『シロネギまほら』(C)2日目:接近遭遇
「何を企んでいるかと思えば……」
ホテルの周囲を調べていたエヴァが呆れてつぶやいた。
「エヴァちゃん。どうしたの、こんなところで?」
刹那と共に通りがかったアスナが、不思議そうに尋ねていた。
「貴様には関係ない」
ぷいっと顔を背ける。
アスナに対して反発してしまうのは、停電の夜に蹴り飛ばされた事を、自覚せずとも根に持っているためだろう。
「…………」
主の意図を汲んだのか、付き従う茶々丸も無言のままだ。
「ちょっと、一応は仲間でしょ?」
アスナはバカレッドらしく、先日の遺恨など気にも留めていない。勝った側というのは得てしてそういうものだろう。
「そういう貴様等こそ、何をしている?」
「えーと、いいのかな? 言っちゃって?」
疑問を感じたアスナが刹那に確認を取る。
「エヴァンジェリンさんは一応魔法協会に所属していますし、問題はないはずです」
「なら、大丈夫ね。昨日の晩に関西呪術協会がこのかをさらいに来たのよ。今夜も襲撃されるかも知れないから、こうやって刹那さんと見回りしてたわけ」
「なるほどな……」
頷いたエヴァは、目の前の二人を見て疑問を感じた。
先日までの二人は特別親しくなかったため、このツーショットを見たのは初めてなのだ。
「貴様は神楽坂明日菜に正体を明かしたのか?」
「……っ!?」
言葉に詰まった刹那に替わって、アスナが答える。
「このかの護衛をしてるって話でしょ? 昨日の襲撃を受けた時に聞いたわよ」
「え、ええ」
戸惑いながら刹那が頷く。
「……フン」
二人の対応をエヴァンジェリンは鼻で笑った。
「なによ?」
アスナが不機嫌そうに応じるが、エヴァはこれを無視。
「ちょっとぉ」
不満そうなアスナを抑えるようにして、刹那が尋ねる。
「エヴァンジェリンさんがこちらへ来られたのは、呪術協会へ対抗するために学園長が手配したのでしょうか?」
「じじぃは関係ない。いや、ヤツは私の登校地獄が解けた事も知らんだろう」
「そんなバカな! ではどうやって解除したのですか!?」
エヴァ本人がどうにかできるなら、とっくの昔に学園を抜け出していたはずなのだ。
「それは企業秘密だな」
驚く刹那の様子を楽しむように、エヴァは真相を隠す。
「せめて学園長にだけでもその件を知らせなければ……」
エヴァの身柄は魔法協会預かりとなっている。賞金はすでに取り下げられているが、その去就によって協会には責任が生じるのだ。
刹那としては、仮に所属しているだけの魔法協会に対して、それほどの義理は感じていないが、学園長には世話になっている。
エヴァの件を放置できない。
「言っておくが、この件はじじぃにも秘密にしておけ」
「しかし……」
「誰にだって伏せたい情報というのはあるだろう? 貴様なら理解できると思ったのだがな、桜咲刹那」
冷笑を浮かべながら、名指しして言葉をぶつける。
深読みするなら、『貴様にも秘密があるはずだ』とも取れる言葉だった。
だから、刹那はこの言葉が自分に対する脅しだと受け止めた。なぜなら、彼女は絶対知られたくない秘密を抱えているからだ。
「……わかりました。この事は誰にも言いません」
クックックッ。エヴァが楽しそうに笑った。
「それがいい。お互い痛くもない腹を探られるのは御免だろう?」
「旅行は楽しめてるカナ?」
超は士郎の部屋まで、ご機嫌伺いに訪れていた。
「滅多に旅行なんてしないからな。いい機会だし、それなりに楽しんでるぞ」
士郎は個人的な娯楽、または贅沢に縁が薄い。口にした通り旅行などほとんどしない。
「強引に誘った甲斐があったネ」
超が嬉しそうに応じる。
「何か用でもあるのか?」
「誘った身としては、嫌がられてないか気になってたヨ」
そこで超は何かに気づいたように表情を変える。
「衛宮さんの頬にソースがついているネ」
超が自分の左の頬を指先でつっついて、その指先を士郎の右頬へ向けた。
士郎が右の頬を拳で拭う。
「取れたか?」
右の頬を見やすいように超へと向けた。
「まだ、残ってるネ。屈んでもらえないと、届かないヨ」
超が取ってくれるつもりらしい。
手を伸ばせば簡単に届きそうだが、超の指示通り士郎が前傾して頬を突き出す。
「いやー、なんか恥ずかしいヨ。目をつぶってくれるとありがたいネ」
「? ああ」
「言われた通りに目をつぶる。
――――。
頬に柔らかい感触が当たり、すぐに離れた。それだけだ。
「……まだか?」
士郎がその状態のままで尋ねる。
「バッチリネ。もう済んだヨ」
なぜか頬を染めている超に首を傾げつつ、士郎が身を起こした。
「そうか?」
頬に受けた感触が弱すぎて、ちゃんと拭き取れたのかいささか疑問だ。
士郎はまだその汚れが残っているように思えて、自分の拳で再び右の頬をこする。
汚いものを拭い去ろうというその動作。事情を知らない彼は、まさにそのつもりだったのだ。
「あ!?」
超が固まる。
「な、なんだ?」
怪訝そうに見る士郎の前で、超が引きつった笑みを浮かべる。
「……衛宮サンにはなんの罪もないヨ。それは私もわかてるネ」
「何を言ってるんだ? 話が全然見えないぞ」
「しかし、オトメゴコロは複雑だと思うヨ。私も今初めて実感したネ」
にっこりと笑って超が拳を握る。
ドゴォッ! 超の突き出した拳が士郎のみぞおちを直撃する。
士郎は痛みに悶絶するのだった。
バン!
