『シロネギまほら』(D)3日目:予兆あり

 

 

 

 一夜明けて――。

 朝食を終えた超を、エヴァが呼び止めた。

「こいつは貴様の物か?」

 ピッ、とエヴァが指先で弾いたのは、一枚のカードだった。

 受け取って図柄を確認した超の目が見開かれる。

「……どこでこれを?」

「昨夜、小動物から取り上げたのさ。違うのなら、返してもらおう」

 士郎がもぐりの魔法使いであり、魔術協会とは無関係な存在だと、エヴァは停電の夜に聞いていた。そうなると、“魔法使い”の士郎を知っている人間は非常に限られるのだ。

 まず、自分と茶々丸。そして、茶々丸の記憶データを確認できる、超とハカセだ。ハカセは研究にしか興味がないため、仮契約に興味を示しそうなのは超となる。

 単純な消去法だった。推測が間違った所でエヴァが困るわけでもない。

 超が肩をすくめて応じる。

「ちょうどこれから、朝倉の所へもらいに行くところだたヨ」

「自分が魔法に関わっている事を、明かすつもりだったのか?」

「まさか。余ったカードがあれば引き取ると持ちかけるつもりだたネ」

 不可解な申し出であっても、見合った情報を提供すれば、朝倉は応じると超は見ている。おそらく、朝倉が拒む事はなかっただろう。

「昨日のイベントにエヴァンジェリンが絡んでいたとは初耳ネ」

「ホテルを囲んで魔法陣が組まれていたから調べてみただけだ。貴様も気づいていたんだろう?」

「一応ネ」

「それを利用するのは構わんが、なぜ衛宮士郎なんだ? 貴様はヤツの何を知っている?」

 エヴァにとっても士郎は奇妙な存在だった。自分が仮契約したのも、士郎への興味が理由となっている。

 彼女は、自分が契約した事実は伏せたまま、超から情報を引き出そうと考えていた。

「難しい質問ネ。むしろ、知らないという表現が正しいヨ」

「何も知らない相手と仮契約をするとは思えんがな」

「仮契約はしてないネ」

「では言い直そう。なぜ、士郎のスカカードを欲しがった?」

「知らないからネ。衛宮サンを知るためにこのカードが欲しかたヨ」

 

 

 

 ぱあとなあかるた

 ばんごう :1

 なまえ  :えみやしろう

 あだな  :せいぎのみかたみならい

 いろ   :だいだい

 どうぐ  :スパナ(かちん)

 とくいわざ:しゅうり・かじてつだい

 こうぶつ :こまっているひと

 せりふ  :なんでさ

 

 

 

「これが、昨日のどさくさで手に入れたスカカードというわけか?」

 真名の問いかけに対して、超が頷いて見せた。

「その通りネ」

「どうせなら、本式の仮契約をした方が確実だったんじゃないか?」

「初めてのキスを安売りはできないヨ。それに、余計な絆をつくるわけにはいかないネ」

「ほう……」

 超の上げた理由のうち、本当の理由はおそらく後者だろうと真名は推測した。

「しかし、このカードが役に立つのか?」

「少なくとも二つの事がわかるネ」

 超が笑みを浮かべて答えた。

「一つは、彼の名が衛宮士郎で間違いないというコト。もう一つは、彼が正義の味方を目指しているというコト」

「どちらも、あまり意味を持たないと思うがね」

「龍宮サンにはわからない事ネ」

「私は、三つ目の事実にこそ興味がある」

「どんなことカナ?」

「超が魔法使いだって事さ。衛宮さんを従者にしたのだから、そうとしか考えられないだろう?」

「これは一本とられたネ。学祭まで秘密にしておいてもらえると助かるヨ」

「わかっているさ。この業界、口の軽い人間は長生きできないからね」

 その返答が超を納得させる。

「それで、本当の用件を聞かせてもらえるかい? スカカードを見せるのが目的とは思えないが?」

「龍宮サンには一つ仕事を頼みたいヨ」

「修学旅行中にか?」

「今夜、厄介事が持ち上がる可能性があるネ。その対処を頼みたい」

「漠然としすぎだな。何が起こるか、予測ぐらいはしているんじゃないのか?」

「諸般の事情により、詳細は明かせないヨ。報酬は後払いだけど言い値で払うネ。あくまでも保険だから、起きなかったらそれでも構わないヨ」

「……まあ、お前の事だから、根拠の無い話ではないんだろう。引き受けるよ」

「一つだけ条件をつけるネ」

「どんな事だ?」

「その時には、衛宮サンの手を借りてほしいヨ。私の名は出さずに、龍宮サンからの頼みとして」

「私は一度会話しただけだ。彼が応じてくれるはずがないだろう」

「それは頼んでみればわかるヨ」

「何が起きるかも教えずにか? 仕事として依頼するぐらいだ。危険があると考えているんだろう? 何も知らせずに巻き込むのは好きじゃない」

「主義を曲げてもらうのは心苦しいから、報酬の増額も認めるネ」

 超はこの条件を撤回する気はないらしい。

「おそらく衛宮サンは断らないハズ。危険だと告げたらなおさらネ。もしも、衛宮サンが拒否したなら、無理に誘わなくても構わないヨ」

 だが、彼女には確信があったのである。

 

 

 

