナと刹那に疲労が目立つものの、新しく参戦した3人も含めて優秀な人材ばかりだ。

 もはや、鬼も20体近くまで減じており、この場を切り抜けるのは確実と思われた。

 しかし、戦いが行われているのは、この場所だけではなかったのだ。

 ――ドオオオオッ!

 湖の方に見えていた光が勢いを増した。

 天へと伸びていた光の線も、今や柱と表現するほどの太さへと増大する。

 なんらかの儀式が行われていると見て間違いない。

 そこへ一人の少女が姿を現した。

「千草さんの計画がうまくいってるみたいですなー」

 のんびりとした口調が、士郎の背筋に冷たいものを走らせた。

 眼鏡の奥にある少女の瞳が士郎を捉える。

「やっぱり、可愛い魔法使い君の仲間だったんやね」

 可愛い魔法使い君って……誰?

 思い浮かんだ疑問も、この際関係なさそうだった。

 士郎が彼女と敵対しているのは間違い無い事だから。

「月詠!」

 刹那が敵意を込めた視線を月詠へと向ける。

「いきますえー。刹那センパイ」

 引き抜いた2刀を握り、刹那へ向かい疾駆する月詠。

 疲労の残っている刹那は、わずか数合の打ち合いで劣勢に立たされてしまう。

 そこへ接近する一つの影。

「俺が相手だ!」

 士郎の振り下ろした莫耶が、月詠に難なく受け止められる。

 はっきりいって、実力の差は歴然だった。

 士郎にだって、月詠が自分よりも強い事はわかっている。

 だが、だからこそ、刹那と戦わせるわけにはいかないのだ。

「いや。私が相手のはずだろう!」

 一方で、刹那もまた似たような事を感じている。

 自分より実力の劣る相手を、月詠と戦わせるなど自殺行為だと。

 士郎と月詠の戦いに、今度は刹那が割って入る。

 合計5本の刀が金属音と火花を撒き散らす。

「どないしよう。刹那センパイも名無しさんもおいしそうやし」

 くすくすくす。

「うちも自分では決められませんわ。いっそのこと、両方いっぺんというのはどうやろ?」

 彼女の顔に笑みが大きくなる。自分の案がとても魅力的に感じられたから。

 ――ドオオオオッ!

 空気を振るわせる音がさらに大きくなる。

 それは、地震による地割れや、押し寄せようとする津波や、溶岩を噴き出す火口のような、大きな異変を告げる不吉の足音であった。

 光の柱のなかに、二面四手の大鬼が出現していた。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:本筋が『ネギま』沿いだったなら、こんな出会いになっていたでしょうね。


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