勢い良く引き戸が開け放たれて、小さな人影が入室してきた。
「……何をしている?」
部屋の真ん中で、腹を押さえて倒れている士郎を、エヴァが見下ろした。
「なんでもない。ちょっと殴られただけだ」
「何をしでかした?」
「俺にもよくわからない」
「まあ、どうでもいい。私としても好都合だ」
「なんでさ?」
士郎の目の前でしゃがむと、エヴァの両手が差し出される。
助け起こそうとしていると思ったその手は、士郎の頬を押さえた。
「……っ!?」
士郎の驚きの声がふさがれる。
エヴァが強引に唇を重ねてきたからだ。
混乱している士郎は身動きすら忘れていた。
今の会話に色っぽい内容はなかったはずだ。それがどうしてこんな展開になるんだ?
硬直している士郎をよそに、エヴァの唇が離れた。
「…………」
「どうした?」
無反応の士郎を見て、エヴァの方から尋ねてきた。
「……はっ!? なんだ、いきなり?」
士郎の思考が再起動する。
「なに、ちょっと仮契約しただけだ」
「仮契約……って、なんだ?」
「知らんのか? どこまで特殊なんだ、貴様の流派は。技術はなくとも、知識ぐらいはあるだろう?」
「いや……、俺が学んだのは特殊な系統だからさ。他の集団とは接触しないようにしているんだ」
まさか、異世界の技術体系とも説明できず、士郎はなんとか弁解を試みる。
「それより、仮契約というのはなんだよ?」
「後で教えてやる。私の方でも貴様に聞きたい事はいろいろとあるからな。学園に帰ったら、じっくりと話し合おうじゃないか」
ニンマリと笑みを浮かべるエヴァは、よからぬ事を考える魔女そのものであった。
この夜、3−Aでは『くちびる争奪! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』というイベントを企画していた。
読んで字のごとく、ネギとのキスを最終目標としたバトルロイヤルである。
首謀者は一人と一匹。ネギが魔法使いだという秘密を知った朝倉と、ネギのマネージャーを自認するオコジョ妖精のカモだった。
キスとは言っても、その実体はネギの仮契約であり、ホテル内でのキスが全て対象となる。
彼等はホテルの共用トイレを臨時の司令室に仕立てて、大会運営を行うつもりだった。
超やハカセの協力によって、館内の防犯システムに介入しており、防犯カメラの映像を各部屋のテレビで見られるように細工済みだ。
ところが――。
イベント開始を待たずにカードが出現してしまった。
「ちょっ、なんでよ?」
「きっと部屋でちちくりあってる客がいるんだぜ」
ムホホ。と笑うカモは、覗き趣味を持つ中年オヤジのようだ。
「そ、それって、他にもイチャついている人がいたら、全部カードとして出てくるって事!?」
その点に思い至って、朝倉は頬を染めながら確認する。
現在進行形で不穏な行為に励んでいるカップルの数だけ、契約が行われる事になるのだ。
覗きとか盗聴でもやっているようで、朝倉の胸に罪悪感が湧き上がる。
「まあ、大事の前の小事ってヤツさ」
利己的な一面があるカモは、自分の利害に絡まない部分はあっさりと無視した。
「ここだな」
言葉と共にガチャリと扉が開けられて、朝倉とカモが飛び上がった。
相手を確認して朝倉が名前を口にする。
「エ、エヴァちゃん?」
「な、なんでエヴァンジェリンがここへ?」
エヴァの正体を知らない朝倉に比べると、カモの驚き様は酷かった。冷や汗まで流してうろたえている。
「カードが出ただろう? 一番新しく出たカードだ。そいつをよこせ」
「こ、これっス」
カモが該当するカードをおずおずと差し出した。
「うむ。こいつだ」
受け取ったカードの図柄を確認して、エヴァが笑みを浮かべる。
「その人は何者なんスか?」
エミヤ・シェローなる人物にカモは心当たりがない。エヴァが契約するぐらいだから、一般人ではないだろう。
「もしかして、エヴァちゃんの恋人?」
朝倉の質問はエヴァの意表を突いていた。
「なぜそうなる!?」
「だって、ついさっきラブラブしてたんでしょ?」
「違うわっ! 貴様等の魔法陣を利用して仮契約をしただけだ。変な勘ぐりをするな!」
エヴァが不機嫌そうに睨みつける。
「フン。それでは、こいつをもらっていくぞ」
背中を向けたエヴァだったが、カモに質問を投げかけられて足を止める。
「それ一枚でいいんスか?」
「……どういう意味だ? 他にもあるのか?」
余計な確認だったかとカモは後悔したが、後の祭りである。
「少し前にスカカードが出たんス」
仕方なく、もう一枚のカードを取り出して見せた。
「ほう……」
デフォルメされた図案だったが、描かれていたのは衛宮士郎その人である。
スカカードであることを考慮すれば、仮契約とは無関係の事故という可能性もあった。しかし、そうではないとしたら?
「この件について他言無用だぞ。無関係の人間を巻き込むと罰せられる事は知っているだろう?」
わずかに威圧しただけだったが、朝倉もカモもガクガクと機械的に首を振るのが精一杯だった。
あとがき:ラブラブキッス大作戦の描写では、キスをした側を従者としてスカカードが出現しますが、超の場合は逆になっています。魔法使い同士の仮契約でも、どちらが従者となるか選べるらしいので、ここではアリとしました。
■CM■
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