 この日もまた自由行動となっていた。

 エヴァや茶々丸は本来なら、刹那が班長を務める6班の所属である。しかし、そのうちの3名が欠席したため、一人づつ別な班へ編入されていた。

 元々のメンバーで班を独立させるのが正しいはずだが、担任教師は6班を復活させるつもりがないらしい。結果として、エヴァと茶々丸は親しい人間の多い2班へ編入される事となった。

 士郎を含めると、合計9人の大所帯だ。

 一行が最初に向かったのは、エヴァが強硬に主張した清水寺だった。

 6班メンバーは2日前に訪れているのだが、意外にも不平は上がらずにすんなりと受け入れられた。

「これが清水寺か……」

 エヴァが感慨深くつぶやいた。

 緑の木々に囲まれる、鮮やかな桜の花々。

 そこから突き出る幾つかの歴史ある建造物。

 ある意味、日本オタクである彼女が喜びに打ち震えるのも仕方がない。

「この本堂は、三代将軍である徳川家光の寄進によって建てられた。本尊の観音様に能や踊りを堪能してもらうための舞台装置だ。現在は国宝にも指定されている……」

 得意げにうんちくを語ってしまうのは、知識を蓄えている人間に共通する癖なのだろう。

 その先の説明を別な声が続けた。

「有名な『清水の舞台から飛び降りたつもりで……』の言葉通り、江戸時代には234件もの飛び降り自殺が記録されているが、生存率は83%と意外に高いネ」

 言うべき言葉を奪われて、エヴァが悔しそうに超を睨む。

「や、やるじゃないか、超鈴音」

「フフフ。これは一般常識ネ」

 こう応えた超だったが、彼女自身もほんの2日前にクラスメイトから聞かされた知識に過ぎない。

「一昨日は止められたけど、拙者もひとつ挑戦してみるでござるよ」

 嬉しそうに口にしたのは楓だ。

 手すりの上に立ったかと思うと、ひょいっと宙へと踏み出していた。

『ああーっ!?』

 観光客が騒然とする中、楓は近くの木の枝へ降り立つと、ひょいひょいと枝から枝へと駆け下りていく。

「私も負けてられないアル」

 負けじと挑戦したのは古菲だった。

 二人目のチャレンジャーを目にした皆の反応は、先ほどと同じだ。

『ああーっ!?』

 古菲は手を伸ばして枝にぶら下がる。枝の弾性を利用して勢いを殺しながら、折れるより先に次の枝に移動する。

 気を併用する楓の動きは、一般人の目には『信じられない出来事』に見えてしまう。一方の古菲は、楓に比べるとスマートさに欠けていた。だが、だからこそ、優れた『体術』として人の目に映った。

 平然と地上へ降り立った二人に、舞台上の観客が拍手の雨を降らせていた。

 ※ よいこはマネをしないように。

 

 

 

 昼食にはもちろん京都料理をいただき、鹿苑寺(ろくおんじ)つまりは金閣寺や、龍安寺の枯山水を眺めて、最後の目的地へ到着する。

 それは、太秦にあるシネマ村だった。

 歴史好きや、芸能好きや、旅行好きなど、多方面から人を集めやすい観光地であるため、平日だというのに客で賑わっている。

 制服姿なのは修学旅行だろうし、シネマ村で貸し出しているコスプレ姿が多く混じっている。

 もちろん、士郎達も参加する。いや、積極的に楽しもうとする人間に、否定的な人間が巻き込まれたというのが正しい。

 超は僧服をまとった比丘尼姿。ハカセは平賀源内をイメージしたのかよれよれの着物に長煙管と鼻眼鏡。忍び装束なのは古菲で、楓は虚無僧となっている。美空が飛脚、エヴァは巫女服、茶々丸は花魁姿だ。

 士郎は背中に『め』の字描かれているはっぴを羽織った火消し姿となっていた。

 お互いの扮装を笑いつつ、彼女等は江戸時代風の街並みを眺めて楽しそうに歩く。

 ちょうど、セットとして組まれている日本橋の当たりで、ざわざわと騒がしい人混みにぶつかった。

 古菲は群衆の中に、既知の人間を見かけて声をかける。

「いいんちょ。何かあったアルか?」

「あら、古菲さん」

 応えたのは士郎と面識のない少女だ。

 あやかというその少女と、傍らにいる千鶴や夏美も、古菲達のクラスメイトらしい。

 彼女の説明によると、刹那とこのかという名の少女を引き裂こうとした悪役が出現したと言う。

 刹那を応援しようと、あやか達は奇妙なぬいぐるみを相手に奮戦したのだ。

「朝倉達はどうしたアルか?」

「あら、そう言えば……?」

 問われたあやかは、戦友であった朝倉達が姿を消した事にようやく気づいた。

「慌てた様子で出て行ったわよ。あやか」

 説明したのは千鶴だ。知っていながら、告げていないあたりが彼女らしい。

「むぅ、このかさんたら。またしてもネギ先生を独占するなんて」

 悔しそうなあやかの様子を、千鶴がアラアラと楽しそうに眺めている。

(そうか。桜咲は女の子が好きだったのか)

 士郎が意外な情報に内心で唸っている。

(まあ、人それぞれだし、俺も機会があったら応援してやるか)

 その機会が近づいている事を、今の彼はまだ知らない。

 彼が刹那の事情に大きく関わるのは、ホテルに戻ってからの事だ。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:士郎の出番が極小のうえ、シネマ村の事件はスルーです。これが『シロネギ』なもので。


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